甘い思い出
朝の光が差し込む部屋で、姉の手によって澪は少しずつ変わっていく。初めて着る服、さりげないメイク。そのすべてが、彼女の魅力を一層引き立てていく。
鏡に映るそんな自分に、ほんの少しだけ自信を持てた気がした。
姉の笑みと「可愛い」の一言に背中を押され、澪は勇気を出しドアノブに手をかけた。
集合時間より少し早めに校門の前に着いた。そこにはみさきがひとり先に立っていた。
みさきの服装は、まるで自分の個性を自由に描き出すキャンバスのようだった。淡い黄色のトップスにデニムのショートパンツ、そして茶色の髪は軽やかにポニーテールにまとめられている。小さなピアスも揺れていて、まるで「これが私のスタイル」と言わんばかりの自信が感じられた。
澪がぼんやり見ていると、みさきはそんな視線にも気づかず、自然に自分の良さを表現しているのが分かった。澪はゆっくりと近づき、少し緊張しながら声をかける。
「みさき、ちゃん……もう来てたんだ早いね」
みさきはにこりと微笑みながら、澪の視線をまっすぐ受け止めた。
「うん。あたし時間は余裕を持つタイプだから。てか澪ちゃん、今日の服すっごいかわいい!」
照れくささが胸に広がる。普段の澪ならすぐに話せなかったかもしれない。けれど今日は、姉の助けもあって、自信が少しだけ増していた。
「ありがとう。みさきちゃんもすごくかわいい」
みさきはにこっと笑って、髪をはねさせながらちょっと得意げに言った。
「でしょ?この前ちょっと頑張ってコーデ考えたんだ。嬉しい、似合うって言ってもらえて」
二人の時間が流れ、澪は心の中で今日一日のことを考えていた。これまでの不安が少しずつ溶けていくのを感じながら、自然と笑みがこぼれた。
その時、遠くから詩乃とひなたの声が近づいてきた。
「おぉ〜い!」
「ごめ〜ん少し遅れた」
ひなたの明るい声に続いて、詩乃も穏やかに笑いながら二人の影が見えた。
今日のひなたは大きめのピンクのパーカーに黒のプリーツスカートという、彼女らしい元気いっぱいの服装。隣を歩く詩乃は落ち着いたグレーのロングスカートに深い緑のブラウスを合わせていて、どこか大人びた雰囲気を漂わせている。二人とも休日らしい装いで、澪は思わず目を奪われた。
「来た来た。じゃあ、行こっか」
みさきは澪の方をチラッと見た。
澪は深呼吸をひとつしてから、「うん、行こう」と答え、二人の方に歩み寄った。
「おはよー!」
ひなたは駆け足で近づいてきて、澪を見たかと思うと目を丸くした。
「わっ、澪ちゃん!そのワンピめっちゃ似合ってる!」
「そ、そうかな……」
思わず頬が熱くなる。
四人は学校前を後にしてモールへ向かう。日差しは柔らかく、少しだけ汗ばむけれど、吹き抜ける風が心地いい。
「じゃあさ、今日の作戦会議しよ!」
みさきが先頭で振り返りながら声を弾ませる。
「はいはい!まずは服買いに行きたいでーす!」
ひなたが元気に手をあげる。
「あたし澪ちゃんコーデしたいなぁ」
みさきが澪の方を向く
「え、私??」
澪は少し照れくさそうに自分に指を指した。
「いいね、それ!」
ひなたもすぐに賛成の声を上げた。
澪は慌てて詩乃に視線を送り、助けを求めるように小さく口を開く。
「し、詩乃ちゃん…助けて」
澪が詩乃に助けを求めると、詩乃は少し考えてから
「ごめん、澪ちゃん。今日はみさきとひなに任せるね。でも、きっと似合う服が見つかるはずだからそこは安心して」
「澪ちゃん、残念だけど詩乃はこっち側なんだよ〜。学校じゃ真面目キャラだけど、オフになると結構ノリノリなんだから」
そう言いながら、みさきはクスッと笑って澪を見た。
「でもその前になにか食べない?」
みさきがみんなに聞く
「そういえば、こないだ新しいカフェができたんだって。行ってみない?」
詩乃が思い出したかのように応える
「いいね、行こう行こう!」
4人はわいわい作戦会議をしながら歩き、モールの入口が見える辺りまできた。
