いつもとは違うあなた
体育祭当日、校庭は赤と白のハチマキに彩られ、いつもとは違う熱気に包まれていた。
開会式では、怜が選手宣誓を務め、その堂々とした姿が澪の胸に残る。
百メートル走や玉入れでは、クラスメイトたちの奮闘に声援と笑顔があふれた。
やがて迎えた二人三脚の競技。澪とひなたは、結ばれた足でスタートの合図とともに息を合わせて走り出し、練習以上の一体感でゴールを駆け抜けた。
歓声の中、並んで笑う二人の姿が、体育祭の一日を鮮やかに彩っていた。
午前の競技が終わると、昼休みのアナウンスが流れた。シートを広げる生徒や家族のざわめきが、風に混ざって響く。お弁当の匂い、笑い声。澪はテントの下で腰を下ろし、スマホに目を移した。
「あれ?みさきは?」
「午後の部の最初にダンス部の演技があるからって」
詩乃が説明しながら周囲を見回し指を刺す。その先には先生や他の部員と合流し、ステージ脇へ走っていくみさきの姿が見えた。
「じゃあ私、家族のところ行ってくるね。また後で」
詩乃は軽く手を振って離れていく。
自然とその場に残ったひなたと澪。
「澪ちゃんはお昼、どうするの?」
「お姉ちゃんが来てるんだ。二人で食べようって言ってて」
「そっか。……もしよかったら、一緒に食べてもいい?」
ひなたは少し遠慮がちに言う。
「うん!お姉ちゃんも大丈夫だと思う、聞いてみるね」
澪は心なしか嬉しそうにスマホを取り出し、姉の遥にメッセージを送る。
すると返事はすぐに来た。『もちろん。今どこにいるか教えて』
「よかった、いいよだって!」「やった!」
ひなたの笑顔が太陽のようにぱっと明るくなったと同時に、なんだか胸の奥があたたかくなる。
ひなたと並んで歩きながら、周囲に視線を走らせる。人が多すぎて、遥の姿がなかなか見つからない。互いにメッセージを送り合いながら、徐々に合流地点へ移動していく。
(んー、どこにいるんだろう)
遥を探しているそのときだった。
視界の端に、フェンスの近くで一人座っている怜の姿を見つけた。
木陰の端。周囲の賑わいから外れた場所で、黙々とコンビニのパンを食べている。誰とも話していない。
その姿は、体育祭の喧騒とは別世界にいるみたいだった。
(あれ?……一人なんだ)
何故か胸の奥が、ちくりと痛むような感じがした。
呼びかけようとしたけれど、隣を見るとひなたがいる。呼びかけるには、タイミングが違いすぎるそう思い、私は息をのんで、視線だけをそっと外した。
「澪ちゃんどうかした?」
ひなたは心配そうに澪の顔を見上げる。
「ううん、なんでもないよ。お姉ちゃんどこ居るんだろ」
澪はひなたのほうへ向き直り、歩き出した。
数分後、ようやく白い日傘を探している、見覚えのある背の高い影を見つけた。
「あ、お姉ちゃん!」
手を振ると、遥がこちらに気づいて大きく振り返す。
「やっと見つけた〜。人多すぎるって」
遥はサングラスを外して服に挟む。
「ごめんね、あっちこっち移動しちゃって」
「大丈夫、大丈夫。えっと…ひなたちゃん?」
「は、はい!初めまして!白石ひなたです!」
ひなたが緊張した様子で頭を下げる。そんなひなたに遥は、にこっと笑ってひなたに手を伸ばした。
「澪と仲良くしてくれてありがとうね」
「そ、そんな!澪ちゃんと居ると楽しいので…!」
なんだかぎこちない感じだが、空気が柔らかくなる。
でも澪は胸の奥に、先ほどの怜の姿が引っかかっていた。
「二人とも、ちょっと先に食べてて。私、トイレ行ってくる」
澪は軽く手を振ってその場を離れた。
しかし、澪はトイレへ向かうふりをして、グラウンドの端へ足を向ける。
怜はまだ同じ場所にいた。
私に気づくと、眉を寄せて少し驚いたような顔をする。
「……澪ちゃん?珍しいね、そっちから来るなんて」
「さっきは声かけられなくて、ごめん。ひなたが一緒だったから」
「ああ……なるほど」
怜は小さく笑って、残りのパンを包み直す。
「家族、来てないの?」
「うん。まぁ、そういう家だし」
怜は無表情に言ったけど、そこにほんの少し影があった。
(……やっぱり)
私は思わず口を開いた。
「ねぇ、よかったらーー」
言いかけた言葉を止めた。ひなたの顔が脳裏に浮かぶ。二人の間に流れる空気を思い出して、言葉が喉でつかえた。
(……いま誘っても、きっと複雑になる)
そう思い、ポケットから小さなパウチゼリーを取り出した。
朝、お姉ちゃんが「これ持ってみんなで食べな」ってくれたもの。
「よかったら、これ食べて」
「え?」
「それだけじゃ足りないでしょ。……ね?」
澪は誘えなかった心残りを消すように、できる限りの笑顔で渡した。
怜は一瞬言葉をなくしたように、澪を見つめる。それから受け取ると、ゆっくりと指を握った。
「お前って……変わってるな」
その声はかすかに震えていて、表情がいつもより幼く見えた。
「そうかな?」
「じゃ、またね」
「ああ……黒瀬」
「ん?」
澪は怜の方に振り返る。
「ありがとな」
戻ると、ひなたと遥が並んで座り、すごく楽しそうに話していた。
「ごめん遅くなって」
「あ、澪ちゃん!聞いてよ、澪ちゃんのお姉ちゃんねーー」「澪、ひなたちゃん、すっごく可愛いって」
二人が同じタイミングで話し始めて、思わず笑ってしまう。
二人は私の話題で盛り上がっていたらしく、すっかり意気投合している。姉とひなたの距離が、一気に縮まっていた。
(……よかった)
さっき見た怜の姿が胸に少し残りながらも、私は二人の間に座り、昼の特別な空気に包まれていった。
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