私たち悪役令嬢
「あー、何で早く言ってくれなかったかな……。
まさか婚約者に断罪されて処刑されるかも、なんて」
ロイミーナ・タトナントは、侯爵令嬢にあるまじき言葉遣いと態度でテーブルに突っ伏した。
彼女はつい最近、自分がゲームのキャラクターであることに気付いた。
「そう言われても……。
私だって自分の婚約者が、まさか追加キャラだったなんて知らなかったわ。
自分から隣国に嫁ぎたいって言った手前、解消できないし」
レイヤ・クフォンリ公爵令嬢は、自室で嘆く仲間に眉を下げる。
彼女が前世の記憶を取り戻したのは、運良く(?)王子の婚約者を決める茶会の直前。
会場に向かう馬車の中で突然思い出して気絶し、そのまま3日間寝込んだおかげで婚約せずに済んだ。
高位貴族は王子の婚約者がレイヤに内定してるのを知ってたため、娘に茶会で王子と親しくしないよう予め言い聞かせていた。
宰相であるクフォンリ公爵に睨まれると面倒だからだ。
領地経営に専念していて中央のことに疎かったタトナント侯爵は、そのことを知らなかったため対策していなかった。
結果、ロイミーナが王子の婚約者になってしまった。
ロイミーナは、ゲームでは王子の側近である騎士団長の息子の婚約者だった。
「まだゲーム終了まで3年あるから、それまでに何とかしよ」
と、菓子を掴む手を止めないユイナ・アステリウス伯爵令嬢。
人払いしてるので、ケーキスタンドはビュッフェと化している。
「ねえ、帰りに包んであげるから、必死に食べるのやめなさい」
「本当?
こんな高級菓子、滅多に食べれないから。つい」
「伯爵令嬢でしょ?」
「言っても平民に近い生活してるもの。
うちの使用人って護衛以外ではメイドが1人だよ?
しかも護衛は王家から派遣されてるのよ?
庭掃除する王宮騎士、見たことある?」
「「……」」
ユイナの婚約者は、変り者の王弟。
年齢は一回りも上。
国王に子供が1人しか授からなかったので、独身主義の王弟に強引に娶らせることになった。
ユイナは「金で買われた生贄」と呼ばれている。
結婚の直前になれば多額の支度金を貰えるからだ。
「うっほん。
それでは第1回、断罪対策会議を始めます。
議長は僭越ながらレイヤ・クフォンリが 勤めさせていただきます」
「「はい、よろしくお願いします」」
3人は転生者である。
ここは乙女ゲーム"ドキドキ学園~レッツ・プリンセス!“の世界。
3人は悪役令嬢。
それぞれの婚約者は攻略対象。
このまま行けば、学園の卒業パーティーで断罪されるかもしれない。
「来年リアトリス国に留学しましょう」
リアトリスは、船で2ヵ月かかる場所にある西国。
来年というのは、16歳になれば成人し留学の手続きを自力でできるから。
未成年のうちは親の承諾が要る。
「ええええ?!」
「そ、それはまた……」
逃げる気満々のレイヤに2人は及び腰。
「国籍取得できれば、もう王命に従う必要もないし。
王族との婚約を、こちらから解消はできないのだから」
ロイミーナは本国唯一の王子。
ユイナは、その叔父。
レイヤの相手は隣国の公爵令息だが、王位継承権4位。
2位と3位の王女は、嫁ぎ先が決まってるので実質次点。
「うーん……断罪さえ回避できれば、それで良くない?
リアトリスまで行くのは、ちょっと……」
「ロイは王妃になりたいの?」
「そうじゃないけど……。
亡命するってことでしょ?
家族は、どうなるの?
下手したら戦争だよ?」
王子と王弟と隣国王位継承権実質2位の伴侶になる人間が、揃って逃げたとなれば謀反として本人は愚か家族も捕まるか内乱となる可能性がある。
「うちは貧乏だし継母最悪だし失うものないけど、レイとロイは違うでしょ?
亡命したら平民になるんだよ?
レイには耐えられないと思うな~」
「うん、国の発展レベルも違うもの。
レイが1番キツイと思う」
「だったら、どうするの?」
「浮気応援すればいいよ。
恋路を邪魔して断罪されるんだから。
逆をやればいいじゃない。
あ、このケーキ、アマンタランだ。1年ぶり♡」
「でも冤罪かけられるかもよ?
あとはゲームの強制力。
逃げるのが1番いいと思うけど。
喜んで貰えて良かったわ」
「そもそもさ、ロイは王子と仲いいよね?
すでに攻略してない?
アマンタランもうないの?」
「確かに。
ゲームでは王子の婚約者が私で、私と不仲だったからヒロインに行ったのよね?
でも今ならヒロインの付け入る隙ないんじゃない?
