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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
向日葵への出航
22/26

落ち着かない鼓動

夏の朝、胸の鼓動がやけにうるさく感じた。

眠れないまま迎えた旅行当日。

澪たちは飛燕駅に集まり、電車とフェリーを乗り継いで――向日葵島へ。

窓の外を流れる景色は、どこか現実じゃないみたいに眩しかった。

この夏が、何かを変えてしまう気がして。

そうして四人の「本当の夏休み」が始まった。

 フェリーが島の港に着き、四人は荷物を抱えて桟橋を渡る。潮の匂いと熱気に包まれながら、予約したホテルへと向かう。



 白い壁と青い屋根が印象的な建物に到着すると、ロビーで手続きをしていた詩乃(しの)が振り返った。


「四人部屋は埋まってて、二人部屋を二つしか取れなかったの。だから――」


「二人部屋かぁ!どう部屋分けする?ジャンケンする?」

みさきが食い気味に反応する。


ひなたはもう期待の視線を(みお)に向けている。「わたしは澪と一緒がいいなー」


「わ、わたしもひなたとがいいかな…なんて……」

不意に視線を受け止めてしまった澪は、心臓が跳ねるのをごまかすように視線を逸らした。


「ならひなと澪ちゃん、あたしと詩乃ちゃんね」


「じゃあそうしようか、部屋は両隣だし内装も大差ないから」

詩乃は説明を入れ部屋へ向かって歩き出した。


「やったねー澪ちゃん行こ」

ひなたは澪の手を引いて詩乃たちの後を追う。



「荷物置いたらホテルのロビーに集合ね」

詩乃が大丈夫かなと心配そうに伝える。




 荷物を部屋に置いたあと、四人はロビーに集合した。さっきまでの長旅の疲れも、これから待っている海を思うと不思議と吹き飛んでいく。


「よーし!海行くぞー!」


「おー!」

みさきとひなたは両手を突き上げる。


「すごい元気だね……でも、わたしも楽しみ」

詩乃も口元を緩める。


「澪ちゃん、準備できた?」

ひなたが隣に立って、にこっと笑いかけてくる。その笑顔は、潮風よりずっとまぶしい。


「うん」

頷いた澪の胸の奥も、期待と少しの緊張で熱を帯びていた。


エントランスを抜ければ、道の先に青く広がる海がある。



いよいよ始まる――向日葵島での夏が。



 更衣室の中は、潮の香りが微かに混じる日焼け止めやシャンプーの匂いでいっぱいだった。あちこちから笑い声が上がり、水着に着替える子たちのわくわくした気配が伝わってくる。


澪もロッカーの前で自分のバッグを開き、畳んで入れていた水着を取り出した。ひなたに勧められた水色の水着。布を指先でなぞると、胸の奥が不思議とくすぐったくなる。どんな顔をしてひなたが見てくれるんだろう。そんな想像が浮かんで、思わず自分で自分の頬が熱くなるのを感じた。


「……よし」


小さく呟いて水着に袖を通す。鏡に映る自分の姿に、少しだけ戸惑いながらも「似合ってるかな」と確かめるように視線を向けた。



 着替えを終えた四人は、それぞれタイミングを見計らうように更衣室の出口に集まる。「先に出る?」「一緒に出ようか」なんて小さなやりとりを交わしながら、足取りは自然と揃っていた。

ドアの向こうには、真夏の光にきらめく海。その光景が近づいている。



 更衣室のドアを押し開けた瞬間、眩しい夏の日差しが飛び込んできた。四人はほとんど同時に外へ足を踏み出す。


「おーっ!」

と先に声を上げたのはみさきだった。蛍光色のビキニに花柄のパーカーを羽織って、元気いっぱいの笑顔を浮かべている。


隣には、清楚なワンピースタイプの水着を着た詩乃。落ち着いた雰囲気が海辺でも崩れず、まるでパンフレットのモデルみたいだった。


そして澪とひなた。澪はひなたが勧めてくれた淡い水色の水着を着て、少し緊張した面持ちで髪を耳にかける。ひなたは澪が勧めた白のビキニ。眩しいくらいに似合っていて、周りの光までも引き寄せるようだった。


「……!」


澪とひなたの視線が、ほんの一瞬だけぶつかる。思いもしなかった光景に、どちらからともなく顔を逸らした。



「そうだ日焼け止め、ちゃんと塗っておかないとね」みさきがバッグをがさごそやりながら言うと、ひなたが澪のほうへすっと近づいた。


「澪ちゃん、背中は届きにくいでしょ。わたしが塗ってあげるよ」

その声は軽くて、でもどこか含みがある。澪は一瞬、胸の奥がきゅっとなるのを感じた。


「え、いいよ自分で……」

否定の言葉を言いかけてたが、照れ隠しのように肩をすくめると、ひなたはにやりと笑って日焼け止めを方手に澪の肩を触れる。


「塗ってあげるよ?澪ちゃん」

その声はどことなく圧を感じた。


「う、うんお願い」


 ひなたが手に取った日焼け止めを背中に垂らした瞬間、ひやりとした感触に澪は小さく肩を震わせた。


「ひゃっ」

思わず黄色い声が出た


ひなたは冗談めかして「冷たいでしょ?」なんて言いながら、澪の背中にゆっくりと日焼け止めを広げていく。けれど、指先に伝わる肌の感触があまりにも生々しくて、心臓が落ち着いてくれない。


(これ……思ってたよりずっと……)


ただの友達にすることだ、と自分に言い聞かせても、澪の肌の白さや細い肩の線に目を奪われてしまう。こんなふうに感じてしまう自分が悪い気がして、胸の奥にかすかな罪悪感が芽生えた。


澪の耳が少し赤くなっているのを見て、余計に心臓が跳ねる。


(ダメだ…抑えなきゃ)


そう思うのに、触れている手をすぐには離せない自分に、ひなたは戸惑っていた。


「あ、あのーいつまでやるつもり?」

そういいかけた時、ひなたは動揺を隠すように言った。


「あー、日焼け止め出しすぎてさ、ごめんごめん」

ひなたはすかさず澪の肌から手を離す。



 澪は鞄から日焼け止めを取り出すと、少し勇気を振り絞るように声をかけた。


「……今度は、私が塗ってあげるね」


その言葉に、ひなたの胸が一瞬止まったように感じた。てっきり自分が一方的にやるだけだと思っていたから。


「え、ほんとに?」

思わず笑みがこぼれた。


 背中を向けると、澪の指先がそっと触れ、冷たいクリームがすべっていく。

くすぐったいはずなのに、ひなたはただ胸が高鳴って仕方なかった。


(澪ちゃんが、自分から……こんなの、反則じゃん)


息を潜め、顔が緩みそうになるのを必死で抑えながら、澪の動きを感じ取る。


「どう、かな……?」

澪がおずおずと声を落とすと、ひなたは思わず振り返りそうになった。けれど必死で耐え、かわりに心からの笑顔を浮かべた。


「うん。すっごく嬉しい。ありがと、澪ちゃん」


ひなたは胸の奥で小さくガッツポーズを決めていた。

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