茜の空と金色の湯面
昼食のあと、潮風に吹かれながら四人でビーチボールを始めた。笑い声は波音に溶け、何度も続くラリーが夏をいっそう輝かせる。
澪の必死のプレーに、ひなたの明るい声、みさきの無邪気さ、詩乃の安定感が重なって、時間があっという間に過ぎていった。
気づけば空は茜色に染まり、海面に揺れる光が夕暮れを告げる。
疲れた体を砂に預けながら、澪はひなたのぬくもりをそっと感じて胸が熱くなる。
やがて四人は足跡を並べ、沈む夕日に背を押されるようにホテルへ戻っていった。
ホテルに戻った四人は、まず部屋に荷物を置くことに。部屋で紺色のシンプルな浴衣に袖を通すと、普段の私服とは違う、どこか異世界に行った雰囲気だ。浴衣の色が体に馴染むと、澪は軽く深呼吸をしてから鏡の前で髪をほどいた。
浴衣の裾を気にしながら廊下を歩くと、旅館の木の香りが仄かに鼻をくすぐった。歩くだけで、身体のあちこちが重く、一日の疲れをひしひしと感じる。
「どんな感じだろうね、温泉!」
ひなたがタオルを肩にかけ、待ちきれないように先頭で振り向き進む。
「露天風呂あるかな」
「あるんじゃない」
詩乃が少し笑って答える。
脱衣所に入ると、木の床にヒノキの香りが漂い、外の潮風とはまるで違う落ち着きに包まれた。
脱衣棚から浴衣を脱ぐ手つきに一瞬緊張が走る。澪は自分の心臓の速さを抑えようと、ゆっくりと帯をほどいた。浴衣を脱ぎながら、なるべく平静を装って笑顔を作る。だが、肩甲骨が肌寒く感じるたびに、胸の奥が妙にざわついた。
脱衣所の扉を開けると、浴場は思っていたより広くて、どこか行き届いた清潔感があった。木の桶や椅子が規則正しく並び、黒いタイルと柔らかな灯りが落ち着いた空気を作っている。
蒸気が漂い、遠くからは湯気越しに波の音がぼんやり聞こえてくるようだった。そんな雰囲気に澪は思わず息をのんだ。
先に体を流す。洗い場のシャワーを手に取り、暖かいお湯を一度手にかけてから、丁寧に泡を立てていく。
そのとき、みさきが先に詩乃の背中を洗っているのが目に入った。みさきの手つきは豪快だけど優しく、詩乃はくすぐったそうに笑いながら身を預けている。二人の掛け合いが、澪にはとても自然で安心できる光景に映った。
ひなたは澪のほうをちらちらと見ていた。そんなひなたに気づいた次の瞬間、ひなたは澪の後ろにすっと回り、タオルで背中をそっと拭うようにしてから、優しく泡をのせた。澪はとっさに身を硬くする。肩甲骨に触れる指の感触は、まだ慣れないはずなのにどこか懐かしく、心臓が早鐘のように鳴る。
「絶対来ると思もった」
澪は胸の高鳴りを抑えるように平然さを保とうとした。
「いいでしょ?次はわたしにもやってよね」
ひなたの顔は見えないが、なぜか優しい顔をしていると感じた。
「ねえ、露天風呂って書いてあるよ。行ってみない?」
その声に三人が顔を見合わせる。
詩乃が「いいね」と頷き、みさきは「絶対景色きれいでしょ!」と早くも目を輝かせていた。
浴場の奥へ進むと、木の引き戸の向こうから外気が流れ込み、ふわりと湯気が揺れた。扉を押し開けた瞬間、目の前に広がる光景に思わず声が漏れる。
「わぁ……」
澪の口から自然と感嘆の声がこぼれる。
茜色に染まる空。その下に広がるのは、透き通るような海と、シルエットになった向日葵島の稜線。夕陽が湯面に反射して、金色の揺らめきが広がっていた。
みさきは先に飛び込むように湯に入った
「あったか〜い!しかも外の空気が気持ちいい!」
詩乃は静かに縁に腰をかけ、肩まで湯に浸かると
「本当に、気持ちいいね」
と目を細めた。
澪とひなたは並んで湯に入る。湯の温かさと外の冷たさが肌の上で交差し、心地よい。ふと横を見ると、ひなたも景色に見入っていて、頬に淡い茜色が映えているように見えた。
湯から上がり、再び浴衣に袖を通す。火照った体を包む布がやけに柔らかく感じられた。脱衣所を抜けると、ひんやりとしたエアコンの風が頬を撫でる。熱気を吸い取られるように一気に涼しくなり、思わず肩の力が抜けていく。
「はぁ〜……極楽だね」
ひなたは肩を回して大きく伸びをする。澪も同じように息を吐いた。体の芯まで温まっていたのが、今は心地よく緩んでいく。少し鈍くなるような、眠気に似ただるさ――それすらも幸福に思えた。
ロビー横の休憩スペースには、自動販売機が並んでいて、冷えた瓶の牛乳やコーヒー牛乳などがずらりと並んでいる。
「やっぱり、お風呂上がりといえばこれでしょ!」
と、みさきが勢いよく牛乳を取り出して一口。
「ぷはぁ〜! 最高!」
と大げさに笑う。
「いい飲みっぷりだね、私も飲もうかな」
詩乃が苦笑しながら、牛乳を取り出してみさきの隣に腰掛ける。
ひなたと澪は自販機の前に立って、どれにしようか悩んでいる。
「澪ちゃんは何派?」
「私はコーヒー牛乳かな」
澪は冷たい瓶を手に取る。
「お、一緒だね」
そういいひなたも同じ瓶を手にした。瓶を口に当てると、少し苦味のある甘さが流れ込む。喉を通っていく冷たさが、火照った体に染み渡っていった。
目が合った瞬間ふっと笑みを交わす。――その何気ない仕草すら、どこか特別に思える。
「さて、そろそろご飯食べに行こっか」
詩乃が立ち上がり、帯を軽く結び直す。
「もーお腹ぺこぺこだ!」
みさきが元気よく声をあげると、四人はそのままホテルのレストランへと向かった。
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