浸る思い出
四人で服屋を巡り、にぎやかな時間を過ごす。澪は次々と勧められる服を試着した。そんな中、澪はある一着の服に目を惹かれ、初めての一着を手にした。
気づけば楽しい時間はあっという間に過ぎていた。
「じゃあ、次どこ行く?」
ひなたが笑顔で聞く
「ゲームセンターとかどう?プリクラも撮れるし」
みさきが提案する
「いいね、行こう」
澪が答えると、ひなたは手を広げ
「よし、じゃあレッツゴー!」
四人は笑いながらモールの通路を進み、一番上の3階に向かった。通路沿いの店先のディスプレイを眺めたり、軽くじゃれ合ったりしながら歩く様子は、ほんの少しだけ日常の延長のようで、でも特別なひとときのように感じた。やがて、カラフルなネオンとゲーム音が近づいてくる。ゲームセンターの入り口に着くと、澪はワクワクとドキドキの両方を感じた。
中に入ると、電子音と人の声が入り混じって、ちょっと目眩がするくらい賑やかだった。まずはコインゲームの島へ。銀色のメダルが派手に落ちるたび、ひなたとみさきの声が上がる。
「やばっ、今の見た?一気に落ちたよ!」
「もう一回もう一回!」
テンション高くメダルを投入する二人。気づけば詩乃まで、笑顔で参加している。
次に移動したのはクレーンゲーム。
「これ絶対取れるって!ほら、あのお菓子!」
ひなたが指差すのは、箱型のお菓子。澪が挑戦してみたが、爪が軽く当たるだけで全く動かない。
「うーん……アーム弱くない?」
「澪ちゃん、もうちょい手前かも!」
とみさきが台の横から覗きアドバイスをくれるが、またまた失敗。ひなたも試すが、結果は同じ。
そんな私たちの後ろから、詩乃が静かに歩み出る。
「私が取ってあげる」
そう言いめがねをクイッと上げ、レバーを握る詩乃 操作はわずか数秒。アームが滑らかに動き、ぴたりと景品の箱を挟むと――
ガシャン、と確実にゲット。
「……すごい」
「詩乃ちゃん、前来た時も上手かったけど、すごいね!」
みさきは台の下から景品を取りひなたに渡す。ひなたは、わずかに口元を緩めた。それは驚きでも感心でもない。ただ、知っていたという確信の笑み。長く寄り添ってきた者だけが持つ、揺るぎない信頼がそこにあった。
「せっかくだしプリクラ撮ろう!」
と、ひなたが言い出す。
四人は機械がズラッと並ぶコーナーへ移動する。
(プリクラってこんなに種類があるんだ…)
「どれで撮る?」
みさきが指をさすと、新しそうな機械が目に入る。
「これ、新しいやつじゃない? 前こんなのなかったよね」
「ほんとだ、見て!画面がめっちゃ大きい!」
ひなたが興奮気味に声を上げる。
「せっかくだし、これにしよっか。澪ちゃんもこれでいいかな?」
詩乃は優しく確認してくれた。
「うん、いいよ」
小さく頷き返事した。
中に入ると、眩しい照明に画面には「盛れる角度を探そう!」の文字。四人で肩を寄せ合いながら、カウントダウンが始まる。
「澪ちゃん、もっとこっち寄って!」
「近すぎない?」
「いいから!いいから!」
ひなたがすっと澪の腕に手を回して軽く組む。気づけば肩と肩が触れ合っていた。体がぴたりと寄る。恥ずかしさで顔が熱くなるけれど、嫌な気持ちはまったくなかった。むしろ…
シャッターが切れる音と同時に、胸の奥も一緒に高鳴った。
撮り終わると、画面に自分たちの写真が映し出された。みんなで画面の前に座り、ペンで文字を書いたり、スタンプを貼ったりする。
「うわ、このハート押すとでっかくなる!」
ひなたが笑いながらスタンプを重ねる。
澪も恥ずかしそうに、でも楽しそうに小さな文字を入れたりする。そのとき、ひなたの腕が少し触れるのを意識してドキドキしていた。みさきは丁寧にフレームを選び、詩乃はあっという間にスタンプで全体を可愛くまとめる。四人それぞれの個性が反映される中、画面はカラフルでにぎやかになった。
