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12 愛の奇跡と、永遠の誓い

ゼノヴァルド様の身体から、急速に体温が失われていく。

あれほど温かかった彼の手が、今は氷のように冷たい。

脇腹に突き刺さった黒い魔石は、不気味な脈動を繰り返し、彼の生命力を容赦なく吸い上げていた。


「いや……いやだ……!」


涙が、次から次へと溢れて止まらない。

私の力は、もう空っぽだ。彼を救う術が、何もない。

自分の無力さが、悔しくて、情けなくて、心が張り裂けそうだった。


(私が、もっと強かったら……)

(私が、最後まで気を抜かなければ……)


後悔の念が、嵐のように胸の中で渦巻く。

でも、いくら悔やんでも、時間は戻らない。彼の命の灯火は、今この瞬間にも消えようとしている。


「……フィーリア……」


掠れた声で、彼が私の名を呼んだ。

私は、彼の顔を覗き込む。


「はい……! ここにいます……!」


「……最後に、お前の顔が見れて……よかった……」


「そんなこと言わないで! 死なないでください!」


「……お前を、愛せて……幸せ、だった……」


彼の青い瞳から、光がすうっと消えていく。

握っていた彼の手から、力が抜けていく。


「いやあああああああああああっ!!」


絶叫が、喉を突き破ってほとばしった。

私の、たった一つの希望。私の、運命の人。私の、愛する人。

その全てを、今、失おうとしている。


(神様……。もし、本当にあなたがいて、私にこの力を与えたというのなら……お願いです!)

(彼を、助けてください! 私の命と引き換えでもいい! どうか、彼を、私から奪わないで……!)


心からの、魂からの叫び。

私が彼を失うくらいなら、私が消えた方がいい。

本気で、そう思った。


その時だった。


私の胸の奥深く……魂の中心から、今まで感じたことのない、熱い何かが込み上げてきた。

それは、『生命の祝福』の力とは、また違う。

もっと、純粋で、もっと、個人的な……。


――愛。


ゼノヴァルド様を、ただひたすらに想う、この気持ち。

その想いが、奇跡を呼んだ。


私の身体が、淡いピンク色の光に包まれる。

それは、黄金の聖なる光とは違う、どこまでも優しく、慈愛に満ちた光だった。

空っぽだったはずの身体に、新たな力が、泉のように湧き上がってくる。


(これは……?)


女神の力が『生命の祝福』だとしたら、これは、私自身の力。

フィーリアという一人の人間が、ゼノヴァルドという一人の男性を愛する、その想いの力。


私は導かれるように、彼の冷たくなった唇に、自分の唇を重ねた。

そして、祈りを込めて、湧き上がってきた愛の力を彼に注ぎ込んだ。


すると、私たちの身体を包む光が、さらに強く輝きを増した。

光は、彼の脇腹に突き刺さった黒い魔石へと流れ込む。


ジュウウウウッ、と肉の焼けるような音がして、魔石から黒い煙が上がる。

愛の光は、邪悪な呪いを浄化するだけでなく、その存在そのものを消滅させる力を持っているようだった。

やがて、魔石は完全に光に飲み込まれ、塵となって消え去った。


魔石が消えると、彼の傷口は、まるで時間が巻き戻るかのように、みるみるうちに塞がっていく。

黒く変色していた皮膚も、元の美しい白い肌へと戻っていった。


そして――。


ドクン、と。

止まっていたはずの、彼の心臓が、再び力強く脈打ち始めた。

失われていた体温が、彼の身体に戻ってくる。


「……あ……」


彼の(まぶた)が、微かに震えた。

ゆっくりと、あの美しい青い瞳が、再びその輝きを取り戻す。


「……フィーリア……?」


その声は、もう弱々しくはなかった。

彼は、戸惑ったように、自分の身体と私とを交互に見つめている。


「ゼノヴァルド様……! よかった……! 本当によかった……!」


私は、彼の胸に顔をうずめ、安堵の涙を流した。

もう、二度と会えないかと思った。もう、二度と、その声を聞けないかと思った。

生きていてくれる。ただそれだけで、こんなにも幸せなのだ。


「……また、お前に救われたのか、俺は」


彼は、呆れたように、でも、この上なく愛おしそうな声で呟くと、私の身体を優しく抱きしめた。


「……今の光は、なんだったんだ? 『生命の祝福』とは、違うようだったが……」


「分かりません……。でも、あなたを失いたくない、と強く願ったら……」


私が正直に答えると、彼は全てを悟ったように、深く頷いた。


「……そう、か」


彼は、私の頬を両手で包み込むと、その青い瞳で、真っ直ぐに私を見つめた。


「フィーリア。お前は、本当に、俺の女神だな」


そして、今度は、彼の方から私の唇に、優しく口づけをした。

それは、さっきの私のような必死なものではなく、慈しみに満ちた、深く、甘い口づけだった。


唇が離れた時、私たちは、どちらからともなく微笑み合った。

もう、言葉は必要なかった。

お互いの瞳を見れば、何を想っているのか、手に取るように分かったから。


「さあ、帰ろう、フィーリア。俺たちの城へ」


「はい、ゼノヴァルド様」


彼は、軽々と私を横抱きにすると、再び氷竜の姿へと変わった。

その身体には、もう傷一つない。

私たちは、再生した森の木々に見送られながら、氷晶城へと向かって飛び立った。


眼下に広がる大地は、まだ荒涼としている。

けれど、呪いの元凶だった大穴からは、もう瘴気(しょうき)は立ち上っていない。

そこには、私の愛の光によって生まれた、小さな泉ができていた。

そして、その泉の周りから、新しい緑が、少しずつ芽吹き始めているのが見えた。


本当の戦いは、まだこれからだ。

封印の先にいる、邪神ヴォルデモスとの決着をつけなければならない。


けれど、もう何も怖くはない。

私には、愛する人がいる。

そして、私の中には、愛という、何よりも強い力が宿っているのだから。


ゼノヴァルド様の背中の温もりを感じながら、私は、これから始まる未来に、静かに思いを馳せる。

どんな困難が待ち受けていようとも、この手と手を取り合って、二人で乗り越えていこう。

そして、この大地に、永遠の春を取り戻すのだ。

唇で交わした誓いを、胸に抱いて。

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