嫌な予感はよく当たる
体育祭の翌日、澪は疲れを引きずりながら布団の中で静かな休日を過ごしていた。
お昼になった頃、ひなたからのメッセージをきっかけに、二人は通話を始める。
見えない距離だからこそ、声だけの時間はどこか近く、胸を揺らすものだった。
軽口の中で、ひなたは自然に「好きだよ」と想いを口にする。
動揺しながらも、澪は自分の気持ちを正直に伝えてしまう。
通話が終わった後、澪の胸には戸惑いと小さな期待が静かに残っていた。
体育祭から一か月が経った。
朝の空気はひんやりと肌を撫で、校舎の窓から見える木々も模様替えをしていた。そんな季節の変化とともに、学校中には文化祭の話題が広がっていた。
「えー、それじゃあ二年生からは飲食系の出し物もOKだから……何をやりたいか、実行委員を中心に話し合って決めて」
高橋先生の声で、静かだった教室に騒がしさが帰ってきた。
「クレープとかやりたい!」「たこ焼きは?」「いや、絶対忙しいやつじゃん」など次々に手が上がり、黒板に案が増えていった。
(飲食って……けっこう大変そう)
私は静かに黒板を眺めていたけれど、隣の席に座ってきたひなたは相変わらず楽しそうで、頬杖をつきながら周りの意見に楽しそうに相槌を打っている。
「ねぇねぇ、澪ちゃんは何がいい?」
「え、私は……その、みんながやりたいのが一番かな」
言うと、ひなたは「澪ちゃんらしい」と小さく笑った。
そんな中、前の方の席の女子が手を挙げる。
「じゃあカフェとか、どうかな?」
その一言は教室の空気を一つにまとめる言葉だった。すぐに「いいじゃん!」という声がいくつも上がる。
「確かにカフェなら他の案を混ぜやすいしアリかも」「カフェなら絶対雰囲気作りも楽しい!」「内装とか衣装も可愛いの作りたい!」クラスはどんどん案を追加していき、黒板に書かれた「カフェ」の文字に、どんどん丸がついていくみたいに、クラスがその案に寄っていくのがわかる。
衣装、という単語に、ひなたがちらっと私を見る。
ほんの一瞬なのに、目が合った気がして、すぐに逸らしてしまった。
(……嫌な予感がする)
ひなたのあの目は見覚えがあった。
あの目は―― その先は考えないことにした。
「そろそろ多数決とるぞー。カフェがいい人?」
実行委員の言葉に、ほとんどの手がすっと上がった。もちろん、ひなたも真っ先に。
「じゃあ、二年三組は、カフェでいきます」
実行委員は黒板に「カフェ」と書かれた文字に大きな丸をつけた。
(文化祭、ちゃんとやれるかな……)
胸の中は不安と、それからほんの少しの期待。が混ぜられていた。
黒板は一度消されてその上に、「カフェの内容」と大きく書かれた。教室はさっきの騒がしさとは違って、まとまりのある騒がしさを感じる。
「普通のカフェじゃ他のクラスもやるんじゃないい?」「写真映えした方が人来るでしょ」
そんな意見がたくさん飛び交う中で、不意に、近くから小さな声が聞こえた様な気がした。
「……あのー、メイドカフェとか、どうかな?」
一瞬、教室の空気が止まった。聞き馴染みがある声だった気がする。なんて考えるより先に、空気が動き出した。
「メイド服ってこと?」「確かに被らなそうかも」「絶対可愛いよね……!」盛り上がる女子たち。
それとは対照的に、男子の方は「……まあ、お客が来るなら、いいんじゃね?」なんて言いながら、誰もがどこか視線を泳がせている。興味がないふりをしながら、頭の中では、しっかり想像しているのが見え見えだった。
そんなクラスの反応を見て、澪はすぐに、隣のひなたの方を向いた。
「……ねえ」
小さく声をかけると、ひなたは何でもない顔でこちらを見る。
「今のさ」
澪は、教壇の方をちらっと見てから、声を落とした。
「もしかして……ひなた?」
ひなたの視線が揺れた気がした。でも、それはほんの一瞬で、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「えー?なにそれ」
「わたし、そんなこと言ってないよ?」
とぼけたように肩をすくめる仕草が、逆に怪しい。
「……ほんとに?」
「ほんとほんと」
ひなたはそう言いながら、どこか楽しそうに笑っている。
(やっぱり……)
確信はない。でも、さっき聞こえた声と、今の態度が、妙につながってしまって。澪は、それ以上は聞かないことにした。
クラスがよりまとまろうとした時「ちょっと待って」と、実行委員が黒板の前で声を上げてクラスのみんなを制した。
「メイドカフェ自体は良いと思うけど、予算はどうする?衣装って買うの? 作るの?」その現実的な質問に、教室の熱が少し落ち着く。
「確かに……」「ちゃんとしたやつなら高いよね…」「でも安物にするのも…」
そんな空気の中で、後ろの席の男子が、思い切ったように手を挙げた。
「学校からも文化祭用の資金出るんだよな?それなら全員分は無理でも……選ばれた何人かだけ衣装作るとかならコスト抑えられると思う。残りはエプロンで普通のカフェスタッフっぽくしたりさ」
この案にクラスが再び沸き立った。「それなら現実的!」「写真映え組と、実務組って感じ?」「役割で分けるのは良いかもね」「衣装着る人はどうやって決める?」「何人でやる?」など話題はさらに盛り上がっていく。
私がちらりと横を見ると、ひなたは、何も言わずにニコニコ笑っていた。
(……絶対、私に着させる気だ)
そう思った瞬間、視線を逸らしてしまった。
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