「よし、これで完成!」
ひなたが満足そうに画面を指差す。私たちはプリクラを受け取り、手に持った写真を見ながらさらに盛り上がった。
写真を片手に、私たちはモールの出口へ向かった。
外に出ると、夕暮れの柔らかい光が駐車場を包み、空気はひんやりとしている。モールの喧騒は遠くなり、四人だけの世界がそこに広がっているようだった。今日一日の思い出を胸に、笑い声を重ねながら、私たちはゆっくりと学校前へ向かった。
三人に囲まれて歩く帰り道は、今日一日の思い出を反芻しながら、ゆっくりと流れていった。
朝に集合した校門前に戻ってきた。
澪は3人の後ろから恥ずかしそうに
「あ、あの…今日はありがとう。楽しかった。」
ひなたは眉をひそめ、くすっと笑う。
「え、急にどうしたの?」
みさきも優しそうに微笑み
「また行こうね澪ちゃん」
詩乃も小さく微笑み、袋を抱える澪にそっと視線を送った。澪は少し赤くなりながらも、心の奥がじんわり温かくなるのを感じた。みさきがにこっと笑いながらスマホを取り出す。
「そうだ、最後に写真撮ろ!澪ちゃんと初めて遊んだしさ!」
ひなたと詩乃、そして私も頷き、三人と少し距離を詰めて画面に収まる。
「じゃあいくよ〜……はい、チーズ!」
みさきの合図で音が鳴る。自然に今日一日の余韻が写真に残っていく。
写真を確認して満足そうに微笑んだみさきが、「じゃあ、今日はここで解散ね!あとでグループに送っとくね!」と声をかける。三人は手を振りみさきを見送る。
「私たちも行こっか」
ひなたと詩乃と一緒に駅へ向かう。
私は、今日一日の楽しさを、確かに胸に刻んだ。
玄関のドアを閉めると、家の中は外の賑やかさが嘘のように静かだった。
「……ただいま」
小さく声に出して靴を脱いだとき、廊下の奥からひょいと顔を覗かせた人影があった。
「あ、おかえり。どうだった?」
長い髪を一つにまとめた姉が、壁に肩を預けながら軽く笑う。その問いかけは、まるで今日一日を待っていたかのように自然で、どこか少しだけ心配を滲ませていた。
澪は照れくさく笑って答えた。
「楽しかったよ。……ありがとう、服貸してくれて。おかげで、ほんとに一日楽しめた」
姉はふっと目を細めて
「それならよかった」
と小さく息を吐く。
部屋に戻ると、倒れるようにベッドの上に寝転がった。今日買った服や、写真、それに……みんなで撮ったプリクラ。
「……楽しかったな」
小さくつぶやきながら、一枚一枚を指先でなぞる。笑って並んだ顔が、ほんのり温かい。少し前まで、自分がこんなふうに笑える日が来るなんて思いもしなかった。
ひなたの明るい声、みさきのはしゃぎよう、詩乃の穏やかな微笑み。思い出すたびに胸がくすぐったくなる。
けれど――次の瞬間、心臓が跳ねた。脳裏によみがえるのは、あの一瞬。スムージーのストローを、自然に差し出してきたひなた。戸惑う間もなく口にした、冷たい甘さ。ひなたの照れた顔。
「~~っ」
ベッドに倒れ込み、枕に顔を押しつけた。何度思い出しても胸が苦しくなる。恥ずかしさと嬉しさとが入り混じって、どうしようもない。試着室でひなたが言葉を詰まらせたことまで思い出してしまって――。
ごろりと寝返りを打ちながら、枕を握りしめる。
「わ、私……どうしちゃったんだろ……」
気づかないうちに、部屋の扉がほんの少し開いていた。そこには姉がこっそりと。
(――楽しめたみたいで、よかった)
やわらかく微笑んだ顔が、静かに見守っていた。
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