暗幕の中で繋ぐ手
二人はフォトスポットを目指して文化祭を回り、ベビーカステラを分け合いながら歩いていた。
最後の一つをめぐって、ひなたに「食べさせて」とからかわれ、澪は思わず応じてしまう。
照れと嬉しさが交差する中、ついに人気のフォトスポットへ到着。
ハート型のフレームの前で撮影が始まると、ひなたは自然に澪を抱き寄せた。
近すぎる距離に胸を高鳴らせながら、澪は必死に笑顔を作る。
出来上がったチェキには寄り添う二人の姿が写り、澪はその一枚をそっと握りしめた。
澪は手の中の写真をもう一度だけ見てから、制服のポケットへそっとしまう。チェキを受け取ったあと、二人はフォトスポットを離れた。
校内は相変わらず賑やかだった。呼び込みの声、笑い声、歩くだけで次々と目に入ってきて、どこへ行くか迷ってしまう。
「次、どうする?」
ひなたが軽い調子で聞く。
さっきまでの距離の近さが、まだどこか残っていて、澪は少しだけ視線を逸らした。
「……まだ回ってないところ、いっぱいあるし」
「ね。甘いの食べに行かない?」
「ほんと好きだね甘いの」
そんなやり取りをしながら歩いていると、廊下の先に暗幕で覆われた教室が見えた。
教室の入り口にはおどろおどろしい看板。
《恐怖の絶叫お化け屋敷》
低く流れる効果音と、時折聞こえる悲鳴に澪は足を止めた。
ひなたは振り返り看板に目をやると、一瞬だけ表情が固まった。
澪はそれに気づきながら、わざと何でもない風に言った。
「これ行ってみない?」
「え?」
「お化け屋敷。ちょっと気になる」
ひなたはすぐに笑顔を作ったが、その目がわずかに泳ぐ。
「えーっと……ほら、あっちに射的もあるよ?あ、ボーリングなんかも」
澪は少しだけ口元を緩める。
「じゃあ、先にこれ行こ」
逃げ道を塞ぐように、軽く指差した。
「……澪ちゃん、もしかして好きなの?こういうの」
「うーん別に好きではないかな。嫌いじゃないけど」
ひなたは小さく息を吸い、看板を見てから、もう一度澪を見る。どうにか別の方向へ話を持っていこうとしているのが、目に見えていた。
「とりあえずさ、一旦校内を全部見て回らない?その方が他に面白いーー」
「ひなた」
名前を呼ばれて、ひなたがぴたりと止まる。澪はほんの少しだけ悪戯っぽく笑った。
「もしかして怖いの苦手?」
「……別にこわく、ないけど」
わかりやすい否定。
澪はその反応に、少しだけ確信を持つ。
「じゃあ大丈夫だね」
そう言って、入口の受付へと一歩近づいた。
暗幕の前には、小さな受付机が置かれていた。そこには、手書きの注意書きが貼られ、黒いマントを羽織った生徒が座っている。
「お化け屋敷はこちらで受付お願いしまーす」
軽い声に促されて、澪は一歩前へ出た。
澪の背中に隠れるように、ひなたが少し手前で足を止める。
「二名でよろしいですか?」
「はい」
澪が答えると、ひなたが横から小さく口を挟む。
「えっと……これ、どれくらい怖いですか?」
受付の生徒がにやっと笑う。
「クラスの自信作です」
「それ答えになってないよね?」
ひなたが小声でぼやく。
澪は思わず笑いそうになるのを堪えた。
受付表に名前を書きながら、澪はちらりとひなたを見て、わざと軽い調子で聞く。
「やめとく?」
ひなたは一瞬だけ迷ったように視線を泳がせながら「……いや、別に。平気だし」と、強がるように言った。が、ひなたの指はさりげなく澪の袖をつまむ。
受付の生徒が暗幕を少し開いた。
「では、いってらっしゃい」
薄暗い入口の向こうから、不気味な音が漏れてくる。澪は一歩踏み出しながら、小さく息を吸った。
暗幕をくぐった瞬間、外の喧騒が遠ざかった。足元だけを照らすような薄暗い灯り。低く流れる不気味な音が、じわりと空気を重くする。
「……思ったより暗いね」
澪は小さく呟きながら、一歩前へ出た。
暗い通路を進むたび、ひなたが近づいてくるのが分かった。背中越しに伝わる気配が、妙に意識される。背後で布の擦れる音がした、次の瞬間、制服の裾が軽く引かれるきがした。
振り返ると、ひなたが腕にしがみつくように澪の服をぎゅっと掴んでいる。
「……離れないでね」
「うん、離れないよ」
澪は歩幅を少しだけゆっくりにする。
(……ちょっといいかも)
心臓が少しだけ落ち着かなくなると同時に、何か胸の中をくすぐるような気持ちが湧き上がってきた。
そうして角を曲がった瞬間。
――ガタンッ!!
