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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
視線の理由
14/17

跳ねる水飛沫、跳ねる鼓動

ついに始まった水泳の授業。

澪は姉・遥に付き添いをお願いし、水着を買いに行った。迎えた当日、更衣室には湿気がまとわりつく。タイルの床や壁から立ちのぼる独特の水の匂いが漂う。

澪は勇気を出して更衣室を飛び出した。

 プールサイドに足を踏み出すと、右側の女子レーンと左側の男子レーンが並んで見える。ふと、小さな声が聞こえる――ヒソヒソと。


黒瀬(くろせ)さん、可愛くない……?」「まぁわかる…でも俺は白石(しらいし)さんかなぁ」耳に届くか届かないかの声量で話していると、私はそんなふうに感じた。


 思い込みかもしれない、けれど頬が熱くなり、自然と胸が高鳴る。最近は気にし無くなった男子の視線、声。ーー久しぶりに自分が意識されている感覚に、心が揺れる。


 その隣でひなたが少し体を寄せ、私の肩に軽く触れる。さりげない距離感に、守りたい、誰にも渡したくない。という独占的な意識が滲んでいるのを、澪はまだ気づかない。でもそのさりげないぴったり感に、(みお)の心は少しドキドキしつつも、視線や声に押されそうになるのを、ひなたが静かに守ってくれている、そんな気がして嬉しかった。



 授業が始まり、準備体操が終わると、水浴びをするためにシャワーが沢山ある場所に移る。視線を泳がせると、周りには水着姿の女子たちが自分を囲うようにぎゅっと集まっている。こんな光景は初めてで、胸が痛いくらい緊張している。見慣れない風景に、思わず手足がぎこちなくなる。


肩が触れ合う距離、波のように揺れる髪、女子特有の優しい匂い……


隣を見ると、ひなたがさりげなく肩を寄せている。いつもならそこまで緊張しないこの距離感でも今は刺激強く感じた。知らない空間、初めての経験――戸惑いの中、勢いよく降り注ぐ冷たい水に体を打たれた。



 シャワーの水が止み、女子たちが一斉にプールサイドへと散らばる。


(あぁ……やっと抜け出せた)


心の中で小さく安堵の息をつく。ぎこちなく固まっていた自分の体も、少しずつ力が抜けていくのを感じる。



 プールサイドに立つと、冷たい水面が太陽の光をキラキラと乱反射させていた。そこに映るのは、見慣れたようでいて、やっぱりどこか違う――「今の自分」だった。



「じゃあ、まずは浅いところから入って」

先生の声がプール越しに響く。


ぎこちなく水に足を踏み入れると、足元から水の冷たさが鋭く伝わる。しかしそれは夏らしい心地よさへと溶けていく。


ひなたは私の横に座り、ちらりと顔を向ける。

 

「澪ちゃん、冷たいね」


「うん、夏って感じだね」

澪は小さく笑いながら頷く



そのままゆっくりと足を下ろして一番したまで降りた。水の冷たさと波が緩やかさが体をふわふわさせる。



「ゆっくり歩いたり、浮かんだりして」

先生の指示に従い、足元から水を踏みしめるように進む。水の重さに体がぎこちなく感じる。横を見ると、ひなたは少し前に出て、自然に私の横に並んでいる。後ろから詩乃(しの)とみさきの話し声が聞こえる。


水の冷たさに身をすくめて周りを眺めていたその時、


「えいっ!」


横から飛んできた水が頬を濡らす。思わず声を上げて振り返ると、ひなたが両手で水をすくってこちらを見ている。


「ちょ、ひなた……!」


「ふふっ、澪ちゃん油断してたでしょ〜」


ひなたの笑顔は無邪気そのもので、けれどその瞳には「もっとこっちを見てよ」と言いたげな色が宿っていた。


「だったら――お返し!」


澪も水をすくい、ひなたに向かってぱしゃりとかけ返す。


「きゃっ!」


甲高い声を上げて逃げるひなたを追いかけながら、水面には二人の笑い声が弾けていった。水が跳ね、冷たさが体に染みる。



「じゃあ一旦上がってー」

先生の指示にみんなぞろぞろプールから上がる。途中でバランスを崩しそうになりながらも、プールサイドに手をかける。



「じゃあクロールの練習するぞ。まずは25メートル。途中で足ついてもいいからな」

先生の声がプールサイドに響く。


(……ついに来たか)


