第十二話「温度差の激しい称賛」
氷室が静かに、そして自信に満ちた足取りで戻ってくる。
九条院の記録を塗り替えた彼女の周囲には、勝利の余韻というよりは、近寄りがたい絶対的な冷気が漂っていた。
「……8秒05。九条院、あなたの論理にはまだ『熱』という無駄が混じっているようね」
「くっ……。否定はせん。だが、私の雷霆が劣っているわけではない!」
九条院が悔しげに唇を噛む。その二人の間に、達磨がひょいと首を突っ込んだ。
「うわっ、冷たっ! 氷室、お前マジで人間かよ? 冷蔵庫の裏側みたいな温度になってんぞ」
「……。術式の余波よ。それより宇津志達磨、私の記録を見た感想は? あなたが言う『正解』とやらで、この数字を塗り替えられるかしら」
氷室は冷徹な眼差しで達磨を試すように見つめる。
しかし、達磨は腕を組み、うーんと唸りながら正直すぎる感想を口にした。
「いや、速いのは認めるよ。マジで速かった。……でもさ、九条院の時は『おー、カッコいい!』ってなったけど、お前のはなんか……見てるだけで肩こりそうっていうか。イメージ通りの氷で、ただただ寒かったからなぁ」
「……寒い?」
「そう、寒い。エンタメ的にマイナス。九条院のは花火みたいでワクワクしたけど、お前のは冬の朝に布団から出なきゃいけない時みたいな、あの嫌な寒さだよ。だから俺の中じゃ、今の走りは九条院の勝ちだな!」
「き、貴様……っ。私を勝たせるな、変な理由で!」
九条院が顔を赤くしてツッコむが、それ以上に氷室の眉間には、かつてないほど深い皺が寄っていた。
「……論理の正当性に、ワクワクなどという情緒的な指標は不要。……それに、私はあなたの『評価』など求めていないわ。さっさと走りなさい。その口が二度と動かなくなるような、圧倒的な現実を見せてあげるから」
「あー、怒った怒った。冷たい上に怒りっぽいとか、本当にお前は『冬』そのものだな」
達磨はケラケラと笑いながら、氷室が凍らせたままのスタートラインへと歩き出す。
背後で、氷室の手元から「ピキピキ」と小さな氷の結晶が弾ける音が聞こえた。
「……宇津志、死んでも知らんぞ。あいつは本気で怒らせると、空間ごと凍結デリートさせる女だ」
「大丈夫だって九条院。俺、寒いの嫌いだからさ……」
達磨はそう言いながら、凍りついた地面をスニーカーの先でコンコンと叩いた。




