表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
視線の理由
13/17

濡れる季節

休日の午後、四人は買い物を終えたあとゲームセンターへ。コインゲームで盛り上がり、クレーンゲームで景品を狙い。笑い声が途切れないまま、最後にはプリクラを撮った。画面に残ったのは、楽しげな表情と小さな思い出。気づけば一日はあっという間に過ぎ去っていた。楽しかった時間を静かに胸に刻んだ。

 こちらに来てから、一か月ほどが経った。最初は教室の空気や友達との距離に戸惑っていたけれど、今では少しずつ慣れ、休み時間にはひなたやみさき、詩乃(しの)と笑い合えるようになっていた。


教室だけでなく、廊下や階段ですれ違う他クラスの子とも、ちょっとした挨拶や会話を交わせるようになった。まだ全員と仲良くはできていないけれど、名前を覚えたり、軽く冗談を言い合ったりすることもある。そんな些細な交流が、少しだけ自分の世界を広げて、取り戻してくれる気がした。


身体の方も、最初はぎこちなかった動きが少しずつ元に近づき、体育の授業でも無理なくついていける。もちろん、以前のような力強さや体力はまだ戻っていないけれど、それでも自分の変化を少しずつ受け入れられるようになっていた。



 そんな日のある体育の時間



「そろそろ水泳始まるからクラス書き換えたり、準備しといてや。欠席したら補講になるで〜」


体育の先生の声が響き、クラス全体にざわめきが広がった。


周囲の生徒たちは「やっとかー」「今年もそんな時期かぁ」と楽しげに話している。

 私も笑顔を作ろうとするが、心の奥で少しだけ緊張が顔を出した。


春からこのクラスに馴染み始めたとはいえ、水着のこととなると話は別だ。自分の身体が周囲の目にどう映るか、身体の変化を思い出すだけで、胸の奥がざわつく。




 放課後の教室で、ひなたがにこりと振り向いてきた。

(みお)ちゃん、水着ってもう買った?よかったらお店、案内しようか?」


 思わず頬が熱くなった気がした。学校指定のスクール水着とはいえ、人に見られるのは恥ずかしい。小さな声で答えた。


「う、うん……もう、買ったよ」

自分でも驚くほど、自然に嘘が出てしまった。



 教室を出た後、少し考えながら家に帰る。



姉の(はるか)ならきっと的確なアドバイスをくれるはず。そう思い、いやそう願い玄関を開けた。



 リビングで寝転がっていた遥の(はるか)に声をかけた。


「……ねえ、お姉ちゃん、ちょっと相談してもいい?」 小さく声を出す。


遥はにこりと微笑む。

「当然よ。どうしたの?」


胸の奥のもやもやを打ち明ける。


「水泳の授業があって……水着、もう買わないといけないんだけど……一人で行くの恥ずかしくて……」

思わず俯きがちに、小さな声で言う。


遥は軽く笑いながら、肩に手を置いてくれる。

「そっか、じゃあ一緒に行く?私が付き合ってあげるよ」


澪の頬が熱くなる。

「う、うん……お願いしてもいい?」


遥は起き上がり「まかせて」と胸を張るように澪の背中を押した。


「場所はどこにあるの?」


「えっと、この辺なんだけど」

担任から前に教えてもらった指定の用品店を教える




 小さめなスポーツ用品店にやってきた。お店には店員であろうおばちゃんが一人、中学生くらいの子が親とチラホラいた


 遥と一緒に水着コーナーに立つと、遥が首をかしげて聞いてきた。


「学校指定のはどれかわかる?」


「これかな」


「分かった。今身長いくつ?」


「えっと、170くらいかな」


「じゃあこの辺かな、これ試着してみよっか」

澪は遥の助けを借りて心が少し落ち着いた。こっそり頼れる人がそばにいるというだけで、心が軽くなる。





