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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
風に乗せた一歩
34/40

勝利へのゴールテープ

 体育祭の午前競技が終わり、校庭は昼休みの賑わいに包まれる。

 澪はひなたとともに、応援に来ていた姉の遥と合流し、昼食を取ることになった。

 その途中、澪は人混みの外れで一人で黙々と食べる怜の姿を目にする。

 気がかりな思いから声をかけ、澪は誘えない代わりに小さな優しさを手渡した。

 やがて戻った先では、ひなたと遥が打ち解け合い、賑やかな昼の時間が流れていた。

 午後の開始の合図とともに、ダンス部の演技が始まった。


スピーカーから流れ出す音楽。観客席からは湧き上がる歓声がグラウンドを駆け巡る。


「みさき、緊張してないかな?」


「でも、なんか楽しそうに見える」


「うん、大丈夫だよ」

ひなた、(みお)詩乃(しの)の三人はテントの下に並んで座り、ステージに目を向ける。



 やがて色とりどりのユニフォームを着たダンス部が姿を見せる。みさき達は弾けるように踊り始めた。


「すごっ……!」


「みさきちゃん、かっこいいな」


いつもよりずっと大きく見える。夏の日射しの中で、みさきが本当に主役みたいだった。



 最後のポーズが決まった瞬間、観客席から大きな拍手が上がる。三人も思わず立ち上がり、全力で手を叩いた。


ダンス部の演技が無事終わり、しばらくして「障害物リレー」のアナウンスが流れ午後の部が始まった。しかしグラウンドの賑わいは一向に冷めない。


澪たちはそれをのんびり眺めた。


「午後って、なんだか空気がゆるいよね」

ひなたがぐでっと背にもたれる


「お昼食べたあとだからね〜」


「……澪ちゃんもしかして眠い?」


「うん。ちょっと……眠いかも」


「じゃあさ……」

ひなたは体を起こし、ぽんぽんと自分の膝を叩いた。


「ここ、使う?」


「えっ?」

一瞬、何を言われたのかわからず目を瞬かせる。


「だ、大丈夫だよ!全然平気だから…」

澪は慌てて手を振る。


「えー、そっか」

ひなたは少しだけ残念そうに笑って、膝を抱える。


テントの下を風が通り抜ける。隣に座る距離は変わらないのに、さっきより少しだけ近く感じて、澪は落ち着かないまま競技を見つめ続けた。




 そして、いよいよみさきの出番ーー借り物競走。


「みさき、また全力だろうな」


「楽しみにしてたしね」


スタートの合図が鳴り、みさきは元気よく走り出し、お題が描かれたカードを取り、一瞬立ち止まった。


「なんて書いてあるんだろ」


「なんだろうね」


みさきは顔を上げたかと、思うとすぐさまこちらに振り返った。


「あ、澪ちゃーんっ!!」

全力でこちらに手を振りながら走ってくる。


「えっ、わ、私!?」

まさか自分に来るとは思ってもなかった澪は、慌てて立ち上がった。


「『黒髪でしっとりした雰囲気の人』って書いてあったんだって!」


「それ絶対澪ちゃんしかないじゃん!」


「ええぇ……!」


半ば引っ張られるようにコースへ連れて行かれる澪。ひなたは笑いながら後ろからその様子を撮影し始めた。


 澪を連れてカードの指示をクリアしたみさきは、嬉しそうに再スタートした。結果は2位だったが、満足げに戻ってくる。


「澪ちゃんありがとー!助かった〜」


「まさかこっちに来るとは……思わなかった……」


「パッと、思いついたのが澪ちゃんしか居なくてさ」


そんな笑い話を四人で話しながら残りの競技を眺めていた。




 体育祭が終盤に差しかかる頃、校庭にはざわめきが広がっていた。


「赤組、リレーで勝てば白組に逆転だって!」

後ろの方で、スコアボードを見ていたクラスの男子が声を上げる。振り返れば、応援席のあちこちで赤いハチマキが揺れ、歓声が弾けていた。


「勝てるかもだって!正直今年は負けると思ってた」

横にいるひなたが目を丸くした。


「午前は結構離されてたのにね」

と詩乃が振り返る。


「みんな頑張ったんだよ、きっと!」

ひなたは嬉しそうに手を振って、赤組の応援席へ声を投げた。


(……よかった。二人三脚、少しでも役に立てたかな)


