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この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
僕の新たな物語
1/12

「私」としての、はじまり

 この街で迎える初めての5月。

窓の外は、(あわ)(けむ)るような()ざしに包まれていた。


 白を基調にした、淡く(かす)んだグレーのブレザー。

細いラインで(ふち)取られたスカートは、淡いブルーとグレーのチェック柄で、男子のズボンも同じ布地らしい。

リボンとネクタイ、女子はどちらでも選べるらしいけれど、僕は慣れているネクタイを手に取った。


鏡の前に立つと、知らない誰かがそこにいた。

(……これが、花霞学園(はなかすみがくえん)の制服か)

 男として生きてきた十七年が、ある朝、鏡の中で終わっていた。


長くなった黒い髪。

高くなった声。

細くなった手首。

スカートを履いた「僕」。


 原因も説明もない。ただ、そうなった。

僕は女になり、着慣れない制服に着替え、知らない街の学校に向かっている。

制服の色に溶け込んだ黒髪が、肩まで流れている。

まるで昔からこうだったみたいに見えて、この姿で、一生を過ごさなきゃいけないーーそう思うだけで、胸の奥がざわついた。


 本当の自分をしまい込んで、笑って、歩いて、そんなふうに、生きていくんだと思っていた。


 教室の前に立ち先生の合図で入ろうとしたその時、隣から声がした。


「……どうしたの? 入らないの?」


 振り返ると、ひとりの少女がそこにいた。

少し寝癖のついた髪と、眩しいほどのまなざし。

その目だけは、不思議なくらいまっすぐで。


 僕の「事情(こと)」なんて、何も知らないくせに――



……しかしその日、僕の中に、名前も知らない花の種子が蒔かれたことにはまだ気づかない。





「名前は……黒瀬 澪(くろせみお)さんであってるかな?」

 職員室で担任の先生にそう声をかけられ、僕は小さくうなずいた。


高橋 直樹(たかはしなおき)です。今日から君の担任になるから、何かあったら気軽に頼ってほしい。よろしくね、黒瀬さん」


 若くて、爽やかそうな先生だ。

黒髪を少し無造作(むぞうさ)に流していて、見た目は生徒に近い。

たぶん、女子から人気があるタイプだと思う。


 だけど、今の僕には、そんなことを気にしている余裕はなかった。

自分の姿が、ちゃんと「女の子」に見えているのか。

そんなことばかりが、ずっと気になっていた。


「転校、いろいろ大変だったでしょ。引っ越しの片付けとか、新しい環境とか」


「はい……。まだちょっと慣れなくて」


「最初から馴染める方が珍しいからね。少しずつでいいよ。うちのクラスはにぎやかな子たちが多いから、最初はちょっと驚くかも。でも、みんないい子たちだよ。」


「うちはちょっと校舎が広くてね、教室の場所も最初は分かりにくいかもしれない」


「でも、すぐ慣れると思うよ。今日は僕が案内するから、安心して」


「…ありがとうございます」


「えっと、転校の理由は……親御さんの転勤だったよね」


「あ、はい。急に決まったので……」


「なるほど。じゃあ、色々落ち着くまで時間がかかるかもね。あんまり無理しないで。何かあったら、遠慮なく言って」


「……はい」


「じゃあそろそろ行こうか。教室まで案内するよ。生徒たちには、先に僕が説明するから、その間はちょっとだけ廊下で待っててくれる?」


「わかりました…」


 僕は担任の後ろを、少し離れて歩いていく。


 真新しいローファーの靴音が、がらんとした廊下に小さく響いた。スカートの裾がふわりと揺れるたびに、自分の足が、自分のものじゃないような気がしてしまう。


 開いた窓から吹き込む風が、ほんのりと草の匂いを運んでくる。校舎の外では、もう夏の気配が始まっていた。



 左右の教室から、誰かが笑う声が聞こえた。

「ちょっとー!静かにして!」と先生の声が重なり、また別の笑いが湧き起こる。その音のすべてが、私の知らない世界のものに思えた。


 男子として通ってきた学校の風景とは、まるで違う。


――私は、ここで“女子”として過ごすことになる。

うまく馴染めるんだろうか。


 いや、それよりも――ちゃんと、“女の子”に見えているんだろうか。


 そんな不安を胸の奥にしまい込んでいるうちに、担任が立ち止まった。


「ここが、2年C組。……先に入って、みんなに伝えてくるね」

 そう言って扉を開け、中へ入っていく。


 私はひとり、廊下に取り残される。

その瞬間だけ、世界がほんの少し静かになった気がした。


 担任が教室の扉を開けて中へ入っていくと、ぱたん、と軽い音を立てて閉まった。


 その直後、わっと空気が動く気配がした。ざわついた声が、扉越しに漏れてくる。


「やっぱり転校生だって!」

「え、だれか来るの?」

「机増えてるよね!」

「先生いつもより遅いもん」

「女子かな?」「男子かもよ」


 小さな疑問と期待が、次々に飛び交っていく。

思い思いの声が重なり合って、まるで波のように教室を満たしていくのがわかる。



「おーい、ちゃんと座れー。静かにしてー」



 担任の声がその波を切るように響いた。

 

 どこか緩い、けれど慣れた調子。生徒たちは慌ただしく席に戻る。


 私は扉の外で立ち尽くしたまま、制服の袖を指先できゅっとつまんだ。

肩にかかる長い髪が揺れて、目の端に映り込むたびに、胸がざわつく。


 ここで、女子として、見られる。それだけで、どうしようもなく心細くなる。


「えーと、今日はひとつお知らせがあります」

担任の穏やかな声が、中からはっきりと聞こえた。

「みんな気づいてるかもだけど、今日から、このクラスに新しい仲間が加わります。転校生です!」


「やっぱりー!」

「マジで来た!」

「女子?男子?」


 また教室がざわっと沸く。


 担任は、少し困ったように笑いながら続ける。

「はーい静かにー」

担任は軽く手を叩く。

ついさっきまでの軽いざわめきが、静かな期待に変わっていく。

「じゃあ……入ってきてもらおうかな」


 呼ばれる声が来る――その時だった。



「……どうしたの? …入らないの?」

 不意にかけられた声に、びくっと肩が揺れる。


 振り返ると、そこにいたのは、少し息を切らした小柄な女の子が立っていた。

短く揃えた金色の髪が光を反射して、笑っていないのに、どこか楽しげに見えた。



「あ……えっと……」



 言葉がうまく出てこない。私の声が、ちゃんと女の子として響いているのか、それが怖くて。


「緊張してる?」


 彼女はそう言うと、そっと私の手を握った。

「大丈夫だって。さ、行こ?」


 その手はあたたかくて、思わず僕は息を呑んだ。

心臓の音が、ひときわ強く胸を打つ。

戸惑いながらも、私はその手に引かれるまま、教室の扉をくぐった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

思いつきで書きはじめた初めての作品ですが、ここまで読んでいただけたこと、本当に嬉しいです。

更新は週に2〜3回を目標に、ちょっとずつ進めていけたらと思っています。

感想とかリアクションとか、何かもらえるとものすごく励みになります。

ゆっくりでも、長く続けていけたらいいなと思ってるので、よければまた覗きにきてくださいね。

それでは、また次回お会いしましょう。

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