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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
向日葵への出航
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明日の陽差しに顔を向ける

 四人は島の中心へ向かう途中で浴衣屋に立ち寄り、それぞれに似合う一着を選んでもらって夏祭りの会場へと向かった。

 夕暮れの提灯と屋台の香りに包まれた空間に、澪はひなたの静かな笑顔に胸の鼓動を意識してしまう。

 人混みの中ではぐれた二人は、裏路地で向き合い、ひなたが何かを伝えようと口を開く。

 しかし花火が夜空を裂くように打ち上がり、ひなたの言葉は音と歓声にかき消されてしまった。

 「なんでもない」と笑ったひなたの影に、澪は言えなかった想いを感じ取る。

 その後合流した四人は、大輪の花火を見上げながら、揺れる気持ちを胸に夜の祭りを歩いた。

 四人はホテルに戻ったあと、「また明日ね」と短く言葉を交わし、それぞれの部屋へ向かった。


 (みお)とひなたは部屋に戻ると、さっきまでの賑わいが嘘のように静かだった。海風の残り香が窓の隙間から入り込み、浴衣の袖から肌に触れる。


 二人とも、何かを言いかけては飲み込むような空気のまま、照明を落としベッドに入ると、満月の青白い明かりだけが、壁に影を揺らしている。


ひなたは窓の外を眺めながら「……あっという間だったね」とだけポツリと呟いた。その声には、いつものような明るさはなかった。


「うん。そうだね」

澪は短く返す。それ以上、言葉が続かなかった。



 目を閉じながら、あの瞬間、花火が上がったあの瞬間を思い出した。なぜだか胸の奥が痛かった。ズキズキと何かに刺されているようで。

その痛みを抱えたまま、夜の空気に包まれるように、澪はゆっくりと眠りに落ちていった。




隣から聞こえる寝息がさざ波と静かに重なる。

わたし達しかいない部屋。

手を伸ばせば届く距離。

自分の弱さに対するやるせなさ。



全てが嫌になる。




 朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。まだ眠たげに瞬きをしているひなたが、ぼんやりと髪をかき上げる。


「……全然寝れなかったかも」


寝癖のまま笑うその姿に、澪は思わず小さく笑ってしまう。昨夜のことは、互いに触れず、ただそのまま朝が来た。けれど、どこかぎこちなかった空気は、夜空に少しだけ溶けていった気がする。


 荷物をまとめ、チェックアウトを済ませると、四人は島の商店街へ向かった。並んだお土産屋や屋台がたくさん並びそこには、貝殻のキーホルダーやカラフルなラムネ瓶などが並び、潮の香りと焼き菓子の甘い匂いが混じっている。


「これ、かわいい!」

ひなたは彩り取りの、キラキラしている砂が入った小さなボトルを手にした。


「みんなでお揃いにしない?」


「いいね!あたし黄色がいい」

みさきとひなたの賑やかな声が聞こえる。何気ないやり取りなのに、どこか名残惜しい。袋の中で揺れる小さなお土産が、たった数日だった旅行の証のように思えた。



 買い物を終え港へ着くと、フェリーの汽笛が空に響く。澪はその音に旅行の終わりを感じた。穏やかな波に陽がきらめき、船体がゆっくりと桟橋を離れる。見慣れたはずの青い海が、今日は少しだけ違って見えた。


「また来たいね」

ひなたが小さく呟いた。その言葉に、澪は頷く。風が二人の髪を揺らし、潮の匂いがまた夏の記憶を連れてくる。



――楽しかった。それだけで、今は十分だった。


澪は手すり越しに遠ざかっていく島を見つめ、この数日の眩しさを、そっと胸の奥に閉じ込めた。





 家に着くと、玄関の空気は少しひんやりしていた。

大きな鞄を下ろして靴を脱ぐと、ようやく「ああ、帰ってきたんだ」と実感する。


数日しか離れていなかったのに、家の匂いが少し懐かしく感じられた。

ベッドに体を沈めると、海の音がまだ耳の奥に残っているような気がした。


ひなたの笑顔、夜空に咲いた花火、潮風の匂い――すべてが少し夢の中の出来事みたいで。

それでも、胸の奥には確かにあの時間が残っている。


ぼんやりと部屋を眺めていると、机の上に投げられているプリントの束が目に入った。


「……あ、宿題。」


澪は思わず小さく呟き、ため息をついた。

夢のような時間が終わり、現実が静かに戻ってくる。

けれど、心のどこかでまだ波の音が鳴っていた。

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