アマンタラン帰りに持たせてあげるから、こっちのクッキー食べて」
「それは……仲悪くはないけど……。
私が良くて選ばれたわけじゃないから。
婚約者決めるお茶会で私しか王子の相手しなかったから決まったの」
「ゲームのレイヤは気位高く傲慢強欲で情け容赦ない性格だったから、王子はそれが嫌だったんだよね。
ってことは大丈夫じゃないの?」
「大丈夫っていうか……実は王妃教育に付いていけなくて、婚約の見直しを検討されてるの」
「「ええっ?! おめでとう!」」
「あ、ありがとう?」
「なんだ、それならそのままアウト路線でいいじゃない!」
とユイナが紅茶で乾杯する。
「なんか自分が情けなくて……」
「贅沢言わないでよ!
処刑されるよりいいって。
これでロイのことは解決したね!
残りは私とレイだけど……正直、私はヒロインが王子ルートに入れば解放されるから、あんまり危機感なくて。
わざわざヒロインが王弟を選ぶと思えない。
選んだら物好きだよね」
家が貧しくバイトを探していたヒロインに、王子が「叔父のアシスタントは、どうか」と薦めて2人は出会う。
王弟は科学研究者だ。
研究に没頭するあまり寝食を忘れ、髭も髪も伸び放題。風呂にも入らない。
もちろん女性に興味もない。
王位継承権2位なのにモテない堅物。
それがユイナの婚約者。
「……わかった。私1人で留学する」
「ちょちょちょちょ落ち着いて。
いきなり?!」
と、ロイミーナが慌てる。
「そうだよ、レイの場合は来年がスタートだよ?
ゆっくり考えなよ。
状況も変わるからさ」
レイヤの婚約者は、ゲームの通りなら来年留学してきてヒロインと出会う。
追加キャラなのでオープニングに居ない。
「じゃあさ、議長としてまとめると『とりあえず現状維持』ってこと?」
「そうね」
「あ、1つある。
うちの借金を返してやる気はないんだけど私の自由になるお金がないっていうのは嫌でさ、レシピ本つくったけど売れなくて借金増えちゃったの。
改善策ほしい」
「レシピって和食よね?
醤油も味噌もないのに売れるわけないじゃない」
「う……でも、異世界転生と言ったら飯テロ定番じゃない?」
「先に和食レストラン出店して流行ってからじゃないと」
「そこまでの資金は準備できなくて……」
「王弟に出して貰ったら?」
「1回会っただけの相手に『出してくれ』って言いにくい。
しかも向こうは結納金も払ってるし」
2人はユイナの継母と義理の兄妹が金遣い荒いというのは知っているので、その結納金も使い込んだのだろうと黙り込む。
「料理、得意なのね?」
「得意っていうか前世も裕福じゃなくて、中学生から自炊してたよ」
「ならキッチン便利グッズのアイディア料を貰うのは?
開発と流通は、こちらでしてあげる」
レイヤは8歳で前世の記憶を取り戻してから生活用品ーー特に石油に力を入れてきた。
なので、この世界にプラスチックやナイロンは存在する。
レイヤが主宰するアール商会は発足から、たったの7年で世界1になった。
もちろん公爵家だからこその快進撃だった。
「いいの?!
やった、億万長者だ!」
「じゃあ早速アイディアの絵図と説明文を書いて送ってね」
「え……絵? イラスト?」
「プロレベルじゃなくていいから」
「……わかった」
「絵、得意だから描いてあげる」
とロイミーナがワキワキ。
「特許や商標登録するまではアイディアぬすまれないようにね?」
「メモは日本語でおkだね。
よーし頑張ろう!」
こうして悪役令嬢3人による第1回、断罪 対策会議は終了した。
2年後。
ロイミーナは王妃教育が進まないことを理由に無事(?)婚約解消となった。
学生から絵本作家に転身し順風満帆である。
アンパン◯ンやミッ◯ィーなどを描いている。
ユイナはキッチングッズの利益で優秀な弁護士を雇い、家族を追い出した。
当主代理となり婿取りが必要となったため、研究に没頭したい王弟との婚約も解消できた。
領地経営の勉強をしながら、お見合いをしている。
学校に通う暇はないので、こちらも退学。
レイヤは1番悲惨だった。
元々王妃候補だったくらいの美貌と家柄の良さ。
莫大な資産とそれを支える知能と発想。
「これだけの才女を他国に渡してはならぬ」と国王から密命を受けた攻略対象たちが群がってきて逆ハーレムを形成してしまった。
しかしレイヤは彼らを故意に争わせ、どさくさに紛れてちゃっかり宗主国の王太子の婚約者におさまった。
まさに遣り手である。
今はフリーエネルギーの開発に忙しく、王妃教育を免除してもらっている。
代わりに公務を行う影武者が、日々のレッスンを受けている。
夜伽も影武者に任せ、自分は好みの男を侍らせる予定である。
ここだけの話、実はユイナの婚約者だった王弟を気に入っていたことは秘密である。
ヒロインはレイヤに雇われ、女スパイとしてハニートラップに勤しんでいる。
結局、女性サイドは誰も卒業パーティーには出席せず当然、断罪も何もなかった。
「では、これより第13回、断罪対策会議を始めます。
攻略対象と離れたからって油断は禁物。
ゲームの強制力で、またくっついてしまうかも?!
議長は僭越ながらーー」
◽完◽