澪は胸の奥で、小さな達成感がふわりと浮き上がる。その余韻のまま、アナウンスが校庭に響いた。


『それでは午後の部、最終種目――紅白リレーを開始します。選手は集合してください』


ざわめきが、またひとつ大きく波打つ。みんなの視線がトラックへ向かう中、澪はふと、入場門に向かう(れい)の姿を見つけた。



そして体育祭のクライマックス、紅白対抗リレー。


 選手が入場すると、グラウンド全体が一気に熱を帯びる。チームカラーのはちまきを巻く選手たちが並び、声援が溢れ出す。


 その場には怜の姿が、怜はアンカーレーンへと向かった。澪は応援席から、何とはなしにその姿を目で追っていた。


真剣な表情をして、赤い鉢巻を結び直している怜を見て、ふと胸騒ぎがした。


(……さっき、一人で食べてたのに)


昼休みの時見た怜の顔が思い浮かぶ。しかし今の怜は、まっすぐ前だけを見ていて、あの時のようには見えなかった。


選手全員がレーンに付き、グラウンドに静寂が走る。



 「パンッ!」とスタートの音が鳴ったと同時に、選手が走り出し、それに続くように歓声が湧き上がる。


バトンが次々と繋がれ、歓声が波のように起こり、選手の背中を押し上げる。


そして最後の直線、赤組、白組はほぼ同時にアンカーにバトンを渡した。


怜がバトンを受け取る瞬間ーー。


一瞬だけ、こっちを向いたように見えた。


(……え?)


まさか、と思った瞬間には、怜は風を切るように走り出した。その背中は、昼間とはまるで別人のように感じた。孤独なんて微塵も感じさせない、力強い走り。


(……やっぱり、すごいな)


胸の奥で、言葉にならない感情が静かに揺れる。昼の影のような怜と、今みたいに輝く怜。その落差が澪の胸の中から離れなかった。



怜がゴールテープを切った瞬間、観客席から大きな歓声が上がった。



「「赤組の優勝だ!!」」



拍手と声援がしばらく鳴りやまず、怜は振り向き、笑顔で赤組のテントへ手を振った。やがて少しずつ、熱が落ち着いていく。


「ただ今より閉会式を行います。生徒の皆さんは整列してください。」

アナウンスに従い、生徒たちはゆっくりと動き始めた


澪はテントを出ると、ふと空を見上げて、足を止めた。


さっきまで高かった太陽が、校舎の向こうへ傾いている。白かった空は少しずつ橙色に染まり、校庭の影が、気づかないうちに長く伸びていた。


(……もう、夕方なんだ)


朝はあんなに早かったのに。緊張して、走って、笑って、応援して。気づけば、もう一日が終わろうとしている。


生徒たちのざわめきも、どこか名残惜しそうだった。夕暮れの風が、汗の残る肌にひんやりと触れる。


(あっという間だったな)


それでも、胸の奥には確かに残っている。今日の熱も、笑い声も、走った感覚も。澪はその余韻を抱えたまま、閉会式が始まった。





 閉会式が終わり、みんなが片付けや撤収で競技とは違う慌ただしさに包まれたグラウンド。


水筒を持って歩いていた澪は、人の流れの向こうで怜の姿を見つけた。周囲の友達に肩を叩かれながら笑っている。午前の影のような孤独はどこにもない。


(……よかった)


そう思って目をそらしたーーその瞬間。怜がこちらを見た……ような気がした。


「澪ちゃーん!一緒に帰ろ!」

ひなたの声に振り返ると。詩乃も手を振っている。


「うん、今行く!」

もう一度怜のいた方を見ると、そこにはもう誰もいなかった。気のせいだ、と言い聞かせるように息を吐く。


 夕方の涼しい風が、グラウンドをゆっくり通り抜けていった。

(体育祭……楽しかったな)

ひなたと詩乃と並んで歩きだす。

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