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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
風に乗せた一歩
35/40

文字盤越しの惚気話

 午後の部はダンス部の演技から始まり、みさきの堂々とした姿に澪たちは声援を送った。

 昼下がりのゆるやかな空気の中、ひなたの無邪気な距離感に澪の胸は少し落ち着かなくなる。

 借り物競走では、みさきに引っ張られ澪が競技に巻き込まれ、笑いに包まれたひとときが流れた。

 やがて迎えた最終種目・紅白リレーで、怜はアンカーとして力強い走りを見せる。

 昼に見せた孤独とは対照的なその姿に、澪の中で言葉にできない感情が揺れた。

 赤組の勝利とともに体育祭は幕を閉じ、夕暮れの校庭には静かな余韻が残っていた。

 体育祭が終わった翌日は、学校の振り返り休日になった。今日は、目覚ましが鳴る時間になっても、体はまるで布団に飲み込まれたままだ。


昨日の体育祭の後遺症なのか、体が鈍く感じる。起き上がろうとして、思わず布団の中で小さく呻く。


(……こんなに疲れてたっけ)


 結局、午前中はほとんど布団の上でごろごろして過ごした。スマホの画面を眺めては、眠るでもなく起きるでもない、曖昧な時間が流れていく。




 正午を少し過ぎた頃、スマホが小さく震えた。


――ひなた


画面に浮かぶ名前を見た瞬間、嬉しさのせいか、一気に目が覚めた気がした。


ひなた

(みお)ちゃんおはよう!もしかしてまだ寝てるかな?》


枕を抱き抱えながら、ゆっくりと文字を打ち込む。


《おはよう起きてるよ》


送信して数秒も経たないうちに、返事が返ってきた。


ひなた

《ほんとかな〜》

《今起きたんじゃない?(笑)》


澪はなんだか見透かされているような気がして、嬉しいような、恥ずかしいような、変な気持ちになった。


《寝てはないけどだらだらしてる》


すぐに既読がついたが、しばらく返事が来ない。その僅かな間隔が、妙に気になってしまう。


すると、ぽんっと画面が光った。


ひなた

《澪ちゃんのだらだらしてるとこ見てみたいな》


……見られたら困る。というか、絶対見せたくない。


ぼさぼさの髪で、ダボダボのTシャツを着たままの姿を。でも、なんでだろう。「見たい」と言われたことが、少し嬉しい。


ひなた

《ちょっと通話しない?》


突然のことだったが躊躇はなかった。友達なんだから、普通のことだと思った。


《いいよ》


 しかし着信のボタンが現れた瞬間、何故か鼓動が一つ大きくなるような気がした。耳に近づけたスマホから、息を含んだ声が降ってくる。


「もしもし、澪ちゃん?」

いつもの明るい声――だった。


でも、こうしてスマホ越しで聞く声は、いつもと違ってなんだか胸の奥にじんと響く。


「足とか痛くない?」


「ううん、大丈夫だよ?」


「わたしちょっと痛いんだよね」


「え、大丈夫なの!?」

咄嗟に出た声は思ってたより大きかったらしい。


「大丈夫だよ〜澪ちゃん心配してくれたの?嬉しい」

ひなたは、思った以上の反応が返ってきた事が、嬉しいかのように笑っている。


ひなたの柔らかい声が、部屋に満ちていく。


普段の賑やかな学校とは違う、二人だけの静かな時間。見えないはずなのに、どうしてだろう。いつもより、自分が見られているような気がした。


「で、今日はずっとダラダラしてたの?」


「う、うん」


「澪ちゃんって、見た目はクールなのに、結構抜けてるとこあるよね」





「…抜けてるのは、別に…」


「あっ、違うの違うの!悪い意味じゃなくてね!かわいいな〜って」

「そのー…ギャップがね!かわいいんだよ澪ちゃんは」

ひなたの声が、スピーカー越しなのに妙に近く感じる。なんだか――楽しい。


「……かわいいとか、急に言わないで」

澪はそう言いながら、スマホを持つ手をベッドの上に落とした。


「急じゃないよ。前から思ってたし」

ひなたの声は、少しだけ笑いを含んでいる。


「前からって……?」


「だってもう半年だよ?澪ちゃんと知り合って」

そう言われて、胸の奥がきゅっと縮んだ。たしかに、思い返せばあっという間だった。


毎日のように一緒に帰って、話して、笑って。気づけばそれが当たり前になっていた。


「澪ちゃんさ」


「なに……?」


「緊張してる?」

いつもの様な明るい声ではなく、囁く様な声に思わず声が出た。


「そ、そんなこと」


「今とか、絶対顔赤いでしょ」


「赤くない!」

見透かされてる気がして、恥ずかしさのあまり即答したけれど、自信はなかった。


ひなたが、くすっと笑う。

「ねぇ、見えないから言うけどさ」


「……今度はなに」


「澪ちゃんのこと、好きだよ」

心臓が、どくんと大きく鳴った。


画面越しなのに、視線を向けられている気がする。

「………ずるい」


「え、なにが?」


「そういう言い方……」



「…わ、私も」

「ひなたのこと…す、好きだよ?」



通話の向こうで、ひなたが息を吸う音が聞こえた。


それきり、言葉が途切れた。ほんの数秒のはずなのに、時計の針の音だけが、部屋に漂っていた。



電波が切れたわけでもないのに、ひなたは何も言わなかった。


「……ひなた?」

名前を呼ぶと、少し遅れて声が返ってくる。


「え、あ、うん。ごめんごめん」

いつもの調子に戻そうとしているのか、どこか早口だった。


「ていうかさ、昨日の体育祭、すっごくよかったよね」

「二人三脚、練習より上手くいったし」

話題が、少し前に戻る。さっきまで触れていたところから、わざと距離を取るみたいに。


「そうだね、一位も取れたしね」


「来年も一緒に出たいな〜」


「同じクラスになれるかな?」


「なれるよ!」

ひなたの元気な声が聞こえてきた。






通話の向こうで、ひなたが笑った。

「……あはは、なにその言い方」


他愛もない話が続いて、気づけば最初の緊張はどこかに消えていた。


体育祭のこと。


クラスのこと。


どうでもいいような話題を行ったり来たりして、時間だけが、静かに過ぎていく。


「……あ」

ふと、ひなたが声を上げた。


「ごめん、ちょっと用事あったの思い出した」

さっきまでのゆるい空気を、少し名残惜しそうに切り替える声。


「今から?」


「うん。ちょっとね…」


「……そっか」


「また明日電車でね」


「うん、また明日」


2人は名残惜しさを胸に、通話を切った。


 通話が切れ、画面が暗くなる。しん、と静まり返った部屋で、澪はスマホを胸の上に置いた。


――す、好きだよ。


自分の声が、頭の中で蘇る。


(……私、何言ってるんだろ)


顔が見えなかったから。通話越しだったから。ひなたの声に、つられて。考えるほど、耳まで熱くなる。


(言わなくてよかったことまで、言った気がする……)


枕に顔をうずめると、少しだけ、声を殺して息を吐いた。ひなたは、どんな顔をしていただろう。


驚いた?それとも、いつもの笑顔のまま?もしかしたら…そんな想像をすると、余計に恥ずかしくなる。


でも。


一緒にいる時間が、好き。


名前を呼ばれるのが、好き。


それを否定するほど、もう遠くはなかった。


澪は、布団の中で身を丸める。


(……明日、普通に話せるかな)


そう思いながらも、胸の奥には、照れくささの中に混じる、小さな期待があった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。感想などいただけると、とても励みになります!

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