誰かを待つ瞳には
冬の気配が満ちる中、期末テスト最終日を迎えた澪たち。
二学期の終わりと冬休みの始まりに、教室は解放感に包まれた。
四人で冬休みの予定を語り合う中、話題はクリスマスへ。
みさきと詩乃に予定があると知り、澪は特に予定はないと答える。
その瞬間、ひなたが少し緊張した様子で「一緒に出かけない?」と誘った。
行き先は蒼波水族館――二人きりのクリスマスの約束が、静かに交わされた。
水族館の前に立つ大きなイルカの像は、冬の空の下で白く冷えていた。
二頭のイルカが跳ね上がるかたちで絡み合い、その足元には小さな水しぶきを模した石の台座。背後には大きな水族館がそびえ立ち、横にはまだ灯りの入っていない観覧車がゆっくりと回っている。
広場の真ん中には、背の高いクリスマスツリー。飾り付けられたオーナメントは鈍く光っているが、イルミネーションはまだ点灯していなかった。
今日の空はどこまでも白い。
今にも雪が落ちてきそうな色をしていて、吹き抜ける風は頬を刺すように冷たい。
マフラーを少し引き上げながら、澪はイルカの像の前に立った。
手袋越しにスマートフォンを取り出して時間を確認する。約束の時間まであと二十分。
(……早く来すぎたかも)
胸の鼓動が、落ち着かなず、白い息が、空へと上り溶けていく。
そんな煙を見ていると、家を出る前のことを、ふと思い出した。
「ちょっと待って」
玄関で靴を履こうとしたところを、姉に呼び止められた。
「そのまま行く気?」
「……え?」
振り返ると、姉の遥は腕を組んで澪を上から下までじっと見ている。
「デートに行くんでしょ?ほらこっち来て」
「え、いや、デートじゃーー」
半ば強引に遥の部屋へ引き戻された澪は、椅子に座らされ、鏡の前で髪に触れられる。
「動かないでね」
櫛がゆっくりと黒髪を梳いていく。肩にかかる長さを手に取り、遥は迷いなく編み始めた。
「……三つ編み?」
「うん。たまにはいいでしょ」
指先が髪の間を器用に動く。普段とは違う髪型になって行くのを目にしながら、じっと待った。
遥の慣れた手つきによって、5分もかからないうちに完成した。
「ほら」
鏡の中の自分は、いつもより少しだけ大人びたように見えた。
「…いいかも」
「でしょ?今度やり方教えてあげる」
そう言って遥は、澪のコートを軽く整え、マフラーの綺麗な巻き方を教えた。
「……ありがとうお姉ちゃん」
「いいっていいって、それよりどんな彼氏か後で見せてね」
遥は少しだけ悪戯っぽく笑った。
「そ、そんなんじゃないって!」
「ほら、楽しんでおいで」
そんな言葉を後ろに、玄関の扉を閉めた。
――そして今。
白い空の下で、澪はもう一度小さく息を吐く。目の前には、ゆっくりと人が行き交っている。
そんな中、同じマフラーを巻いている人たち。手袋越しにそっと手をつないでいる影。肩が触れそうな距離で笑い合う横顔。を無意識に追ってしまう。
胸の奥が、妙に落ち着かない。
風が強く吹き、楽しそうな声を耳元へ送る。
澪はもう一度、広場の入り口へ視線を向ける。白い空気の向こうから、金色を溶かした空気が歩いてくる気配を、待ちながら。
イルカの像に軽く腰をかけていた。今日の予定を頭で考えながら。すると、遠くから聞き馴染みのある声が、冷たい風を切って届いた。
「澪ちゃーん!」
パッと顔を上げると、広場の向こうで、金色が揺れた。ひなたが、片手を大きく振りながらこちらへ小走りに向かってくる。
コートの裾が翻り、マフラーが跳ねる。そのたびに、白い冬の景色の中に明るい色が差していくみたいだった。
澪の頬が、ふっと緩む。
「ごめん、待ったよね?」
息を荒げた、ひなたが目の前で立ち止まる。その頬は冷たい空気に染められて、うっすら赤い。
澪は首を横に振った。
「ううん。今来たところ」
少しだけ間を置いてから言うと、ひなたは疑わしそうに目を細める。
「絶対うそ」
「ほんとだよ」
「っていうか澪ちゃん今日の髪型かわいいね」
ひなたは目を輝かせながら澪を見上げる。
「そ、そうかな?」
澪は照れながら頭を軽く傾げた。
2人はイルカの像の前で少し立ち話した。
「じゃあそろそろ行こっか」
ひなたは手を繋ごうと視線を送ってきた。澪はひなたの手を見ると、あることに気がついた。
「ひなた、手袋してないの?」
「バタバタしててさ、それで忘れちゃった」
ひなたはてへへと笑う。
そんなひなたを見て、澪は手袋を外し、そっとその手を取った。
「寒かったでしょ」
ひなたの手は、思ったよりも冷たく、澪は両手で包むように握る。
「……澪ちゃんの手あったかい」
小さく呟く声。
自然と視線が絡み。どちらともなく、指を絡めた。そのまま手を繋いで、イルカの像を背に、水族館の入り口へ歩き出す。
胸の中に、暖かい金色が優しく溶け込む感じがした。
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