〈現在〉⑴
「涼きゅん、部活おつかれさま! いっしょにお昼食べよ?」
「うん! 由衣きゅんの手作り弁当、楽しみだなー」
「私も! 涼きゅんが作るお弁当、だーいすき!」
由衣と涼は中庭のベンチに並んで座ると、「あーん♡」とお互いの手作り弁当を食べさせ合った。
中庭は四方を校舎で囲まれている。生徒達は窓辺に集まり、二人のランチタイムを食い入るように眺めた。
「会長と野田くん、今日も仲いいね」
「付き合って、もう一ヶ月でしょ? お似合いのカップルよねぇ」
「成績優秀な美人生徒会長と、サッカー部の爽やかイケメンエースだもの。お似合いすぎて、本当に付き合ってるのか疑っちゃうくらい」
「あんなに楽しそうに、なに話してるんだろう?」
ふいに涼が目を細め、由衣の耳元でささやく。たちまち、「キャーッ!」と黄色い悲鳴が上がった。
「何?! 何て言ったの?!」
「悔しー! 私もささやかれたい!」
「ちょっと! 誰か、放送部からガンマイク借りてきて! 盗聴器でもいいから!」
「いっそ、放送部を呼べ!」
それに対し、由衣は頬を赤く染める。「おぉぉ!」と、ある生徒は窓から身を乗り出し、ある生徒は静かにスマホのカメラを向け、連写した。
「生徒会長のあんな顔、初めて見た……」
「可愛ぇぇ……!」
「だから、何て言われたの?! 気になるー!」
「来ました、放送部です!」
「くッ、ガンマイクのリーチが足りない!」
「盗聴器は?!」
「今から投げたら、確実に気づかれるぞ!」
「構わん! やれ!」
ポチャン
「あー! 池に落としちゃったー!」
「アホォォォ!!!」
校内の騒ぎとは対照的に、中庭には穏やかな時間が流れている。由衣と涼はこんなことを話していた。
「さすがだ、由衣きゅん。冷凍食品のセンスがいい。学生が作りそうなおかずばかりだ」
「涼きゅんこそ。この卵焼き、無限に食べられるわ。少し焦げているところも、手作り感があって素晴らしいわね」
「フッ、お惣菜コーナーのおばちゃんに言っておくよ。今日も絶品だったって」
「明日は揚げ物をお願いね。体育があるから、元気が出るものを食べないと。涼きゅんはリクエストある?」
「タコさんウィンナーを頼む。カニが混じっているやつ」
「了解。お母さんに頼んでおくわ」
表向きは手作りの、できあい弁当を食べる二人。笑顔で、互いのお惣菜センスを褒め合う。
というのも、彼らは付き合っていない。付き合っているフリをしているだけだ。
一ヶ月前、下駄箱の前で目が合った二人は意気投合。由衣は生徒会の仕事、涼はサッカー部の練習に集中するべく、二人で偽のカップルを演じると決めた。もちろん、どちらかに本命ができたら別れる約束だ。
成績優秀な美人生徒会長と、サッカー部の爽やかイケメンエースというビックカップルに、それまで付きまとっていた生徒の大半が諦めた。おかげで当初のねらいどおり、生徒会の仕事と部活の練習に思う存分打ち込めている。
しかし、今度は新たな悩みが浮上した。互いのお惣菜センスを褒め合う二人の笑みは、引きつっていた。
(まぁ……本当は全部手作りなんだけど、ね)
(本当は全部手作り……なんて言ったら、ドン引かれるんだろうな)
二人は偽カップルを演じるうちに、本当に相手を好きになってしまっていた。
この事実は全校生徒はもちろん、偽カップルを演じている相手すら知らない。どちらも、「自分だけが片想いをしている」と思いこんでいた。
(演じるうちに本気になったなんて知られたら、絶対引かれる)
(別れたほうがいいって言われる)
((別れたくなんかない……絶対、バレないようにしないと!))