始まりを告げるチャイム
休憩中の他愛ない恋バナの中で、澪がふと漏らしたひと言。
「え、えっと……同じクラスの男子だよ」
その瞬間、ひなたの胸の奥では、ざらついた何かがじわじわと広がっていた。
恋バナがひとしきり盛り上がったところで、自然に幕を閉じた。
「……さて、そろそろ勉強に戻りますか」
みさきが伸びをしながら気合を入れ。
「休憩の分、ちゃんと取り返さなきゃね」
詩乃が苦笑しながらページをめくる。澪も再び集中しようと深呼吸し、問題に取り組み始める。
再び四人は勉強に戻り、問題集にシャーペンを走らせる音が、部屋に戻ってくる。ときどき誰かが詰まって質問したり、答え合わせで一緒に悩んだり。そんな時間が流れていった。
気づけば時計は六時を回っている。
「……もうこんな時間か」
詩乃が壁の時計を見て声をあげる。
「早っ!集中してたからあっという間だった」
みさきが驚いたように机から顔を上げる。
「今日はこのへんにしよっか」
ひなたの提案に全員がうなずき、自然と片付けが始まった。勉強の余韻と笑い声が混じった空気のまま、三人はそれぞれの帰り支度を整えた。
三人は鞄を肩にかけ、玄関を出ると、外の空気は少しひんやりしていた。夏の夕暮れ、茜色が街並みに溶けていく。
「じゃあ、今日はおつかれさま」
詩乃が門の前で手を振ると
「いやー助かった!」
みさきが笑顔で親指を立てた。
「うん、明日からいよいよテストだね」
ひなたがため息混じりにつぶやく。
「今日頑張ったし大丈夫だよ」
澪は小さく頷いて言葉を返す。
四人は別れの言葉を交わして、夕暮れの道へ散っていった。
テスト当日。教室内には、いつもとは違う張り詰めた空気が漂っていた。机の間で最後の悪あがきをするように教科書を眺めたり、友達同士で問題を出し合ったり。余裕そうに話し合っている子もいれば、両手を合わせて神頼みしている子までいる。澪は、ひなたたちと小声で答え合わせをしながら、心臓の鼓動が少しずつ早まっていくのを感じていた。
やがてチャイムが鳴り響く。配られたプリントの紙の音が一斉に重なり、教室はシャーペンの走る音だけになる。ひなたは真剣そのものの横顔で、迷いなく答案に書き込んでいく。みさきは鉛筆を器用にクルクル回し、勢いよく問題を埋めていく。詩乃は眉をわずかに寄せながらも、落ち着いた手つきで一問ずつ丁寧に解答していた。澪は時間を意識しながら、空欄を埋めていく。最後の一問に答えを書き込んだとき、小さく息を吐き、机の下でこっそりと拳を握った。
最後のチャイムが鳴り響いた瞬間、教室の空気が一変した。緊張と静寂に包まれていた空間は、まるで解き放たれたようにざわめきに満ちていく。すべてのテストが終わったのだ。待ちに待った夏休みが始まろうとしている――そんな歓喜が、机や椅子の軋む音と一緒にあふれ出していた。
「おわったぁー!」
真っ先に声を上げたのはみさきだった。椅子にぐったりともたれかかり、両手を大きく伸ばして天井を仰ぐ。
「ほんとに……長かったよね、一週間。よく頑張ったよ、私たち」
ひなたも机に突っ伏しながら、安堵の笑みを浮かべる。
「お疲れさま」
詩乃が小さく笑い。
「これで、やっと夏休みか」
澪は小さく息を吐き、窓の外の眩しい光を見上げた。青い空が広がっている。その先には、まだ知らない夏が待っている気がした。
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