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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
2度目のスタートライン
6/12

揺れる髪、整うリズム


体育館で、初めて名前を呼ばれた。

一ノ瀬 怜――名前も知らないはずの人が、当然のように。

「昨日転校してきたんでしょ? 噂どおり、かわいいじゃん」

あの軽い笑顔が、その視線が今もどこかに残っている気がしてならない。

 体育館の空気が、少しずつ熱を帯びていく。

先生の号令に従って、準備運動が終わると、クラスの生徒たちはぞろぞろと列を作った。


「はーい、今日は、言てた通りシャトルランやるよ~」

「じゃあ、二人一組でペア組んで。仲ええ子でも、隣の子でもいいよ」

「で、どっちが先に走るかも決めといてね。走らん方は、ちゃんと相方の回数、数えてあげる。いい?」

「あとで男子と合流するから、それまでに決めといてな〜」


先生の軽快な口調に、生徒たちがわっとざわめいた。すぐにあちこちで「一緒に組もー!」「誰か余ってる?」なんて声が飛び交い始める。


 そんな中、(みお)は一歩だけ遅れて立ち上がった。

ふと横を見ると、ひなたが自然な流れで澪の隣に立っていた。


「澪ちゃん、一緒にやろっか。……私、先に走るよ」

にこっと笑って手を差し伸べるその表情に、澪は小さくうなずいた。


「うん……ありがとう。よろしくね」


教室では少しずつ距離が縮まっていたけれど、こうして改めて向かい合うと、まだ胸がくすぐったい。



(ひなたとで、よかった……)



澪は少し緊張したまま、その場に並んだ。


 先生の合図で、女子たちがぞろぞろと体育館の中央に向かうと、すでに男子たちがラインのあたりに集まっていた。短髪の子や身長の高い子、喋りながらリラックスした様子の男子たちの中に入っていくのは、それだけで少し息が詰まりそうになる。


「緊張してる?」

隣で歩くひなたが、そっと澪の耳元でささやく。


「……うん。前の学校は別々だったから、あんまり慣れてない、っていうか」


「大丈夫。うちの学校、こういうの多いから慣れるよ。あんまり見られてないから、気にしすぎないでいいよ」


その言葉に、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。



「じゃあ先に走る人、ラインについて~!」

先生の声が体育館に響き渡る。


ひなたがくるりと澪の方を向いて


「じゃ、行ってくるね。ちゃんと数えててよ〜」

そう言って、ひなたは軽くウインクのような笑みを浮かべて、スタートラインに向かっていった。


「……うん」

澪はうなずいて、ひなたの背中を目で追った。


ペアであること。彼女のために回数を数えること。そして、たくさんの目がある場所で、自分ももうすぐ走らなければならないこと――

胸の奥が少しずつ、きゅっと締めつけられていくのを感じながら、澪はゆっくりと床に座った。


 ほどなくしてスタートの音が鳴ると、ひなたはすっと駆け出した。無駄のないフォーム、リズムよく床を蹴る(かろ)やかな音。


(……綺麗)


それが最初の印象だった。ひなたの髪がふわっと跳ねて、ターンのたびにしなやかに揺れる。


一往復、また一往復。呼吸も崩さず、疲れを感じさせない走りに、周囲の女子たちが「さすがだね」と声を漏らす。


男子たちの方からも、ちらほらと視線が向けられているのがわかった。


(……なんか、わかるかも)


見惚れるような走りだった。派手ではないのに、自然と目が追ってしまう。

でも、それは「すごい」っていうだけじゃなかった。澪にとってそれは、安心感のある動きだった。

焦らず、崩れず、でもしっかり自分のペースで進んでいく。そこに、ひなたの人柄がそのまま出ている気がした。


(私も、あんなふうに……走れるかな)


そんなふうに思っていたとき、ひなたがふと澪の方を見た。口元がすこしだけほころんでいた。まるで「ちゃんと見てる?」と問いかけるように。 

澪は、小さくうなずき返した。


 60回目のブザーが鳴ったあたりで、ひなたの足取りがふっと緩んだ。

数歩息を整え、ラインを越えて澪のもとへ戻ってくる。頬にはうっすら赤み、額には細かい汗。けれど表情は晴れやかだった。


「……60ちょっと。まぁまあ、かな?」


「すごい……」

思わず声が漏れる。


「え、そう? 平均くらいだよ。澪の方が持久力ありそうだけど」


「ど、どうかなぁ……」

目を逸らすように澪は視線を落とした。


「じゃあ、気楽にいこ?」

そう言って笑いながら、ひなたは水を飲み、澪の隣に腰を下ろす。


「……変な汗かいてきた」

澪がぽつりとこぼすと、ひなたがくすっと笑う。


「始まる前は緊張するけど、始まっちゃえば、ただ走るだけだから。きっと大丈夫」


その言葉に、澪の肩の力がほんの少しだけ抜けた気がした。


「男子もバタバタしてたし、みんな案外同じなんだよ。誰かの視線って、自分で勝手に気にしすぎてるだけかもよ?」


「……うん、そうかも」


そう答えたものの、澪の脳裏にはなぜか、一瞬だけ誰かの姿がよぎった。ふとした視線――気のせいだったかもしれない。でも。


「はーい交代してー!」


先生の声に、澪の背筋がびくんと伸びる。

「……じゃ、そろそろ出番だね」

「……うん」

澪は小さく頷く

「がんばって。ちゃんと、見てるから」


優しい言葉だった。けれど、それが澪の弱さにまっすぐ届いてしまったような気がして、心の奥が少しだけ(うず)いた。


「……ありがと」

声が少しだけ(かす)れて、目を逸らすように澪は視線を落とした。ひなたの視線が、澪の胸の奥を見抜いているような気がしたから。


澪は小さく息を吸い、立ち上がった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。感想などいただけると、とても励みになります!


私情により話の続きを書くのが難しい状況です、辞めるわけではないないです!早く戻れるように頑張ります!

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