束の間の休息
ホテルに戻った四人は浴衣へ着替え、旅館の木の香りに包まれながら温泉へ向かった。
脱衣所で少し緊張しつつも、ひなたに背中を流してもらった澪は、胸の奥のざわつきを隠しきれない。
夕焼けを映す露天風呂では、海と向日葵島の稜線が黄金色に輝き、四人はその景色に思わず息をのんだ。
湯上がりの牛乳を飲みながら、火照った体を冷ますひとときは、どこか特別で温かい時間だった。
やがて空腹を抱えた四人は再び並んで歩き、夕食へと向かっていった。
レストランの扉を開けると、目の前に広がったのは大きなホールだった。壁一面はガラス張りになっていて、窓の向こうには夜の海と街明かりがちらちらと瞬いている。柔らかな照明に照らされた空間は、少し背筋を伸ばしたくなるような、大人びた雰囲気を纏っていた。
「わぁ……すごいね」
澪が思わず息をこぼすと
「なんか高級感あるね」
と、ひなたも目を輝かせる。
ブュッフェ台には色とりどりの料理が並んでいて、香ばしい匂いが食欲を刺激する。みさきがすでにトレーを持ち「とりあえず見て回ろ!」と元気に先頭を切った。
「一緒に行こっか」
詩乃が続き、四人は肩を並べながら料理を選んでいく。
フライドチキンやサラダ、色鮮やかなパスタ。デザートコーナーにはケーキやフルーツも並んでいて、自然とトレーの上が賑やかになっていった。
各々が好きなものを好きなだけ詰め込み、テーブルに戻った。料理を見せ合いながら食事を始めると、いつのまにかテーブルの上には小さな笑いが咲いていた。
夕食を終えた四人は自然と、澪とひなたの部屋に集まった。窓の外には波の音がかすかに響き、カーテンの隙間からは向日葵島の夜景がのぞく。
「はいっ、じゃーん!」
ひなたがバッグから取り出したのは、一組のトランプだった。
「やっぱこういう夜はこれでしょ!」
「さすがひな!わかってる〜」
みさきが手を叩き笑う。
「抜かりないね」
詩乃が呆れたように言うと、ひなたは得意げに胸を張った。
ベッドの上に広げたカードを囲んで、最初はババ抜き。次に神経衰弱。笑い声が何度も弾け、負けたみさきが変顔をさせられては、詩乃がスマホで写真を撮る。
「やめてってばー!詩乃それ送らないでよ!」
「思い出として保存するだけ」
「絶対信用できないやつ〜!」
そんな他愛もないやりとりに、澪は小さく笑った。
こうして誰かと夜を過ごすのは、いつ以来だろう。 波の音と笑い声が混ざりあって、時間の流れがゆるやかになる。
時計の針が十時を指した頃、明日に備えて早く休もうと、詩乃とみさきは立ち上がった。「じゃあ、また明日ね」名残惜しげな笑みを交わして、二人は静かに部屋を後にした。
ひなたは勢いよくベッドに倒れ込み、両手を広げて大の字になる。
「楽しかったね。……こういうの、ずっとできたらいいのにな」
「そうだね。でもまだ二日もあるよ?」
「そうだね。明日もいっぱい遊ぼうね、澪ちゃん」
「うん」
その笑顔が眩しすぎて、言葉が続かなかった。明日が来るのが待ち遠しくなりながら灯りを落とすと、窓の外の海がぼんやりと光って見えた。夜風がカーテンを揺らし、誰かの寝息が微かに重なる。
澪は目を閉じながら思う――この時間が、終わらなければいいのに、と。
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