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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
煌めきのプレリュード
37/40

想像したその時から

 体育祭から一か月が経ち、学校では文化祭の準備が始まった。

 二年生からは飲食系の出し物が解禁され、教室は期待とざわめきに包まれる。

 話し合いの末、クラスの出し物は「カフェ」に決定した。

 さらに「メイドカフェ」という案が飛び出し、教室は一気に盛り上がる。

 澪はその提案の裏に、ひなたの気配を感じ取ってしまう。

 衣装の話が現実味を帯びる中、澪の胸には嫌な予感だけが静かに残っていた。

 衣装を着る人は投票で決めることになった。黒板の前では、文化祭実行委員の二人が投票用紙を手分けしてめくり、挙がった名前に正の字を入れていく。 


教室は妙な緊張とざわめきに満ちていた。


(……どうしよう。私は……)


 (みお)は自分の席で、黒板に書かれる自分の票が気になるが、それを見るのが恐ろして黒板を直視出来なかった。



 しばらくして、実行委員が板書を終え、振り返った。


「よし……じゃあ、票数の多かった上位8人を発表します!」


黒板には、名前と正の字がびっしりと書き出されていた。名前の下に正の字がいくつも並び、誰がどれくらい票を集めたのかが一目でわかる。



黒板消しを持った実行委員が黒板の中から票数が少ない名前を消し始めた。


一人、また一人と消えていくたび、教室のあちこちから小さなどよめきや、笑い混じりの声が飛び交う中、黒板はだんだんと寂しくなっていった。


澪はそんな中でも、黒板の自分の名前から目を離せずにいた。早く消えてほしいと思う一方でなぜか、きっと最後まで残ってしまうのだろうと、どこかで感じていた。


ーーそして。


予感は的中した。


残ったのは、八つの名前。その中に、白石(しらいし) ひなたの名前があるのを見て――そのすぐ隣に、黒瀬(くろせ) 澪の字があった。


(……やっぱり。残る気はしてた……)


そう思ったはずなのに、いざ目の前にすると鼓動が止まらない。何回黒板を見返しても、名前は消えていない。


発表が終わると、教室のあちこちで声が上がりはじめた。「似合いそう」「絶対可愛いよ」なんて言葉が飛び交っている。


「……ね」

ひなたが、声を潜めるようにして話しかけてきた。


「澪ちゃん、人気者じゃん」


「ち、違う……」

反射的に否定しながら、澪は視線を泳がせる。


「たまたまだって……」


ひなたはくすっと笑って、椅子を少し引き距離を詰めてくる。教室のざわめきの中で、ひなたの声が近づいてくる。


「でもさ」

 ひなたは、どこか嬉しそうに続ける。


「私は澪ちゃんが選ばれて、嬉しいよ?」


「……え?」


「だって、また一緒にできるじゃん」

至極当然かのように言われて、澪の胸が小さく跳ねる。

 

一緒

 

その二文字が、遅れて頭に落ちてくる。


(そうだ……ひなたも、着るんだ)


今までは、「自分がメイド服を着るかもしれない」ってことだけだけが頭を支配していた。でも、たった二文字で支配は終わった。


ひなたが、あの笑顔のままメイド服を着ている姿を、ふと想像してしまった。


「……っ」

澪は思わず息を詰める。


(なに考えてるの、私……!)


顔が一気に熱くなる。さっきまで自分のことしか考えていなかったくせに、ひなたのことを意識した瞬間、全部が違って見えてしまった。


「……あ」

ひなたが、その様子を見逃すはずもなく。にやっと、口角を上げる。


「もしかしてさ」

少しだけ身を寄せて、囁くみたいに言う。


「もう想像しちゃった?」


「ち、ちが……っ!」

「してない! 全然……!」

澪は即座に否定する。


「ほんと?」

 ひなたは楽しそうだ。


「顔、赤いけど?」


「……っ」

 反論できなくて、澪は唇を噛む。


「ふふ」

 ひなたは満足そうに笑って、軽く肩をすくめた。


「まぁ、いいや。楽しみにしとこ」


その一言が、妙に胸に残る。


教室は相変わらず賑やかで、周りではまだ誰がどんな衣装を着るかで盛り上がっている。


でも、澪の世界には、今ひなたの声しかなかった。





「じゃあ、選ばれた8人はこっちに集まってくださーい」

 教室の隅に集められた8人は、円を作るようにして座り込む。周りのクラスメイトたちは「いいなー」「頑張ってね」と(はや)し立てていた。


「文化祭の当日は、前半組と後半組に分かれるから、 時間帯は八人で話し合って決めて。で、決まったら自分に教えて」

実行委員がそう言って去ると、教室の隅だけが自然と空気がゆるむ。


「じゃ、どうする?」「前半やりたい人ー?」「俺ら後半がいいな」そんな声が飛び交う中、隣のひなたが迷いなく澪の袖を引いた。


「澪ちゃん」

その一言を、ひなたはまるで「当然だよね」と言わんばかりにこちらを見ている。


「う、うん」

澪は顔が熱くなるのを頑張って抑えながら、周りの子に主張した。

「……あの。私、ひなたと一緒に出たい」

「わたしも澪ちゃんとがいいな〜」

ひなたは満足そうに微笑むと、周りの子たちは「仲良いな〜」とほほ笑ましい視線を向けてくる。


そんなこんなで前半にひなたと出ることになった



「こんな感じでいいかな?」「いいと思う」「賛成〜」

 思いのほかすんなりまとまり、 前半組と後半組のメンバーが決定した。




 その後、ホームルームに戻り、カフェのメニューや当日の動きについて、ざっくりとした話し合いが続いた。


ドリンクは定番のコーヒーや紅茶に加えて、ココアやオレンジジュースを出すことになり、フードは学校側の指示もあって簡単なクッキーやパウンドケーキ程度に落ち着いた。


衣装については、予算と手間を考えてレンタルを利用することが決まり、サイズや身長を記入する簡単な申し込み用紙が配られ、文化祭前日にレンタルショップに取りに行く流れとなった。


そうして私たちの文化祭は幕を開けたのだった。






 文化祭が近づくにつれて、クラスの空気はゆっくりと賑やかさを増していった。放課後には机を運んだり、看板を作ったり、材料を買い足す生徒たちが出入りする姿が当たり前になっていく。


買い出しは近くのスーパーに二、三人ずつ交代で担当し、澪も一度だけ誘われて、ひなたや詩乃、みさきたちと一緒にクッキー用の材料を買いに行った。


メニュー表に描かれたコーヒーカップのイラストはみさきの提案で、黒板に貼られた手書きのポスターには色とりどりの可愛い飾りが付けられていく。気がつけば教室全体が、いつもと違う空気で満たされていた。


 そしてついに文化祭前日の放課後。装飾を貼り終えた教室の中で、最後の確認を済ませる生徒たちの声が飛び交っている。机の配置も、食器の置き場所も、おおまかな準備はすべて整い、あとは当日を待つだけだった。


 澪は片付けの途中ふとひなたと目が合い、互いに小さく笑い合った。特別な会話があったわけではない。ただ、それだけで、明日が少し楽しみになるのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。感想などいただけると、とても励みになります!

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