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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
鏡の向こうの始まり
12/26

浸る思い出

四人で服屋を巡り、にぎやかな時間を過ごす。澪は次々と勧められる服を試着した。そんな中、澪はある一着の服に目を惹かれ、初めての一着を手にした。

気づけば楽しい時間はあっという間に過ぎていた。

「じゃあ、次どこ行く?」

ひなたが笑顔で聞く


「ゲームセンターとかどう?プリクラも撮れるし」

みさきが提案する


「いいね、行こう」

(みお)が答えると、ひなたは手を広げ


「よし、じゃあレッツゴー!」


四人は笑いながらモールの通路を進み、一番上の3階に向かった。通路沿いの店先のディスプレイを眺めたり、軽くじゃれ合ったりしながら歩く様子は、ほんの少しだけ日常の延長のようで、でも特別なひとときのように感じた。やがて、カラフルなネオンとゲーム音が近づいてくる。ゲームセンターの入り口に着くと、澪はワクワクとドキドキの両方を感じた。



 中に入ると、電子音と人の声が入り混じって、ちょっと目眩(めまい)がするくらい賑やかだった。まずはコインゲームの島へ。銀色のメダルが派手に落ちるたび、ひなたとみさきの声が上がる。


「やばっ、今の見た?一気に落ちたよ!」


「もう一回もう一回!」


テンション高くメダルを投入する二人。気づけば詩乃(しの)まで、笑顔で参加している。


 次に移動したのはクレーンゲーム。


「これ絶対取れるって!ほら、あのお菓子!」

ひなたが指差すのは、箱型のお菓子。澪が挑戦してみたが、爪が軽く当たるだけで全く動かない。


「うーん……アーム弱くない?」


「澪ちゃん、もうちょい手前かも!」

とみさきが台の横から覗きアドバイスをくれるが、またまた失敗。ひなたも試すが、結果は同じ。

 

そんな私たちの後ろから、詩乃が静かに歩み出る。


「私が取ってあげる」


そう言いめがねをクイッと上げ、レバーを握る詩乃 操作はわずか数秒。アームが滑らかに動き、ぴたりと景品の箱を挟むと――


ガシャン、と確実にゲット。


「……すごい」


「詩乃ちゃん、前来た時も上手かったけど、すごいね!」


みさきは台の下から景品を取りひなたに渡す。ひなたは、わずかに口元を緩めた。それは驚きでも感心でもない。ただ、知っていたという確信の笑み。長く寄り添ってきた者だけが持つ、揺るぎない信頼がそこにあった。


「せっかくだしプリクラ撮ろう!」

と、ひなたが言い出す。



 四人は機械がズラッと並ぶコーナーへ移動する。


(プリクラってこんなに種類があるんだ…)


「どれで撮る?」


みさきが指をさすと、新しそうな機械が目に入る。

「これ、新しいやつじゃない? 前こんなのなかったよね」


「ほんとだ、見て!画面がめっちゃ大きい!」

ひなたが興奮気味に声を上げる。


「せっかくだし、これにしよっか。澪ちゃんもこれでいいかな?」

詩乃は優しく確認してくれた。


「うん、いいよ」

小さく頷き返事した。


 中に入ると、眩しい照明に画面には「盛れる角度を探そう!」の文字。四人で肩を寄せ合いながら、カウントダウンが始まる。


「澪ちゃん、もっとこっち寄って!」


「近すぎない?」


「いいから!いいから!」


ひなたがすっと澪の腕に手を回して軽く組む。気づけば肩と肩が触れ合っていた。体がぴたりと寄る。恥ずかしさで顔が熱くなるけれど、嫌な気持ちはまったくなかった。むしろ…


シャッターが切れる音と同時に、胸の奥も一緒に高鳴った。



撮り終わると、画面に自分たちの写真が映し出された。みんなで画面の前に座り、ペンで文字を書いたり、スタンプを貼ったりする。


「うわ、このハート押すとでっかくなる!」

ひなたが笑いながらスタンプを重ねる。


澪も恥ずかしそうに、でも楽しそうに小さな文字を入れたりする。そのとき、ひなたの腕が少し触れるのを意識してドキドキしていた。みさきは丁寧にフレームを選び、詩乃はあっという間にスタンプで全体を可愛くまとめる。四人それぞれの個性が反映される中、画面はカラフルでにぎやかになった。



