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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
煌めきのプレリュード
39/40

緊張の奥で笑っていた

 文化祭前日、クラスは内装準備を終え、衣装の試着を行うことになった。

 メイド服に身を包んだ澪は、周囲からの視線に戸惑いながらも注目を集めてしまう。

 ひなたはそんな澪に複雑な感情を抱き、思わず嫉妬を見せてしまった。

 二人きりの距離で交わされる言葉に、澪はひなたの想いを確かに感じ取る。

 迎えた文化祭当日の朝、澪は人に見られることへの緊張を思い出す。

 けれど「一緒にいる」というひなたの言葉に背中を押され、澪は一歩を踏み出した。

 校内に響いたアナウンスが、文化祭の始まりを告げる。普段とは違うざわめきが校舎を満たし、世界が一段と賑やかになる。


(みお)は、制服ではない自分の姿を見て、口元を引き締め、胸の奥の高鳴りを受け止めた。



 開店してから、廊下の向こうにあった話し声が、少しずつ距離を縮めてくる。それが教室の前に届いた瞬間、背筋が無意識に伸びていた。


扉が開き、最初のお客さんが顔を覗かせる。その視線がこちらを捉えたことで、胸の奥が一気にざわついた。


澪は覚えてきた挨拶を頭の中でなぞる。言葉が零れ落ちないように、息を整え丁寧に伝えた。


隣に立つひなたが、いつも通りの明るい笑顔で接客に出る。

 

その背中を見た瞬間、澪の肩から少しだけ力が抜けた。


――大丈夫。


そう自分に言い聞かせながら、澪も続いて接客に向かった。




 気づけば、教室の中は次々と人で埋まり、廊下にも列ができるくらいになっていた。


一組対応するたびに、また次のお客さんが扉の前に立つ。

 

最初は、視線の一つひとつが気になって仕方がなかった。笑顔がぎこちなくなっていないか、声が震えていないか。


けれど、テーブルに案内し、注文を受け取ることを繰り返すうちに、そうした意識は少しずつ後ろへ押しやられていく。

 

考えるより先に体が動くようになり、澪はようやく、自分が接客をしているのだと実感し始めていた。恥ずかしさも、緊張も、完全に消えたわけではない。ただそれ以上に、目の前のことに手いっぱいになっていく。


ふと顔を上げると、ひなたと視線が合った。お互いに忙しさを共有するように、ほんの一瞬だけ微笑み合う。

 

その時、澪は気づく。


さっきまで胸を占めていた緊張よりも、今はほんの少しの楽しいという気持ちのほうが大きくなっていることに。






 クラスの誰かが、教室の奥の方から声を上げた。

「テーブル空いたよー」


その呼びかけに、澪は反射的に返事をする。

「はーい」


自然に一歩前へ出て、次の接客に向かう。その動きに、もう迷いはなかった。


「何名さまで――」


言葉が、途中で止まる。目の前にいたのは、見慣れた顔だった。その後ろには、いつものように数人の取り巻きが並んでいた。


(…(れい)くん?)


言葉を飲み込んだまま、澪は一瞬だけ瞬きをした。すぐに気持ちを切り替え、接客用の笑顔を作る。


「こちらのテーブルへどうぞ」


人数を確認し、空いているテーブルへ案内する。歩きながら、後ろからの気配が、妙に近かったように感じ背中がソワソワして落ち着かなかった。



 席に着いてもらい、メニューを差し出す。その指先が、ほんの少しだけ強張っているのが自分でも分かった。


「ご注文、決まりましたらお呼びください」

そう言い終える前に、取り巻きが身を乗り出してきた。


「ねぇねぇ、めっちゃかわいいね。どこ住み?」


「この後さ予定ある?俺らと回らね?」


笑い声が頭に流れてきて真っ白になった。どう返せばいいかわからず、言葉を必死に探したが見つからず、視線を落とした。


その時だった。


「はいはい、そこまでな」

怜が、手を差し出してくれた。明るい声で、冗談みたいに。


「ほら、困ってるじゃん」


「なんだよ、怜ノリ悪いな〜」


「もしかして好きとか?」


澪は息を呑んで、怜の横顔を見ると、怜は笑ったまま。


「え? ないない」


「勝手に話作るなって」


あっさりとした否定だった。必死さはなくて、冗談を流すみたいな調子。


ーーなのに。


澪は胸の奥に、小さな違和感を感じた。助けてもらったはずなのに、なぜか落ち着かない。


「ほら、注文決めよ。何にする?」

怜がそう言うと、話題は自然に流れていった。そのタイミングで、背後から嬉しい声がした。


「ご注文お決まりですか?」

ひなたはにこやかな笑顔で澪の隣に並んだ。


すると取り巻きの一人が冗談半分に言う。

「君もかわいいね、もしよかったら連絡先だけでもーー」


「そういうサービスは、してませんので」

ひなたの声は、きっぱりしていた。笑顔のまま、でも一歩も引かない。


「……ですよねー」


場が収まり、怜が苦笑する。

「ごめんね、変なの連れてきて」


その言葉に、澪は小さく首を振った。

「え…う、うん大丈夫」


ひなたの視線が、怜に一瞬だけ向く。


――また澪ちゃんに絡んでる。


そんな感情が、その目にははっきり浮かんでいた。








 教室の入り口が、がらりと開くと、聞き慣れた声が教室に入ってきた。澪は思わず入り口に目をやる。


「お待たせー!」

詩乃(しの)とみさきが、後半担当の何人かと一緒に入ってきていた。


「交代の時間だよね?」


「前半、お疲れさま!」

みさきがみんなに手を振りながら言う。


「うん。今ちょうど落ち着いたところ」

澪がそう答えると、詩乃が教室を一望して小さくうなずいた。


「結構忙しかったでしょ」


「でも、ちゃんと回ってるみたいで安心した」


「最初はバタバタだったけどね」


みさきと詩乃の3人で立ち話をしていると、そこへひなたが口を挟む。


「澪ちゃん、途中からすっごい自然だったよ」


「わたしも接客されたかったな〜」

ひなたはニヤニヤしながら澪に視線を送る。


「ちょ、ひなた……」

照れたように視線を逸らす澪に、みさきがにやりと笑う。


「へえ〜?」


「それは後半のプレッシャーが上がるなあ」


「そうだね、私たちも負けないように頑張ろ」

詩乃がそう言って、エプロンを手に取る。


「じゃあ、ここからは私たちが引き継ぐね」


澪は、少し名残惜しさを感じながらも、ひなたと顔を見合わせた。



「お疲れさま!」

そんな言葉を背に受けながら、二人は教室を出る。賑やかな廊下に出た瞬間、澪はふっと息を吐いた。


(終わった……)


ようやく、文化祭の前半が終わったのだと実感が追いついてくる。


「大丈夫?疲れた?」

ひなたが横から覗き込む。


「うん……ちょっと疲れたけど」

そう言いながらも、心のどこかは不思議と軽かった。


いろいろあった。緊張も、恥ずかしさも、面倒なことも。


それでも。


「…楽しかった」


澪はひなたと一緒にどこを回ろうかと、話しながら着替えの空き部屋へ向かった。

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