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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
向日葵への出航
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水飛沫と胸の鼓動

夜の海を望むレストランで、澪たち四人は笑い合いながら賑やかな夕食をとった。

部屋に戻ってからはトランプ大会で大盛り上がり。笑い声と波音が混ざり合い、ゆったりと時間が流れていく。

やがて夜が更け、詩乃とみさきが部屋を後にすると、澪とひなたの間にだけ静かな余韻が残った。

寄り添うような夜風と誰かの寝息。明日も一緒にいられることが、ただ嬉しくてたまらなかった。

 枕元に置いた目覚ましが七時を告げた。小さく伸びをしながら、(みお)は上体を起こす。カーテンの隙間から射し込む光が、淡く部屋を照らしていた。


 ゆっくりとカーテンを開けると、まぶしいほどの青空が広がる。波の音がかすかに届き、朝日が海面にきらめきを散らしている。眩しさに目を細めていると、背後から布の擦れる音がした。


「……ん。もう朝?」

寝ぼけた声でひなたが顔を上げる。 


乱れた金色の髪が光を受けて揺れ、澪は思わず微笑んだ。


「うん。いい天気だよ」


「ほんとだ……」

そう言ってベッドの上で軽く伸びをするひなたの姿に、澪はいつもとは違う一面を見れた気がして少し嬉しくなった。



 支度を整えた四人は、ホテルのレストランで軽い朝食をとった。朝食は夜のブュッフェとは違い、オーダー制のものらしい。焼きたてのパンとフルーツ、湯気の立つスープ。テーブルには昨夜とは違う静けさがあり、それもまた心地よかった。



 朝食を終えた四人は、それぞれ荷物をまとめて宿を出た。向かったのは、島の中央より少し内側――海とは反対側にある大型レジャープールだ。


 舗装された坂道を上がっていくと、白い建物の屋根が見えてくる。近づくにつれて、軽やかな音楽と水のはじける音が風に乗って届いた。


「すご……想像以上に大きい」

澪が思わず声を漏らすと、ひなたが笑いながら頷いた。


「だよね!ネットで見たときより全然広い!」


白を基調にした建物は陽射しを反射してまぶしく、真っ青な空と対照的に、まるで光の中に溶けていくようだった。遠くには大きなスライダーがいくつも連なり、水しぶきと歓声が夏の空気を満たしている。


「どこから行く?」


「スライダー行きたい!」


「私も!」

3人の楽しそうな声が聞こえ、澪の顔には自然と笑みが浮かんでいた。



 プールの中央にそびえる大きなスライダーは、遠くからでも目を引くほどの存在感だったが、近くで見るとより一層大きく見えた。 


「わ、けっこう高いね……!」

列に並びながら澪が見上げる。


「わ、私あんまり高いの苦手なんだけど…」

すると、詩乃(しの)は怖がる様子を見せた。


それとは対象にひなたと、みさきは楽しそうだった。


「平気平気!二人乗りだし、楽しいよ」


「そうそう、乗ればすぐ楽しくなるよ」

二人の笑顔につられて、詩乃の緊張は少しだけほぐれているような気がする。



 ついに順番が回ってきて、係員に合図されながら浮き輪に腰を下ろした。前に座るひなたが振り向き、「じゃあ、先行くね!」と笑いながら後ろの詩乃とみさきに手を振る。


澪も手を振ろうとしたその瞬間、澪は自分の両腕の位置の違和感に気づいた。――自然と、ひなたの腰のあたりを支えるようにしていた。


 次の瞬間、勢いよく水流が押し出し真っ暗な穴へと流された。思っていたよりも速く、視界には色とりどりなライトが流れていく。


「きゃっーー!」

ひなたの声は響き、反射的に澪はその身体を抱き寄せた。体に当たる水と風の衝撃、腕の中の温もり。冷たいのか温かいのかわからなくなった。


 水しぶきをあげて滑り降りると、全身が光の粒に包まれるようだった。笑いながら振り向いたひなたの笑顔が、陽射しに濡れてきらめいていた。


「楽しかったね澪ちゃん」


「うん。すごく、楽しかった」

そう言いながら、自分でも口がわずかに上ずっているのがわかった。


さっき無意識に――ひなたの腰に腕を回して、あまつさえ後ろからギュッと抱き寄せてしまったこと。

もしひなたに変に思われたら……と思うたび、胸の奥がきゅっと熱くなる。


でも、ひなたはいつも通りの柔らかい笑顔で、ただただ楽しかったという顔をしているのに、心臓はぜんぜん静かになってくれない。





 昼下がりのプールサイド。陽射しは少し傾きはじめ、午前中の喧騒が嘘のように穏やかだった。水面に映る青空はゆらゆらと揺れて、浮かぶ雲の影が時折頬を撫でていく。


テーブルの上には買ってきた軽食。冷たいジュースの水滴が、白いプラスチックの表面を伝って小さな輪を描く。ひなたがサンドイッチを頬張る。


「んー、やっぱり外で食べると、おいしいね」

と無邪気に笑う。


「あたしも食べよっと」

みさきも一つ手に取った。詩乃はタオルを膝にかけ、スライダーに連れ回さたせいか、気だるげにそれを眺めていた。


――そんな中、ふと澪の視線が風に揺れるチラシに止まった。


「向日葵島 夏祭り開催!」と、明るい文字が目を引く。屋台、花火大会、盆踊り――赤や金の色が散りばめられ、大きなひまわりが描かれたデザインは、見ているだけで胸が躍るようだった。


「……今日の、午後六時からだって」

澪がそう言うと、ひなたがぴくりと反応して顔を上げた。


「え、今日!? ねぇ行こうよ!」


「まだ時間あるけど……プール長居してたら間に合わないかもね」

詩乃が時計をちらりと見て言い、みさきが笑いながら立ち上がる。


「じゃ、早めに切り上げて準備しよっか」


賑やかなやりとりを聞きながら、澪は視線をプールに戻した。夏の午後、光を弾く水面。その向こうで、どこか遠くの空がゆっくりと近づいてくる気がした。

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