常夏ビーチボール
向日葵島に着いた澪たちは、いよいよ海へ。
眩しい陽射しの下、きらめく波と砂浜が四人を迎える。
はしゃぐみさきと、それを追う詩乃。
そして、隣で笑うひなたの姿に澪の胸は高鳴っていた。
泳いで、笑って、海の家で食べる――夏を満喫するひととき。
潮風に包まれながら、澪はひなたと過ごす夏の特別さを知っていく。
昼食を食べ終えたあと、澪と詩乃は手にしたトレーや空のカップを持ってゴミ捨て場へ向かった。海の家を離れると、潮風が一層強く感じられる。
「ひなたたち、いつもより元気いっぱいだね」
隣を歩く詩乃が、少し笑いながら口にした。
澪もつられて微笑む。
「ほんとに……あの二人、ずっとテンション高い」
言いながらも、なんだか胸の奥がくすぐったい。こうして笑って過ごせることが、不思議と心地よかった。
ゴミを捨てて戻ると、ちょうどひなたとみさきが駆け足で戻ってくるところだった。
「じゃーん!」と、みさきが頭上に掲げるのは色鮮やかなビーチボール。
「ね、可愛くない? 早くやろ!」
「わたしが一番にサーブね!」
と、ひなたもはしゃぐように笑う。
詩乃が呆れたように、けれど優しく目を細めて言った。
「どこでやるの?」
「あっちの海辺がいいと思う!」
と声が揃ったひなたとみさきに、澪は吹き出しそうになりながら足元の砂を見下ろした。潮風の中、笑い声が混じって跳ね返る。こうして四人で過ごす時間が、いっそう輝きを増していく気がした。
海の家で買ったビーチボールを膝に抱え、四人は波打ち際の少し平らな場所に輪を作った。陽の光がボールの色を透かして、赤や黄、青が砂に映える。
「じゃあルールは落とした方が負けで、負けたらかき氷おごりね!」
みさきが得意げに宣言すると、ひなたが声を弾ませて両手を上げる。
「いいね、勝負!」
詩乃は静かに背筋を伸ばし、澪のほうをちらりと見る。澪は少し緊張しながらも、手で砂を払って体勢を整えた。海の光が眩しくて、目を細める。
「せーの!」の合図で、ひなたが元気よくボールを高く投げ上げ、サーブを放った。ふわりと弾んだボールは波音にまぎれてゆっくりと空に舞う。
澪はとっさに手を掲げ、ボールに合わせて手のひらを面に向ける。大きく腕を伸ばした指先に、潮の香りと小さな冷たさが混じる。ボールは柔らかく澪の掌に当たった。
「ナイス!」みさきがすぐにボールの下に入り、軽やかに胸の前でボールを返す。
ラリーは次第にテンポを上げていく。みさきは全力でダイビングしてボールを救い、水をかぶっては笑い、詩乃は安定したトスで状況を整える。澪は不器用ながらも、必死にボールを追いかけ、返すたびに少し自信がついていくのがわかった。
ゲームは二回、三回とラリーを続けるうち、四人とも息が上がってきたが、笑顔は消えない。
澪がスライディング気味に砂に膝をつきながらボールを弾き、ぎりぎりで返す劇的な一撃が決まる。ボールは空を大きく飛び、ひなたの頭上を通過した。「おーー!」と、みさきとひなたは感心したようにボールを見上げた。澪は砂のひんやり感が膝に残っているのを感じながら、ボールが地についたのを見て、満足げに息を吐いた。
波のささやきと四人の笑い声が混じり合い、午後の太陽はまだ高い。疲れて砂にころりと横になると、潮の匂いと塩で少ししょっぱい髪の香りが心地いい。澪はひなたの方をちらりと見ると、ひなたもこちらを見返した。ささやかな合図が、何よりも温かく感じられた。
「次、誰がサーブする?」
みさきが息を切らしながら言う。
「え、まだやるの」
詩乃は驚いた。
「まだ勝負は続くよー」
ひなたが笑顔で返す。
四人は笑いながら立ち上がり、再びボールが空に上がる。夏の一日が、まだまだ終わらないことを誰もが知っているように。
ビーチボールの試合が一段落すると、四人は砂の上に座り込んで大きく息を吐いた。空はもう茜色に染まり始め、海面には揺れる光の帯が伸びている。さっきまで弾んでいた声や笑いも、少し落ち着きを帯びて、波音がよりはっきりと耳に届いた。
「……疲れた〜」
みさきが両手を広げて砂に寝転び、空を仰ぐ。髪にまとわりついた砂がきらきら光って、彼女の無邪気な笑顔を照らした。
「でも楽しかった〜」
ひなたが笑いながら、澪の隣に座り込む。ひなたの笑顔が太陽みたいに明るくて、澪は胸がきゅんとするのを感じた。
「楽しかった。……けど、もう日が沈んじゃいそうだね」
澪は夕焼けに染まる水平線を眺めて、小さく呟いた。
潮風が少し冷たくなっていて、昼の賑やかさが遠いものに思える。
詩乃が立ち上がり、砂を払って言う。
「そろそろホテルに戻ろっか」
「えー、もうちょっと遊びたいな〜」とみさきが空を見上げていうが、ひなたも笑って「また明日だよ、明日」と背中を押す。
砂に残った足跡を並べるようにして歩き出す四人。背後には、一日の思い出を飲み込むように、ゆっくりと沈んでいく夕日があった。
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