小悪魔メイドは練習中
文化祭の衣装担当を決める投票で、澪はひなたと共に選ばれてしまう。
逃げられない現実に戸惑う澪とは対照的に、ひなたはどこか嬉しそうだった。
「一緒にできる」という言葉に、澪は自分の気持ちを強く意識してしまう。
八人での話し合いの末、澪とひなたは前半組として同じ時間に出ることが決まった。
準備期間が進むにつれ、学校は文化祭一色に染まっていく。
内装の準備を終えたクラスメイトたちの笑い声や話声が教室を駆け回る。そうしていると、衣装を受け取りに行っていた三人が、大きな袋を抱えて戻ってきた。
「衣装取ってきたよー!」
その声に、教室にいた皆んなが一斉に顔を向ける。
「一応……試着しとく?」
「当日いきなりはなんか怖いしね」
自然と、衣装を着る人は空き教室へ移動して着替えてみることになった。
教室を出ると、背後から男子の騒がしい声が追ってくる。
「思ったよりガチねやつじゃね?」
「絶対可愛いやつじゃん!」
そのくだらないやり取りに、前を歩く女子達が苦笑する。
「ほんと男子って単純だよね」
「衣装見ただけであの盛り上がり……何歳よって感じ」
「だよねー。まぁ……楽しそうでいいけどさ」
澪はそんな会話を横で聞きながら、小さく笑うだけに留めた。話題が自分に飛んでこないように、視線を手に持つ衣装へと向ける。
(……やっぱり見られるよね)
そんな澪の様子を察したのか、ひなたが顔を覗きこんできた。
「楽しみだね、澪ちゃん」
周りに聞こえないくらいの小さい声だった。
「……ひなたがでしょ」
そう言い返す澪の声は少し照れを含んでいた。ひなたは嬉しそうに笑う。
「うん。……わたしは澪ちゃんが着てる所を見るのが楽しみ」
あまりにはっきりと言われて頬に、熱が集まるのがはっきり分かる。そんな澪が何かを言いかけたところで、前から女子の声が聞こえてきた。
「空き教室こっちだよー! ひなた、黒瀬さん置いてくよー!」
「はーい!今行く!ほら、行こ?」
ひなたは慌てて返事しつつ、ためらいなく澪の手を取った。振り返ることもなく、当然のように前へ進む。
引かれる形で足が動き、澪も小走りになる。離そうと思えば離せる距離なのに、そうしなかった。
そうしたくなかった。
空き教室は机や椅子がなく、いつも過ごす教室より広く感た。カーテン越しの夕陽が部屋を薄く染めている。
袋から取り出されたメイド風の衣装は、黒と白のフリフリがたくさん着いたよく見るデザインだけど、いざ手に取ると身構えてしまう。
「実際に見るとちょっと恥ずかしいかも……」
「そうかな?身長高いし似合うと思うけど」
「うーん、そういうことじゃ無いんだけどな…」
そんな話し声が耳に届くたび、澪は少し肩をすくめた。
皆んなが着替えが一通り終わったところで、見せ合うことになった。
「おー!みんな似合ってる!」
「え、かわいい……すご……!」
わっと声が上がる中、視線が澪に集中した。
「黒瀬さん似合ってるね!」
「わかる!なんかお嬢様って感じ」
澪が「そんな……」と困ったように笑うと、隣でひなたが、ほんの少し唇を尖らせる。
(やっぱり、嫉妬してる……)
それが可愛く見えて、澪はひなたの袖をつまんで小声でささやく。
「……そんなに見られるの、嫌?」
澪は無意識に少し意地悪な声になる。ひなたは思いもしなかった言葉に固まり、目をそらす。
「べ、別に……嫌ってわけじゃ、ないけど……みんなが澪ちゃんのこと…似合ってるって言うのが、その、なんか…やだなって……」
澪は想像通りの反応に思わず口元をゆるませ、わざと耳元で囁く。
「――嫉妬してるんだ」
ひなたはぱっと振り向き、耳まで赤くなる。
「し、してないっ……!してないったら……!」
その一言で、ひなたは完全に沈黙し、ひなたは小さく息を飲み、どこを見たらいいか分からない顔で、ぎゅっと澪の袖をつかんだ。
周りの女子たちは、そんな二人の距離に気づかないまま「当日これ着るの楽しみ~!」「写真撮らない?」と盛り上がっている。
二人は一息ついたあと、ツーショットを撮ってもらい、何事もなかったかのように、いつもの教室へと戻った。
文化祭当日の朝は、いつもより少し早く学校に集合した。普段とは違う廊下は賑やかで、窓から差し込む光もどこか暖かい。
教室に入ると、すでに何人かは立ち話をしていた。荷物は壁際に寄せられ、袋に入った衣装がいくつも並んでいる。
「おー、きたきた」
みさきは笑い合いながら、こちらに手を振った。
クラス全員が揃ってからは、みんなはそれぞれ準備に取りかかった。
澪とひなたは、衣装組の女子数人と一緒に、昨日試着した空き教室へと向かった。空き教室は昨日より少し肌寒く感じる。
そそくさと制服を脱ぎ、衣装に袖を通す。布の感触が冷えているせいか、いつもよりはっきりと伝わってくる。
鏡の前に立ったとき、澪は思わず息を詰めた。
(……色んな人に見られるんだよね)
最近は、ひなたやクラスメイトと過ごす時間の中で、「誰かに見られる」という感覚を、どこか忘れていた。
けれど今日は違う。この格好で、人の視線を受ける。
髪を整えながら、澪は自分の肩に力が入っているのに気づいた。
「ねぇ、澪ちゃん」
隣で着替えていたひなたが、小さく声をかける。
「緊張してるでしょ」
「……うん、少し」
正直に答えると、ひなたはふっと笑った。
「大丈夫だよ。似合ってるよ?」
ひなたは、そっと澪の手に触れる。
「それに、わたしもいるし」
澪は、その言葉に胸の奥がじんとするのを感じた。
「……ありがとう」
ひなたと視線が合って、無意識のうちに笑顔になっていた。ひなたは少し照れたように視線を逸らす。
「ほら、行こ。みんな待ってるし」
「うん」
鏡の中にはひなたに手を引かれる澪の姿が映っていた。そこに映る姿は、まだ少し不安げだけれど――ひなたの隣に立つ自分なら、大丈夫な気がした。そう思いながら、二人は部屋を後にした。
教室に全員がそろったところで、誰からともなく声が上がる。
「文化祭、成功させるぞー!」
「「「おー!」」」
声が教室に響く。澪は胸の奥に広がる不思議な高鳴りを感じた。
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