明るさの向こう側
ドーム型水槽を後にした二人は、光に導かれながらトンネル型の展示へと進む。
頭上を泳ぐ大きな魚たちに包まれ、まるで海の底を歩くような感覚に浸る。
人混みの中ではぐれないよう、ひなたが自然に澪の手を取り、二人は並んで歩いた。
やがて辿り着いた巨大水槽では、広がる青い世界に思わず足を止める。
「私たちみたいだね」と呟きながら、澪は魚ではなくひなたの横顔に目を向ける。
同じ景色を見つめる時間の中で、静かであたたかな想いが二人の間に満ちていく。
大きな水槽の前を離れて、二人はゆっくりと順路を進んだ。
青い光が背中を照らし、少しずつ薄れていく。
通路を抜けた先で、空気がふっと変わった。
明るい。久しぶりの光に眩しさを感じた。
ガラスの向こうに広がっていたのは、小さな岩場と水辺のスペースだった。
「ーーあ、ペンギンだ」
ひなたの声が、ぱっと弾みそのまま、迷いなく前に駆け寄っていった。
「見て見て、歩いてる!」
指差した先で、小さなペンギンがよちよちと歩いている。
少しバランスを崩しそうになりながら、短い足で一歩ずつ進んでいた。
「……ほんとだ」
澪もその隣に並ぶ。
さっきまでの青い静けさとは違って、子どもの笑い声や、水の音が混ざって少し賑やかだ。
ペンギンが2人の前でぴたりと足を止め、首をかしげるようにしてこちらを見た。
「かわいい……」
ひなたが小さく呟く。その声は、さっきより少しだけやわらかかった。
次の瞬間、ぴょん、と一羽が水の中に飛び込んだ。水しぶきが小さく跳ねて、ガラスに当たった。
「うわっ!」
ひなたが思わず声を上げる。
「今の見た!?」
澪の顔を見上げてくるひなたの顔は、完全に楽しそうだった。
澪は驚いたひなたが少し可笑しかった。
「見た見た、すごかったね」
「ね!勢いよすぎでしょ」
ひなたはまたガラスの方へ向き直ると今度は、水の中を泳ぐペンギンを追いかけるように視線を動かしていた。
ここにはさっきまでの、静かな空気はもうない。
ペンギンのエリアを抜けて、二人は明るい通路を歩いて行く。
「なんか、さっきまでと違って賑やかだね」
澪は辺りを見渡す。
「確かこの辺に……あ!あれだ」
ひなたが澪の手を引きある看板の前まで連れて行った。
看板には大きなイルカのイラストと、イルカショーの字が書かれていた。
「イルカショー?」
「そうそう」
「実はこの前来た時は見れなかったんだよね」
澪は時間が書かれている表を指でなぞりながら確認する。
「ーーあ、ちょうどいいかも」
するとひなたが嬉しそうに表を覗き込む。
「ほんと?」
「うん、あと十分くらいで始まるって」
その言葉に、ひなたの表情が一気にぱっと明るくなる。
「見よ!」
即決だった。
澪は少しだけ笑って、ひなたの手を取る。
「じゃあ、行こっか」
案内に従って進むと、視界が一気に開けた。
目の前には大きな水槽とそれを囲むような観客席が広がっていた。
観客席は段になって並び、すでに大勢の人が座っていた。
水面は静かに揺れていて、天井から照らされる光をキラキラと反射していた。
通路にはところどころに、水滴の跡が残っている。
「思ったより広いね」
澪がきょろきょろと見回す。
「前の席空いてるかな」
ひなたはそう言いながら一歩踏み出しかけて、ふと足を止める。
水槽近くの席は、少し濡れているのが見えた。
「……もしかして前って濡れるかな?」
「たぶん」
澪が冷静に答える。
ひなたは少しだけ考えると「じゃあ後ろでいいか」と、あっさり方向転換した。
二人は観客席の横の通路を上がっていく。
少し端寄りで、やや後ろの席で、全体が見渡せる位置だった。
「ここにしよ」
ひなたが先に腰を下ろし、澪もその隣に座った。
少し高い位置から見るプールは、さっきまでよりも広く感じる。
ざわざわとした観客の声と、水の音だけが響いていた。
ひなたは前のめりになって、水面をじっと見ている。
「ねえ、どこから出てくるんだろ」
「どこだろうね…」
澪も同じ方を見る。
静かに波打つ水面。
この少しだけの沈黙が、妙に落ち着かない。
隣を見ると、ひなたの横顔がある。
さっきまでペンギンではしゃいでいたのに、今はどこかワクワクしているようだ。
そんな横顔を見れて、澪は嬉しそうに微笑む。
(……楽しそう)
そう思った瞬間、イルカショーの開始を知らせるアナウンスが入った。
「始まるって澪ちゃん!」
ひなたは目を輝かせていた。
二人の視線の先で、水の中に、影が走った。
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