あなたの理想を教えて
一旦勉強をやめてお菓子タイムをすることに。笑いながら色んな話をしているうちに、いつのまにか恋バナが始まり、澪がぽつりと言った。「……実はこの前、メールで告白されたんだ」その一言で、テーブルの上の空気が一瞬止まったように感じた。小さな胸のざわめきが動き始めた。
「えっ!?誰に!?」
ひなたが食い気味に声を上げる。驚いた自分に気づいたのか、慌てて両手で口を押さえた。その頬はほんのり赤い。
「え、えっと……同じクラスの男子だよ」
澪は困ったように笑いながら答える。すると、みさきが身を乗り出した。
「へぇ〜、名前は?」
「名前は……ちょっと無し」
澪はわざとらしく肩をすくめて笑ってみせる。その軽さに場は和んだが――
「ふ、ふーん……そっか」
ひなたは唇を噛みしめ、無理に笑顔を作った。胸の奥では、ざらついた何かがじわじわと広がっていく。
「ちなみに、なんて返したの?もしかして……付き合ってたり?」
にやりと笑いながら探りを入れるみさき。
「つ、付き合ってる!?してないしてない!」
澪は慌てて大きな声を出してしまい、三人は一瞬笑いに包まれる。耳の先が赤く染まったのを、澪は誤魔化すようにうつむいた。
「断ったよ。そんなふうに見たことなかったし……」
「そっかぁ。じゃあ何がダメだったの?顔?性格?」
畳みかけるように問うみさき。ひなたは横で笑っているけれど、その目は笑っていない。
「なんだろ……」
澪は髪をいじりながら小さく息をついた。
「そもそも恋愛対象って感じじゃないっていうか……あんまり、付き合いたいとも思ってない……かも」
「そもそも澪ちゃんは付き合いたいとか思う?」
詩乃は穏やかに問いかける。
「うーん…どうだろ、わからないかな。なんか付き合ってる自分が想像できない」
澪は首を傾げながら答えた。
「なるほどなるほど。よかったね、ひな?」
みさきは何かを察してひなたにパスした。
「――えっ!?な、なんで私に振るのよ」
ひなたは肩をすくめ、大げさに笑ってみせる。けれど声はほんのわずかに裏返っていた。
「ひな、澪ちゃんのこと好きでしょ」
みさきは見透かしたかのようにからかう
「ま、まあ…澪は――友達として好きだよ?」
口元には軽い冗談めいた調子を乗せ、声も明るく張る。言葉は簡単で、誰もがその意味をそのまま受け取った。
「確かに彼氏が出来て、遊ぶ機会が減ったらやだけど…澪ちゃんが幸せになるならいいかなぁ…みたいな?」
ひなたは笑顔を保とうと、少しだけ大きく笑ってみせる。指先でカップの縁をつまみ、視線をわざと外す。頬の裏で熱がぐっと盛り上がるのをどうにか押し込めながら、必死に胸の鼓動を抑えた。言葉は無邪気に響くが、終わるころには声がかすれていて、ひなたの手はほんの少し震えていた。周りの誰も、その震えには気づかない。
「じゃあ、3人はそういった経験はない?」
澪は自分が言ったのだから3人から聞き出そうとした。
みさきが待ってましたと言わんばかりに笑う。
「私はね、何回か付き合ったことあるよ。ただ期間は短いかな」
「私は……一回だけ告白されたことが」
詩乃は落ち着いた声で答えた。
「中学の卒業の日に告白されたけど、断ったの。相手も悪い人じゃなかったんだけどね」
「じゃあ、ひなたは?」
澪が視線を向けると、ひなたは一瞬言葉を探すように黙り込んだ。
「え、えっと……私も何回かは告白されたけど……全部断ったかな」
笑って答えたものの、どこかぎこちない。
「ひなたってかわいいからモテそうだよね。……でも、なんで断ったの?」
澪の無意識の言葉に、ひなたの胸の奥が一瞬にして熱を帯びた。
(え、今澪ちゃんに「かわいい」って言われた……?)
頬がじんわりと赤くなり、口角が自然と上がるのを感じ、悟られないよう堪えた。
「え、えっと……あんまり恋愛に興味ないっていうか。ほんとに好きな人と付き合いたいみたいな?」軽く言葉を流すように答えたけれど、心の中では澪の一言を何度も反芻していた。
「ひなたって、意外とロマンチストなところあるよね」
詩乃がふっと笑いながら言った。
「そうそう。じゃあさ、ひなの好きなタイプってどんなの?」
みさきが興味津々に身を乗り出す。
「え、私?」
ひなたは一瞬だけ視線を泳がせた。ほんのわずかに澪をちらりと見て、すぐに目を逸らす。
「うーん……一緒にいて楽しくて、自然体でいられる人、かな。あとは……ちゃんと自分を見てくれる人」
(なんだろ……今の、少しだけ私に言ってるみたいに聞こえた)
ただの言葉なのに、澪には不思議に聞こえた。
「へぇ……そういう人が、ひなたの理想なんだ」澪はぽつりと呟いた。なぜか胸の奥がきゅっとする。
「まぁまぁ、そういうこと!」
ひなたは慌てたように明るく笑い、場を和ませるようにお菓子をつまんだ。笑い声が広がり、ひとしきり盛り上がったところで、恋バナは自然に幕を閉じた。けれど澪とひなたの胸には、互いの言葉が静かに残り続けていた。
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