表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/20

13 英雄の帰還と、つかの間の平穏

氷晶城への帰路は、行きとは全く違う、穏やかなものだった。

ゼノヴァルド様の背中の上で、私は彼の温もりを感じながら、眼下に広がる景色を眺めていた。

呪いの根源だった大穴から、今は清らかな泉が湧き、その周囲から新しい緑が芽吹いている。ほんの小さな一歩だけれど、確かに、この大地は再生を始めているのだ。


やがて、氷晶城の白い尖塔が見えてきた。

私たちが城壁の上空に姿を現すと、城に残っていた人々が一斉に空を見上げ、歓声を上げた。


「竜王様とフィーリア様が、お戻りになられたぞ!」


「おお、ご無事だったか!」


私たちが城門の前に降り立つと、マーサを始め、城の皆が駆け寄ってきた。

皆、その顔には安堵と、そして喜びの色が浮かんでいる。


「フィーリア様、竜王様、おかえりなさいませ! ご無事で、本当によかったです……!」


マーサは、目に涙を浮かべて私の手を取った。


「はい、ただいま戻りました、マーサ」


「北の森の瘴気(しょうき)が嘘のように晴れたと、見張りの者から報告が……。もしや、お二人が?」


「ええ。呪いの発生源の一つを、浄化してきました」


私がそう答えると、周囲から「おお……!」というどよめきが起こった。

人々が私に向ける視線には、もう以前のような警戒心はない。そこにあるのは、純粋な尊敬と、感謝の念だった。


「フィーリア様は、我々の救いの女神だ!」


誰かがそう叫ぶと、それを皮切りに、人々は口々に私とゼノヴァルド様を称え始めた。

その熱狂ぶりに、私は少し戸惑ってしまう。


「皆、静まれ」


ゼノヴァルド様が、低く、しかし威厳のある声で言うと、その場の喧騒がぴたりと静まった。

彼は、私の肩を優しく抱き寄せると、皆に向かって宣言した。


「此度の働き、フィーリア一人の功績ではない。だが、彼女がいなければ、この地の未来はなかっただろう。彼女は、我が国の至宝であり――俺の、唯一無二の伴侶となる女性だ」


「……!」


「異論のある者は、いるか?」


彼の堂々たる宣言に、誰もが息を呑んだ。

そして、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。


「竜王様、フィーリア様、万歳!」


「おめでとうございます!」


皆が、心から私たちのことを祝福してくれている。

その温かい光景に、私の胸は熱くなった。

追放され、誰にも必要とされなかった私が、今、こんなにも多くの人々に祝福されている。夢のようだ。


「……ゼノヴァルド様、ありがとうございます」


「礼を言うのは、俺の方だ」


彼は、人々の前だというのに、構うことなく私の額に優しい口づけを落とした。

その行動に、再び大きな歓声が上がる。私の顔は、きっと茹でダコのように真っ赤になっていたことだろう。



その夜は、私たちの無事の帰還と、呪いの浄化の成功を祝う、ささやかな祝宴が開かれた。

厨房の皆が腕によりをかけて作った、美味しい料理。

人々の、明るい笑顔と笑い声。

城全体が、希望に満ちた喜びに包まれていた。


私は、ゼノヴァルド様の隣で、その光景を眺めながら幸せを噛みしめていた。

宴の途中、私は少し夜風にあたろうと、バルコニーへ出た。

すると、後を追うようにして、ゼノヴァルド様もやってきた。


「どうした? 疲れたか?」


「いいえ、少し、この幸せが信じられなくて」


夜空には、満月が皓々(こうこう)と輝いていた。

王都にいた頃は、こんなふうに夜空を見上げる心の余裕もなかった。


「……信じられないのは、俺もだ」


彼は、私の隣に立つと、同じように空を見上げた。


「俺は、ずっと一人で戦ってきた。民を守ることは、王としての義務であり、贖罪(しょくざい)だと思っていた。そこに、喜びなどなかった」


贖罪(しょくざい)……?」


「ああ。かつて、俺がこの手で奪ってしまった、母の命に対する……」


彼の声に、再び哀しみの色が過る。

私は、彼の傷ついた方の手に、そっと自分の手を重ねた。


「……もう、ご自分を責めないでください。それは、事故だったのでしょう?」


「……だが、俺が犯した過ちだという事実に、変わりはない」


彼の心の傷は、まだ完全には癒えていない。

私がそっと力を込めると、重ねた手から、温かい愛の光が彼へと流れ込む。


「フィーリア……」


「あなたの痛み、少しでも、私が和らげることができたなら……嬉しいです」


私の言葉に、彼はふっと息を漏らすと、愛おしそうに私を見つめた。


「……お前には、敵わんな」


彼は、私の手を優しく握り返す。


「だが、お前の言う通りかもしれん。過去に囚われてばかりでは、前に進めない。俺には今、守るべき未来ができたのだからな」


その言葉は、彼が過去と決別し、前を向くという、静かな決意表明のように聞こえた。


「フィーリア」


「はい」


「……この戦いが終わったら、正式に、結婚式を挙げよう。この国の、全ての民に祝福されて」


「……はい!」


「そして、お前を、俺の本当の妃として……」


彼は、私の耳元で、甘く囁いた。


「……夜も昼も、俺のそばにいてもらう。もう、どこへも行かせん」


その独占欲に満ちた言葉に、私の心臓は喜びと恥ずかしさで跳ね上がる。


私たちは、どちらからともなく、互いを求め、唇を重ねた。

月の光が、寄り添う二つの影を、優しく照らし出していた。


つかの間の、平穏な時間。

けれど、私たちは分かっていた。

封印の先にいる、邪神ヴォルデモスとの決戦は、避けられないということを。


呪いの根源を断ち切ったことで、ヴォルデモスは私の存在をはっきりと認識したはずだ。

奴が、この強大な『生命の祝福』の力を、黙って見過ごすはずがない。

奴は、必ず、封印を破って現れるだろう。


私の本当の使命は、この大地を救うこと。

そして、愛する人と、この国の人々の未来を守ること。


ゼノヴァルド様の手の温もりを感じながら、私は夜空に誓う。

どんな強大な敵が相手でも、私はもう、負けない。

愛する人と共に、必ずや、この世界に光を取り戻してみせる、と。


私たちの戦いは、まだ終わらない。

本当の夜明けは、すぐそこまで来ている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