壁の隙間から突然、白い手が飛び出した。
「きゃあっ!!!」
ひなたが大きな声を上げた次の瞬間、勢いよく澪に抱きついた。
「……っ!?」
予想していなかった衝撃に、澪の心臓も一緒に跳ね上がる。
腕に感じる温もり。制服越しに伝わる体温。
(ち、近い……)
さっきまでの怖い演出よりも、ひなたが腕の中にいる事実のほうがよほど心臓に悪い。鼓動が嫌でも早くなる。
ひなたは、震える手で澪の背中を掴んだまま離れない。
その様子を見て、澪はふっと力を抜いた。
「……びっくりしたね」
なるべく平然とした声で言う。本当は自分も驚いているのに、ひなたの前では落ち着いていたかった。
「ご、ごめん……反射で……」
少ししてから、ひなたがそっと身体を離す。
暗闇の中でも、恥ずかしそうにしているのがわかった。
少しの沈黙。
その空気を埋めるように、澪は小さく息を吸った。
「……あのさ」
「ん?」
「手、繋ぐ? そのほうが歩きやすいし」
言った瞬間、自分で少し驚いた。でも、引っ込めるつもりはなかった。
「……うん。」
差し出した手に、温かい指が触れる。ぎゅっと握り返される感覚に、また心臓が跳ねる。けれど今度は、さっきとは違うように感じた。
二人は手を繋いだまま、ゆっくりと暗闇の先へ進んでいく。怖いはずのお化け屋敷なのに、不思議と少しだけ楽しいと思えた。
お化け屋敷の出口をくぐった瞬間、ひなたが小さく息を吐いた。暗闇から解放された安心感なのか、肩の力が一気に抜けたように見える。
繋いだままだった手も、まだ離れない。
「大丈夫?」
澪がそっと覗き込むと、ひなたは少しだけ苦笑した。
「怖かった……」
「うん、顔に書いてある」
「わたしそんな顔してる?」
「うん」
即答すると、ひなたがむっとした顔をして、それから自分でも可笑しくなったのか小さく笑った。
その笑顔を見て、澪の胸の奥がほっと緩む。
「……甘いもの、食べに行く?」
「え?」
少し照れ隠しのように言いながら、視線を逸らす。本当は、ただもう少し一緒にいたかった。文化祭の終わりが近づいている気配が、どこか寂しくて。
ひなたは一瞬きょとんとして――それから、ぱっと表情を明るくした。
「行く! 甘いの食べたい!」
「即答だね」
「だって今すぐ癒されたいもん……」
そう言って、また少しだけ澪の手を握り直す。
無意識なのか、それとも。
その仕草に、胸がじんわり熱くなる。二人は並んで歩き出した。
廊下には文化祭の賑わいがまだ残っていて、遠くから笑い声や呼び込みの声が聞こえてくる。
甘い匂いの漂うクラスの前で、二人は足を止めた。文化祭は、まだ終わらない。
でも――この時間が、特別な一日として心に残ることだけは、もうわかっていた。
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