隣で聞こえる合図の声
九月の風の中、体育祭に向けた練習が始まり、澪とひなたは二人三脚の特訓に励んでいた。
結ばれた足で歩幅を合わせるうち、二人の息は自然と揃い、笑顔も増えていく。
夏休みが終わっても、変わらず並んで笑える日常が戻ってきたことに、澪は小さな幸せを感じていた。
そして迎えた体育祭当日、校庭はいつもと違う熱気と高揚感に包まれる。
クラスは赤組に決まり、赤いハチマキが生徒たちの気持ちを一つにしていく。
はためく旗の下、澪は息を整えながら、いよいよ始まる一日に胸を高鳴らせていた。
全校生徒が整列したグラウンドは、朝の光に包まれていた。赤と白のハチマキが入り乱れ風に揺れる。応援旗を掲げる生徒、日陰でメガホンを持つ先生。いつもの校庭が、まるで舞台みたいだった。
「では、校長先生からのご挨拶です」
マイクの声に合わせて、前方の壇上からゆっくりと始まるスピーチ。「本日は晴天に恵まれ〜」という定番の言葉から始まり、延々と続く。周りの生徒が微妙に姿勢を崩し始め、誰かが小さくため息をつく。
――ようやく終わりの拍手が鳴り、次は選手宣誓の時間。
「選手代表」
マイクから響いた瞬間、全く想像もしていなかった人物が壇上前に現れた。整列したみんなの前に出ていく一ノ瀬 怜の姿だ。いつも通り堂々としていて、空を見上げているような顔つきだった。
校庭に彼の力がこもった宣誓の言葉が響き渡る。
そんな彼はどこか誇らしげで、自信に満ち溢れている。そんなふうに思いながらも、どこかで気になってしまう自分がいた。
長かった開会式が終わると、グラウンドの空気が一変した。赤組も白組もそれぞれのテントに戻り、応援旗が風にはためく。太陽は高く、眩しいくらいの青空が広がっている。
「いよいよ始まったね!」ひなたがハチマキをぎゅっと結び直して、笑顔を見せた。その横顔が光を受けてきらきらして見える。私も少しだけ緊張を押し隠すように、頷いた。
最初の競技は百メートル走。スタートラインに立つ生徒たちの脚が白線の上で土を蹴る。ピストルの音とともに、まっすぐ伸びるコースを駆け抜けていく。
歓声、拍手、応援の声。どこかで放送委員のマイクが賑やかに名前を呼んでいた。
「すごい、みんな速いね」
「澪ちゃんも出たらよかったのに」
「やめて、私そんなに走れないから」
ひなたの冗談に肩をすくめて笑う。
この日だけは、誰もが主役みたいに輝いて見えた。
続いて玉入れ。詩乃が出場していて、背伸びしながら必死に赤い玉を投げている。籠の高さに全然届かない玉がいくつも宙を舞い、それでも何度も挑戦する姿がなんだか可愛くて、応援に力が入る。
「詩乃ー!もうちょっと右ーっ!」
「がんばれー!詩乃ちゃーん!」
「ひなた、声大きすぎ」
「いいのいいの! 届いてほしいじゃん!」
賑やかに応援した甲斐あってか、詩乃が投げた最後の一投が籠に入った瞬間、クラス全体が歓声に包まれた。
詩乃は顔を赤くしながら笑顔で、こちらに手を振り返してくる。そんな彼女を見て、みさきが「可愛い〜!」と騒ぎ、みんなが笑った。
そして、いよいよ二人三脚。澪とひなたの出番だ。
練習のときと同じ縄を足首に巻きながら、私は小さく息を整える。ひなたはすでにやる気満々で、軽くストレッチをしていた。
「澪ちゃん、緊張してる?」
「少しだけ」
「もう。練習したし、大丈夫だよ!ね?」
「うん。そうだよね、頑張ろ!」
二人は手を握り合って立ち上がる。手のひらの温度が伝わって、心臓の鼓動が少しだけ速くなった。
スタートラインに立つ。周囲のざわめきが遠のいて、視界が真っ直ぐに伸びてゴールテープを見つめる。土の匂い、風の音がやけに強く感じる。
「位置についてー!」
「――よーい!」
ピストルの音が鳴った瞬間、息を合わせて走り出す。「いち、に、いち、にっーー!」とリズムを合わせながら、地面を蹴る。
練習のときよりも軽く、速く、ふたりの足音がぴたりと揃っていく。風が頬をかすめ、観客席から「がんばれー!」という声が飛ぶ。
「ひなた、いける!」
「うんっ!」
ラストスパート。周囲の組を追い抜き、テープを一気に駆け抜ける。歓声と拍手が響く中、私たちは息を切らしながら笑い合った。
「ね、言ったでしょ。息ぴったりだって」
「……うん、ぴったりすぎて。びっくりだよ」
「でしょ!」
笑顔のひなたが眩しくて、気づけば私も同じように笑っていた。
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