「よし、これで完成!」

ひなたが満足そうに画面を指差す。私たちはプリクラを受け取り、手に持った写真を見ながらさらに盛り上がった。



 写真を片手に、私たちはモールの出口へ向かった。


外に出ると、夕暮れの柔らかい光が駐車場を包み、空気はひんやりとしている。モールの喧騒は遠くなり、四人だけの世界がそこに広がっているようだった。今日一日の思い出を胸に、笑い声を重ねながら、私たちはゆっくりと学校前へ向かった。


 三人に囲まれて歩く帰り道は、今日一日の思い出を反芻しながら、ゆっくりと流れていった。


朝に集合した校門前に戻ってきた。


澪は3人の後ろから恥ずかしそうに

「あ、あの…今日はありがとう。楽しかった。」


ひなたは眉をひそめ、くすっと笑う。

「え、急にどうしたの?」


みさきも優しそうに微笑み

「また行こうね澪ちゃん」


詩乃も小さく微笑み、袋を抱える澪にそっと視線を送った。澪は少し赤くなりながらも、心の奥がじんわり温かくなるのを感じた。みさきがにこっと笑いながらスマホを取り出す。


「そうだ、最後に写真撮ろ!澪ちゃんと初めて遊んだしさ!」


ひなたと詩乃、そして私も頷き、三人と少し距離を詰めて画面に収まる。


「じゃあいくよ〜……はい、チーズ!」


みさきの合図で音が鳴る。自然に今日一日の余韻が写真に残っていく。


 写真を確認して満足そうに微笑んだみさきが、「じゃあ、今日はここで解散ね!あとでグループに送っとくね!」と声をかける。三人は手を振りみさきを見送る。


「私たちも行こっか」

ひなたと詩乃と一緒に駅へ向かう。




私は、今日一日の楽しさを、確かに胸に刻んだ。




 玄関のドアを閉めると、家の中は外の賑やかさが嘘のように静かだった。


「……ただいま」

小さく声に出して靴を脱いだとき、廊下の奥からひょいと顔を覗かせた人影があった。


「あ、おかえり。どうだった?」

長い髪を一つにまとめた姉が、壁に肩を預けながら軽く笑う。その問いかけは、まるで今日一日を待っていたかのように自然で、どこか少しだけ心配を滲ませていた。


澪は照れくさく笑って答えた。

「楽しかったよ。……ありがとう、服貸してくれて。おかげで、ほんとに一日楽しめた」


姉はふっと目を細めて


「それならよかった」

と小さく息を吐く。


 部屋に戻ると、倒れるようにベッドの上に寝転がった。今日買った服や、写真、それに……みんなで撮ったプリクラ。


「……楽しかったな」

小さくつぶやきながら、一枚一枚を指先でなぞる。笑って並んだ顔が、ほんのり温かい。少し前まで、自分がこんなふうに笑える日が来るなんて思いもしなかった。


ひなたの明るい声、みさきのはしゃぎよう、詩乃の穏やかな微笑み。思い出すたびに胸がくすぐったくなる。


けれど――次の瞬間、心臓が跳ねた。脳裏によみがえるのは、あの一瞬。スムージーのストローを、自然に差し出してきたひなた。戸惑う間もなく口にした、冷たい甘さ。ひなたの照れた顔。



「~~っ」



ベッドに倒れ込み、枕に顔を押しつけた。何度思い出しても胸が苦しくなる。恥ずかしさと嬉しさとが入り混じって、どうしようもない。試着室でひなたが言葉を詰まらせたことまで思い出してしまって――。


ごろりと寝返りを打ちながら、枕を握りしめる。


「わ、私……どうしちゃったんだろ……」



気づかないうちに、部屋の扉がほんの少し開いていた。そこには姉がこっそりと。


(――楽しめたみたいで、よかった)


やわらかく微笑んだ顔が、静かに見守っていた。

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