「毎度あり」


「これで水泳の授業も安心ね」


澪は小さく頷き、胸の奥でほっとした。自分ひとりでは緊張していたけれど、遥が一緒にいてくれたおかげで、無事に買い終えることができたのだ。


「ふぅ……これで大丈夫……かな」


遥は軽く肩を叩き、笑う。

「大丈夫よ。心配しすぎ」


照れくさくも、心強さを感じる瞬間だった。帰り道、澪は少し背筋を伸ばして歩く。そう思えるのは、遥がそばにいてくれたおかげだ。


ふと遥がくすっと笑い、からかうように横から声をかける。


「そうそう、家から水着を着て行くなら下着忘れちゃダメだよ?男と違って見えちゃうからね」


思わず頬が熱くなる。


「わ、わかってるよそれくらい……気をつける……」

でもその茶化しも、なんだか安心感の中に含まれていて、少し心が軽くなる。






 教室の時計が、授業が終わるチャイムを告げる。心臓が少し早くなるのを感じながら、前の授業の物を机にしまう。ひなたがにこりと笑い、肩を軽く叩いた。


「澪ちゃん、更衣室行こ」


私は小さく頷く。胸の奥がざわつくのを押さえつつ、荷物を抱えてひなたたちと一緒に更衣室に向かう。


朝からの空気や友達の視線が少し気になるけれど、ひなたがそばにいるだけで、少し勇気が出る。気がした。


「そういえば、澪ちゃんはプールの更衣室は初めてじゃない?」

みさきが問いかける。


「普段とはちがうの?」


「うん。ジメジメしてて私は嫌い」

詩乃は嫌そうな顔をする。


プール専用の更衣室に足を踏み入れると、少しじめっとした湿気が肌にまとわりついた。タイルの床や壁からも、独特の水の匂いが漂っている。


 更衣室の雰囲気を肌で感じていると、ひなたが私の肩を軽く叩く。


「澪ちゃん、こっちで着替えよ窓際で風通しいいの」


少し背筋を伸ばし、荷物を棚に置き、制服を脱ぐ。


水泳授業では長い髪の毛をお団子に結ぶことにした。



 頭の中で昨日の遥の言葉がよみがえる。


「そうだ、澪は長い髪長いし、多分水泳の授業で結べって言われるかもよ」

そう言い、遥は家でゴムの使い方や、くるくる巻くコツを丁寧に教えてくれたのだ。



 思い出しながら髪を手に取り、ゴムを使ってまとめる。鏡に映る自分の姿は、少し照れくさいけれど、しっかりとした印象になった。お団子に()わえた髪を指で軽く整える。遥のアドバイスのおかげで、上手くできたと思った。そんなとき


「澪ちゃんお団子可愛いね」

横からひなたがやってきた


「そ、そうかな?」

小声で答えながらも、心の奥では少し嬉しい気持ちが湧く。みさきも目を輝かせて近づいてくる。


「お団子にすると雰囲気変わるね!可愛い〜」


詩乃は少し微笑みながら、静かに近づいて

「澪ちゃんお揃いだね」


 湿った空気と水着の感触に、心臓の高鳴りが重なって、緊張しながらも、ひなたの存在たちに少しずつ勇気をもらう。



 タオルやゴーグルを手に持ち、いざプールへと向かう。更衣室の扉を開け少し薄暗い通路を歩くと、湿った空気から抜け出し、冷たい水と日差しの匂いが混ざった爽やかな空気が広がった。


プールは思ったよりもきれいで、青く澄んだ水面が太陽の光を反射して輝いている。25メートルのレーンが八本、整然と並んでいて、その光景に少し胸が高鳴る。

 授業ではプールを男子と女子に分かれて泳ぐらしい。左側の四レーンが男子、右側の四レーンが女子に割り当てられている。水面の波や、プールサイドでクラスメイトのはしゃぐ声が聞こえて、自然に緊張感とわくわくが入り混じる。

最後まで読んでいただきありがとうございました。感想などいただけると、とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