濡れる季節
休日の午後、四人は買い物を終えたあとゲームセンターへ。コインゲームで盛り上がり、クレーンゲームで景品を狙い。笑い声が途切れないまま、最後にはプリクラを撮った。画面に残ったのは、楽しげな表情と小さな思い出。気づけば一日はあっという間に過ぎ去っていた。楽しかった時間を静かに胸に刻んだ。
こちらに来てから、一か月ほどが経った。最初は教室の空気や友達との距離に戸惑っていたけれど、今では少しずつ慣れ、休み時間にはひなたやみさき、詩乃と笑い合えるようになっていた。
教室だけでなく、廊下や階段ですれ違う他クラスの子とも、ちょっとした挨拶や会話を交わせるようになった。まだ全員と仲良くはできていないけれど、名前を覚えたり、軽く冗談を言い合ったりすることもある。そんな些細な交流が、少しだけ自分の世界を広げて、取り戻してくれる気がした。
身体の方も、最初はぎこちなかった動きが少しずつ元に近づき、体育の授業でも無理なくついていける。もちろん、以前のような力強さや体力はまだ戻っていないけれど、それでも自分の変化を少しずつ受け入れられるようになっていた。
そんな日のある体育の時間
「そろそろ水泳始まるからクラス書き換えたり、準備しといてや。欠席したら補講になるで〜」
体育の先生の声が響き、クラス全体にざわめきが広がった。
周囲の生徒たちは「やっとかー」「今年もそんな時期かぁ」と楽しげに話している。
私も笑顔を作ろうとするが、心の奥で少しだけ緊張が顔を出した。
春からこのクラスに馴染み始めたとはいえ、水着のこととなると話は別だ。自分の身体が周囲の目にどう映るか、身体の変化を思い出すだけで、胸の奥がざわつく。
放課後の教室で、ひなたがにこりと振り向いてきた。
「澪ちゃん、水着ってもう買った?よかったらお店、案内しようか?」
思わず頬が熱くなった気がした。学校指定のスクール水着とはいえ、人に見られるのは恥ずかしい。小さな声で答えた。
「う、うん……もう、買ったよ」
自分でも驚くほど、自然に嘘が出てしまった。
教室を出た後、少し考えながら家に帰る。
姉の遥ならきっと的確なアドバイスをくれるはず。そう思い、いやそう願い玄関を開けた。
リビングで寝転がっていた遥の遥に声をかけた。
「……ねえ、お姉ちゃん、ちょっと相談してもいい?」 小さく声を出す。
遥はにこりと微笑む。
「当然よ。どうしたの?」
胸の奥のもやもやを打ち明ける。
「水泳の授業があって……水着、もう買わないといけないんだけど……一人で行くの恥ずかしくて……」
思わず俯きがちに、小さな声で言う。
遥は軽く笑いながら、肩に手を置いてくれる。
「そっか、じゃあ一緒に行く?私が付き合ってあげるよ」
澪の頬が熱くなる。
「う、うん……お願いしてもいい?」
遥は起き上がり「まかせて」と胸を張るように澪の背中を押した。
「場所はどこにあるの?」
「えっと、この辺なんだけど」
担任から前に教えてもらった指定の用品店を教える
小さめなスポーツ用品店にやってきた。お店には店員であろうおばちゃんが一人、中学生くらいの子が親とチラホラいた
遥と一緒に水着コーナーに立つと、遥が首をかしげて聞いてきた。
「学校指定のはどれかわかる?」
「これかな」
「分かった。今身長いくつ?」
「えっと、170くらいかな」
「じゃあこの辺かな、これ試着してみよっか」
澪は遥の助けを借りて心が少し落ち着いた。こっそり頼れる人がそばにいるというだけで、心が軽くなる。
「毎度あり」
「これで水泳の授業も安心ね」
澪は小さく頷き、胸の奥でほっとした。自分ひとりでは緊張していたけれど、遥が一緒にいてくれたおかげで、無事に買い終えることができたのだ。
「ふぅ……これで大丈夫……かな」
遥は軽く肩を叩き、笑う。
「大丈夫よ。心配しすぎ」
照れくさくも、心強さを感じる瞬間だった。帰り道、澪は少し背筋を伸ばして歩く。そう思えるのは、遥がそばにいてくれたおかげだ。
ふと遥がくすっと笑い、からかうように横から声をかける。
「そうそう、家から水着を着て行くなら下着忘れちゃダメだよ?男と違って見えちゃうからね」
思わず頬が熱くなる。
「わ、わかってるよそれくらい……気をつける……」
でもその茶化しも、なんだか安心感の中に含まれていて、少し心が軽くなる。
教室の時計が、授業が終わるチャイムを告げる。心臓が少し早くなるのを感じながら、前の授業の物を机にしまう。ひなたがにこりと笑い、肩を軽く叩いた。
「澪ちゃん、更衣室行こ」
私は小さく頷く。胸の奥がざわつくのを押さえつつ、荷物を抱えてひなたたちと一緒に更衣室に向かう。
朝からの空気や友達の視線が少し気になるけれど、ひなたがそばにいるだけで、少し勇気が出る。気がした。
「そういえば、澪ちゃんはプールの更衣室は初めてじゃない?」
みさきが問いかける。
「普段とはちがうの?」
「うん。ジメジメしてて私は嫌い」
詩乃は嫌そうな顔をする。
プール専用の更衣室に足を踏み入れると、少しじめっとした湿気が肌にまとわりついた。タイルの床や壁からも、独特の水の匂いが漂っている。
更衣室の雰囲気を肌で感じていると、ひなたが私の肩を軽く叩く。
「澪ちゃん、こっちで着替えよ窓際で風通しいいの」
少し背筋を伸ばし、荷物を棚に置き、制服を脱ぐ。
水泳授業では長い髪の毛をお団子に結ぶことにした。
頭の中で昨日の遥の言葉がよみがえる。
「そうだ、澪は長い髪長いし、多分水泳の授業で結べって言われるかもよ」
そう言い、遥は家でゴムの使い方や、くるくる巻くコツを丁寧に教えてくれたのだ。
思い出しながら髪を手に取り、ゴムを使ってまとめる。鏡に映る自分の姿は、少し照れくさいけれど、しっかりとした印象になった。お団子に結わえた髪を指で軽く整える。遥のアドバイスのおかげで、上手くできたと思った。そんなとき
「澪ちゃんお団子可愛いね」
横からひなたがやってきた
「そ、そうかな?」
小声で答えながらも、心の奥では少し嬉しい気持ちが湧く。みさきも目を輝かせて近づいてくる。
「お団子にすると雰囲気変わるね!可愛い〜」
詩乃は少し微笑みながら、静かに近づいて
「澪ちゃんお揃いだね」
湿った空気と水着の感触に、心臓の高鳴りが重なって、緊張しながらも、ひなたの存在たちに少しずつ勇気をもらう。
タオルやゴーグルを手に持ち、いざプールへと向かう。更衣室の扉を開け少し薄暗い通路を歩くと、湿った空気から抜け出し、冷たい水と日差しの匂いが混ざった爽やかな空気が広がった。
プールは思ったよりもきれいで、青く澄んだ水面が太陽の光を反射して輝いている。25メートルのレーンが八本、整然と並んでいて、その光景に少し胸が高鳴る。
授業ではプールを男子と女子に分かれて泳ぐらしい。左側の四レーンが男子、右側の四レーンが女子に割り当てられている。水面の波や、プールサイドでクラスメイトのはしゃぐ声が聞こえて、自然に緊張感とわくわくが入り混じる。
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