ガラスの自動ドアをくぐると、明るい店内のざわめきが迎えた。
「じゃあ、早速新しいカフェに行こう!」
ひなたが先頭を切って足を進める。みんなの期待が膨らむ中、軽やかな足取りで店内へと向かっていった。
ひなたが前を歩きながら、ふいに立ち止まった。
「あ、あったあった! ここだよ」
振り返ったひなたの指先の先には、小さな木の看板が置いてあった。
「ほんとだ、可愛いお店」
みさきは看板の可愛らしい文字を眺める
「ちょうど席空いてそうだし、入ろっか」
ひなたが小走りで店内に向かい人数を伝える。
「歩き疲れた〜」
みさきは嬉しそうに両手をぶんぶん振った。
澪も詩乃と一緒に後ろからついて行き、中に入る。木のテーブルと淡い照明、窓際には花瓶の小さな花。
「…落ち着いた雰囲気だね」
思わず口にすると、ひなたが笑顔で頷いた。
席に着くなり、みさきがメニューをぱらぱらとめくった。
「わー、どれも美味しそう。パンケーキにパフェに……あ、スムージーもある」
「こういうとき、全部頼みたくなるんだよね」
ひなたが笑う。
「初めて来たし、いろいろ試したいよね」
詩乃もメニューを覗き込みながら頷いた。
視線が自然と澪に集まる。
「澪ちゃんは甘いのいける?」
みさきが尋ねる。
「……うん、甘いのは好き」
「じゃあさ、どうせならシェアしよっか」
ひなたが軽く提案した。
「いいね、それぞれ違うの頼んで回せば全部味わえる」
詩乃もすぐに賛同する。
ーーそして数分後、テーブルには色鮮やかなスイーツとドリンクがずらりと並んだ。
「これ、めっちゃ映える!」
とみさきが写真を撮っている横で、ひなたがストローをくわえてスムージーをひと口。
「……あ、これ美味しい」
そう言った次の瞬間、ひなたが自然な動作でカップを澪の前へ差し出す。
「ほら、澪ちゃんも飲んでみなよ」
予想していなかった距離感に、澪の手が一瞬止まる。
ーーこれ、間接……。
心臓が一拍、跳ねる音がした。けど断る理由も見つからず、澪は恐る恐るひなたが差し出したストローにそっと口をつけた。
――ほんの一口。
スムージーの冷たさが、瞬間的に舌先を滑り、澪の頬がすぐに熱を帯びるのが分かった。ひなたは照れ隠しに口元を緩め、澪の反応を嬉しそうに見つめているのが視界の端でわかる。
「……ほんとだ。美味しい」
それだけのやり取りなのに、胸の奥はまったくと言っていいほど、落ち着かなかった。
「なにその顔……」
みさきがすぐに察して、カメラを向けるふりをしてからかう。
「おっと、間接キス現場を押さました!」
と声を張ると、周りの空気が一気に弾ける。
澪は慌てて視線を逸らし、手で軽くストローを押し戻すような仕草をした。
「ち、違うよ……ただ飲んだだけで」
声が小さくなる澪。
「まぁまぁ、可愛いじゃん」
詩乃は落ち着いた笑いを浮かべて肩をすくめる。だがその目は確かに茶目っ気に光っていて、ちょっとだけからかうように続けた。
「ひな、あんたも悪いね。澪ちゃんを誘惑するなんて」
ひなたはむっとしながらも、どこか嬉しげに澪の手をぎゅっと握てみせる。
「だってこれ、本当に美味しいかったんだもん。澪ちゃんにも飲んでみてほしかっただけだよ?ね、澪ちゃん美味しかったよね?」と、少し釈明が入る声は甘かった。
「う、うん。あまくて…おいしかった……」
澪は手を不意に握られて完全にショートした。
「うわー、ラブラブかよ」
とみさきがからかうと、詩乃は小さく笑って天を仰いだ。
「そういうのは帰り道にまとめてやりなさい」
と詩乃は言いつつ、口元の笑みが消えることはなかった。澪は顔を真っ赤にして、ひなたの方をちらりと見返す。ひなたも応えるように小声で「ごめんね」とだけ呟いた。
四人の声と笑いが重なって、机の間に小さな騒ぎが渦を巻いていた。
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