澪は小さく息をのんだ。泳ぐのは正直あまり得意じゃない。心臓が静かに早鐘(はやがね)を打つ。


「ねぇ、澪ちゃんって泳ぐの得意?」

隣でひなたが無邪気に首をかしげる。


「……あんまりかな、息継ぎが苦手なんだよね」

苦笑いしながら答えると、ひなたは頷くように


「わかる難しいよね、私もたまに水飲んじゃう」

と返した。その笑顔が眩しくて、少しだけ緊張がほぐれる。




「よーし次行っていいぞー」


澪は勢いよく壁を蹴りスタートする。けれど数メートル進むうちに、息が苦しくなる。


(……息継ぎしなきゃ)


頑張って息継ぎをしようとするが上手くできない。真ん中あたりだろうか、足がプールの底に触れた。立ち止まり、肩で息をしながら前を見つめる。


(まだもう少しあるな……)


再び息を整えて、腕をかき始めた。ぎこちなくても、必死に。何度も水を飲み込みそうになりながら、ようやくゴールの壁に手が届いた。大きく息を吐きながら壁に手をつけ、息を整える。


 プールから上がると、目の前には偶然(れい)が立っていた。


「澪ちゃん、泳ぐのは苦手?」

軽い調子で声をかけられ、思わず顔が赤くなる。


「え、いや…ちょっとだけ苦手……」

ぎこちなく返すと、怜は笑らって少しからかうように


「へぇ、そうなんだ。今度教えてあげようか、手取り足取りさ」


その一言に、一瞬ドキッとした。冗談だ…からかってるだけだと分かっていても。




 少し離れた場所でひなたは二人が話しているのを見つけた。二人の距離は思った以上に近く感じ、澪はどこかよそ行きの顔を見せているように感じ、ひなたには少しだけ遠く感じられた。


「……何話してるんだろ」

ひなたは視線を泳がせる。気にするほどのことじゃないはずなのに、なぜか胸の奥がざわつく。


ひなたは自分に言い聞かせる。誰かに話しかけられるのは、別に珍しいことじゃない。澪だって最近は他の子ともよく喋るし、なんなら男子とだって、普通のことだ。それでも、目の前にあるのは「あの怜」と澪の二人だけだという事実が、何故か重くのしかかる。誰が話しかけても同じはずなのに、なぜか嫌な感じになる。理由を問う前に、それがただの好意から来る不快さなのか、独占したい気持ちなのか、ひなた自身でもまだはっきり言えなかった。 


怜と何か言葉を交わしてから澪が戻ってくる。その姿を見ていたひなたは、口を尖らせて声をかけた。


「ねえ、さっき怜と何話してたの」


不機嫌さを隠そうともしない問いに、澪は小首をかしげる。


「え?…うーん、たいしたことじゃないよ」


澪に悪気はない。むしろ本当に気にしていないのだろう。その自然体な返しが、ひなたには余計にもやもやを募らせた。


「ふーん、そうなんだ」

短く返しながらも、澪の隣を歩くひなたの足取りは、わずかに早くなる。澪は追いかけるように歩幅を合わせながら、どこか不思議そうにしていた。


(…あれ、もしかしてひなた怒ってる?)


澪は自分が何か悪いことしたのかなと、自分に問いかけながら残りの授業に取り組んだ。

最後まで読んでいただきありがとうございました。感想などいただけると、とても励みになります!

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