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日常と世界の狭間の中で  作者: 水白ウミウ
第1章 世界の隅の静かな家
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04 群像世界

人と人の間、絵画の鑑賞と物事には適切な距離感がある。それは世界との関わり方にも。

「どれだけ豊かで美しい世界と思っても、近づきすぎれば見える埃のように愚かで醜い世界の片鱗が必ずある」

 覚悟して受け止めて欲しい、それが新しい世界に飛び込むと言うこと。

 

「少し私の求めていた世界とは違ったかしら」


 突如に出現した世界と世界の境界にサレリアと飛び込み訪れたこの世界、上空から静かに魔法で地上を目指し降下しながら――

  

 擦れ合う砂利と反響する金属音、周囲一帯から無数に音を立て耳にこびりつく不快感に襲われる。灰色の雲に覆われ雨こそ降らないが肌をじっとりと汗で濡らす気温と湿度。それは真夏の不快な日々に似てもいるが、目の前の光景はそんな夏の日の光景ではなかった。

 

「あそこは4足方法に向こうは6足……あれなんて6・7・8……25足ね」


 流れるようなリズムの動きで前足から後ろ足を素早く動かしている。その音を聞き分け足の数を言い当てるサレリア、その人離れした耳は長髪に隠れて見えないけれど。1つ言えることは、この世界は余り僕には居心地が良い世界ではないという事であり彼女にとっても同じく、それでも二人だけで訪れたこの世界は今後忘れることは出来ないだろう。

 

「あれは昆虫。またはそれに近い生き物……僕たちの世界で言えば」

「でも体は硬く金属のような骨格で、大群をなして行進している種ごとに統率され一列に」

 

 彼女のが知り得ないと思われる視覚的情報を僕は精一杯言葉にして彼女に伝える、それが世界に飛び込んだ後にすべきこと。たとえ彼女が望むにせよ望まないにせよ僕は僕の見て感じた事を伝える。

 

「でもあの虫たちが何処で生まれて何処に向かっていくか、それを考えると楽しく思えない?」

 

「でもそれは知的好奇心を満たすものであって、こころから面白く愉快ではない、ですよね」

 

 サレリアは僕の返答をじっくりと受け止めた様に、少し間を置いてから頷いてみせた。

 

「やっぱり君はいい目を持っているね、君と一緒にこの世界を見られて良かったわ。さあもうこの世界はおしまい、家にかえりましょう」


 新しく開かれた世界にあっけない程に見切りをつけ僕の左手を取る。そして言葉として理解できない声を発すると、ゆっくり降下していた状態から反転してゆっくり昇り始める。そして頭上には青白く光る魔方陣が展開された。一度世界と繋がりを得れば彼女にとっては家の庭に同じであると。

 

 世界を行き来する魔法の隧道が繋がり、僕たち二人はこの世界を後にする。

 

「これ、お返しします、上手く記録できていればいいですけど」  

 無事に帰るべき世界に戻ると、新たな世界に踏み入れて直ぐに渡されたこの本を持ち主の彼女へ戻す。記録の書と彼女は呼ぶ古びた書物は、持っている者の見た物、記憶、感情を魔法文字へと書き起こし、知ろうとする読者は魔力を注ぎ込む事で一瞬でそれらの内容を理解できるという。

 サレリアが作ったという魔法道具の一種であり、今思えば書斎の間にうずたかく積まれていた本の多くはこの本と同じものだった。

 

「見たことない新しい世界は……楽しかった?」

 サレリアは飛んで髪が跳ねた僕の頭を優しく手櫛で撫でるように整えながら問いかける。頭を優しく触られるのはこそばゆいが、見上げると彼女は優しく微笑む。

 

 求めていた『楽しく愉快な世界』ではなかった筈だが、彼女はとても満足げに微笑むのだった。一体、本当に彼女が求める世界が目の前に現れたとき、彼女はどれ程喜ぶのかと思いながらもその時が僕と優しい彼女との関係の終わりなのだと思うと胸に刺さる痛みがあった。

 

 大切な人との関係はいつも突然に終わる、師匠ともそうだったように。

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