カーテンを開けた朝
駅のホームで風に吹かれていたとき、ふと陽菜は思った。
——新聞に載るようなことは、私はしていない。
当たり前のようでいて、これまでずっと自分を責めていたことが、急にほどけていくのを感じた。
高校時代、ほんの些細なすれ違いで友人を失ったこと。
働きはじめた頃、空回りして上司に迷惑をかけたこと。
体調を崩して、突然職場を離れたこと。
誰かを傷つけてしまったんじゃないか、自分には何か欠けているんじゃないか——そんな思いが、何度も夜の中でリフレインしてきた。
でも。
陽菜は、誰かの人生を台無しにしたわけじゃない。
法律を破ったわけでもない。
誰かを故意に裏切ったわけでもなかった。
ただ、自分が自分であることを続けるのに、時間が必要だっただけだ。
ホームに電車が滑り込んできた。
陽菜は静かに深呼吸して、一歩踏み出した。
「これからの私は、過去じゃなくて今を生きていくんだよ」
自分にそう呟いた声が、風に乗って小さく跳ね返ってきた。
それは、誰にも聞こえない小さな宣言。
でも、心の中では確かに何かが始まっていた。
カーテンを開けるように。
新しい朝を迎えるように。