広大な海の中で
蒼波水族館に入った二人を、青い光に満ちた静かな空間が迎える。
イラストの絵が描かれたチケットを手に、軽口を交わしながら館内へ向かう。
最初のエリアでは、ひなたが子どものように水槽を見て回り、澪はその後ろを追いかける。
楽しそうにはしゃぐひなたの姿に、澪の口元も自然と緩んでいた。
やがて二人は、水槽の中に顔を出せる不思議なドーム型の展示を見つける。
水の中に浮かぶようなひなたの顔と魚たちを眺めながら、澪はその光景に小さく笑った。
ひなたがドーム型の水槽から顔を引っ込めると、二人はまたゆっくりと順路を進んだ。
小さな水槽の並ぶエリアを抜けると、通路の雰囲気が少し変わる。
明るい光が次に進むべき道を照らしている。
その光の先には、ゆるやかにカーブしたガラス張りのトンネルが続いていた。
「わ……」
ひなたが小さく声を漏らす。
ガラスの向こうを泳ぐ魚も、さっきのエリアにいた魚よりも、ひとまわり、ふたまわりと大きかった。
トンネルの中を進むと頭の上を、大きな影が横切る。その姿は、水面にゆっくりと揺れて、トンネルの中の床や壁にゆらゆらと影を落として行った。
下から見上げるその光景は、まるで本当に海の底を歩いているみたいだった。
「すご……」
澪は思わず足を止めかける。
でも、トンネルの中は思っていたより人が多く、ゆっくり進んでいて、流れに乗るように歩くしかなかった。
すると、ひなたが自然に澪の手を握り「はぐれたら困るし」と、言って少し笑う。
澪も何も言わず、その手を握り返した。
二人は人の波に乗りながら、横に並んで歩く。ガラスの向こうでは、大きな魚がゆっくりと旋回し、その影が、トンネルの中の青い光に溶けていく。
ひなたの方を見ると、魚の群れが横を通り過ぎた。
その瞬間、ひなたが小さく澪の手を引く。
「澪ちゃん、見て」
指差した先で、銀色の魚達が光を反射してきらきらと輝いた。
横に並んだ二つの影が、青い床に並んで揺れている。
トンネルを抜けると、視界がふっと開けた。
目の前に広がったのは、今までとは比べものにならないほど大きな大きな水槽だった。
天井にまで届くガラスが壁一面にある。その向こうはまるで、広大な青い海がそのまま切り取られているみたいだ。
ゆっくりと大きな魚が泳ぎ、その後ろを小さな魚の群れが流れるようについていく。
水面に光が揺れて、広い空間に淡い影のカーテンを作り出していた。
「見てみて澪ちゃん!すごい大きいよ」
ひなたは澪の手を引くようにガラスの側まで駆け寄った。
「……おっきいね」
澪は思わずつぶやく。
そのまま海に吸い込まれるように、一歩、一歩と前に出て、ガラスのすぐ近くまで歩いていった。
ひなたもその隣に並んだ。
「見て、あの魚」
ひなたが指をさす先には大きな魚が二匹、追いかけるように泳いでいる。
ガラス越しでもわかるくらい、堂々とした泳ぎだった。
「私達みたいだね」
澪はそう答えながら、少しだけ視線をずらす。
目に入ったのは、水槽ではなくてーー
その前に立つひなたの横顔だった。
青い光が、ひなたを照らして、まるで水の中に溶けているみたいに、やわらかく見える。
ひなたはガラスに手を近づけて、泳ぐ魚を追うように視線を動かしていた。
楽しそう。
そんな横顔を見て、澪は優しく微笑む。
さっきまでの、ひなたのはしゃぐ声に揺れていた空気とは違う。ここは静かで、青くて、ゆっくり時間が流れているみたいだった。
水槽の中で、大きな魚が方向を変える。
その影が、ガラス越しに二人の前を通り過ぎた。
ひなたが小さく声を上げる。
「き、綺麗だね」
その言葉は、水槽に向けたものだったのかもしれない。
それでも、澪は少しだけ胸の奥があたたかくなるのを感じた。
隣にいるひなたが、同じ景色を見ている。それだけで、この時間が楽しく思える。
魚の群れが、光を反射してきらりと揺れる。
その青い光の中で、二人は静かに水槽を見上げていた。
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