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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
視線の理由
15/17

近衛兵さんの想い

ついに始まった水泳の授業。冷たいプールに足を入れた瞬間、澪は夏の匂いを強く感じた。泳ぐのが苦手な彼女は何とか前へと進んでいく。その後。偶然怜と顔を合わせ、ほんの少しだけ言葉を交わす。その様子を、プールサイドからひなたがじっと見つめていた。澪が怜に何か吹き込まれていないか――胸の奥に小さな何か芽生える。

 水泳の授業が終わり、更衣室で髪をタオルで拭く(みお)の隣に、ひなたがそっと近づいてきた。


「……あのさ、さっき(れい)と話してたの、ほんとになんでもないの?」ひなたの声は柔らかいが、どこかムスッとした響きが混じっている。


澪は一瞬タオルを止めひなたの方を向き、戸惑うように

「え、えっと……ほんとに普通の話だよ?…もしかしてひなた、焼きも」


その答えに、ひなたはちょっと不満そうに口角を上げ、次の瞬間、ひなたはそっと澪のタオルを引っ張った。


「んっ!? な、なに…!」

驚いて体を縮める澪に、ひなたはちょっと意地悪そうに笑う。


「本当は変なこと言われたんじゃないの?」


「ち、違うよ……!」

澪は必死に否定するが、ひなたのいたずらに照れた頬がほんのり赤くなる。ひなたは満足そうに、さりげなく澪の髪や肩に触れながら、軽く小突くように笑った。


「ふふ、やっぱり可愛いなぁ……」


澪は天然に微笑み返しながらひなたにもやり返した。更衣室の湿った空気の中で、二人の距離は自然と縮まっていた。外のざわめきや他のクラスメイトの声など、もはや二人の世界には届かない。




 更衣室で着替えを終え、タオルで髪を軽く押さえながら廊下に出る澪。その隣には、ひなたが自然な距離で並ぶ。


肩や腕が触れるか触れないかの距離感で歩く二人の姿に、周囲の視線がちらちらと向いた気がする。澪はあまり気にしてなく、ひなたと同じペースで歩く。しかし、ひなたはそれを横目に、口元がほんのり微笑みを浮かべていた。声には出さない、ほんの少しの優越感。でもその雰囲気は、澪の無邪気な笑顔と相まって、周囲には確かに伝わっているようだった。



 そのまま教室に戻り、席に向かう澪。髪はまだ少し湿っていて、肩にかかる髪の毛が揺れるたびに、艶やかに光る。


制服の第一ボタンも、教室に戻る慌ただしさや水泳の後の着替えで少し開いたまま。ネクタイも緩めている。まるで昔のように。本人は何も気にしていないーーありのままの自分を曝け出しているだけだ、周囲の男子たちは、ちらりとその開いたボタンや濡れた髪を目にし、思わず視線を止める。


澪はその視線をまったく気にせず、無邪気にひなたと会話をしている。

ひなたはそんな視線を気付いたのか。


「澪ちゃんって、無防備っていうか、男の子っぽいところあるよね」


澪は思いもしてなかった言葉に、顔を赤くして、目をそらす。ひなたはそのままそっと澪の第一ボタンに手をかけ、軽く直す。


「こういう隙間って、意外と見えちゃうよ?」


澪は驚いて、思わず息を飲む。手が触れられた感覚と、ひなたのさりげない声に、心臓がほんの少し跳ねた。


「ご、ごめん…次からは気をつける…」

澪は顔を赤くしつつも、ひなたの視線を逃そうとせず、ハッとしたまま立ち尽くす。




 授業中、プールの興奮と水の冷たさに、澪の体はどこかだるく感じていた。教室に戻ると、机に向かってもまだプールの香りが髪や肌に残り、少し頭がぼんやりする。


陽の光とエアコンの冷たい風が心地よく、授業の内容は子守唄のように聞こえる。そして澪はいつの間にかうとうとし始めた。目を閉じれば、水面に反射する光や、ひなたの笑顔が頭に浮かぶ。





 「……澪ちゃん、起きてる?」ひなたの声がぼんやり聞こえる、澪はのっそり顔をあげ、ふわりと目を開けるとひなたの顔が目の前にあった。顔を赤らめながら小さくうなずく。


「澪ちゃん、昼寝してたでしょ」


「い、いや…?」

澪は誤魔化そうとしたがひなたは笑ってからかうように


「ほんとかなぁ?おでこ赤いよ?」


ひなたの指摘により一層、頬がほてった気がした。




 授業が終わり、放課後のチャイムが鳴る頃には、澪の心も体もすっかり落ち着いていた。今日一日の出来事を思い出しながら、帰りの支度をしていた。



 駅へ向かう途中、詩乃(しの)がふと澪の顔を見て笑う。

「そういえば聞きたかったんだけど、澪ちゃんって、あんまり泳ぐの得意じゃない?」


澪は少し顔を赤くして、小さくうなずく。

「うん……子どもの頃少し習ってたんだけど、あんまり上手くならなかった……」


ひなたは微笑みながら、軽く励ますように言った。

「まあ、泳げない子も結構いるから、楽しむのが大事だよ」


詩乃も同意して、にっこりと笑う。

「そうそう、無理に泳ぐ必要ないしね」


「でも、澪ちゃんが苦手っていうの、なんか意外かもね」


澪はドキドキしながらも、ひなたの距離感と笑顔に安心感を覚える。


「そ、そう……かな……」

小さな声で答え、心の奥がじんわり温かくなるのを感じた。三人で歩く帰り道は、笑い声と会話が途切れなかった。





 家に帰ると、姉の(はるか)がリビングのソファーで寝転がりスマホを眺めていた。

「あ、おかえり」


「ただいま。髪の結び方、教えてくれてありがとう。おかげで変にならずにできたよ」


遥は起き上がり軽く頷き、安心したように笑う。

「ふふ、そう。うまくできたみたいでよかった。あんた、最近少しずつ女の子らしくなってるね」


澪は遥の言葉がどこか誇らしく、嬉しく感じた。

「えへへ……そうかな」


澪は微笑みながら、自分の部屋へと向かって行った。

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