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日常と世界の狭間の中で  作者: 水白ウミウ
第1章 世界の隅の静かな家
3/5

02 世界表現

 どんなに退屈そうに色褪せた世界に見えたとしても、それは誰かにとって理想の世界かもしれない。

「赤いリンゴもみんな同じ赤に見えてない、それは世界も同じ」

 窓ガラス越しに見つめる先は、遠い青く深い空よりも遠くを見つめていた。

 

「自分の家だと思って、ゆっくり寛いでね」

 

 落ち着かない最初の晩にそう言葉をかけられてから、ここでの生活になれ始めたと感じた頃には1週間余り経過していた。今までの生活と一変するかと思っていたが、彼女は帰宅の時間だけを伝え一人どこかへ出かける。彼女の帰りを待つ間は家事や洗濯をする、彼女はそんなことはしなくて良いと言うが。

 それが終われば出入りを許可して貰った彼女の書斎という、山積みにされた難しい書籍を端から順に読んでいく。分かる事より、分からないことが無数に書かれているが似たような事が書かれていることは理解したつもりで、似た本を揃え並べていく。


 それは師匠との生活と変わりない、ただ学校に行くことが出来ないこの場所ではより多くの時間をそこに費やすことになっただけ。働かざる者は食うべからずと師匠は自分にわざわざ仕事を与えて、身よりも稼ぎも財産もない自分を養うことに引け目を負わせないよにと。そう取り計らってくれていたのを知っていたから。

 

 そうしてまた1週間が変わらず過ぎていく、隧道と呼ばれる世界と世界を繋ぐ道を通りこの場所とこの家での生活は変わらない、いや普通の穏やかな日常でしかなかった。

 ただそれでもこの屋敷の中で時折感じる気配と言うべきか違和感はある、でも言葉に言い表すのには言葉を知らない。

 

どんなに退屈そうに色褪せた世界に見えたとしても、それは誰かにとって理想の世界かもしれない。

「赤いリンゴもみんな同じ赤に見えてない、それは世界も同じ」

 窓ガラス越しに見つめる先は、遠い青く深い空よりも遠くを見つめていた。

 

「自分の家だと思って、ゆっくり寛いでね」

 

 落ち着かない最初の晩にそう言葉をかけられてから、ここでの生活になれ始めたと感じた頃には1週間余り経過していた。今までの生活と一変するかと思っていたが、彼女は帰宅の時間だけを伝え一人どこかへ出かける。彼女の帰りを待つ間は家事や洗濯をする、彼女はそんなことはしなくて良いと言うが。

 それが終われば出入りを許可して貰った彼女の書斎という、山積みにされた難しい書籍を端から順に読んでいく。分かる事より、分からないことが無数に書かれているが似たような事が書かれていることは理解したつもりで、似た本を揃え並べていく。


 それは師匠との生活と変わりない、ただ学校に行くことが出来ないこの場所ではより多くの時間をそこに費やすことになっただけ。働かざる者は食うべからずと師匠は自分にわざわざ仕事を与えて、身よりも稼ぎも財産もない自分を養うことに引け目を負わせない様よにと。そう取り計らってくれていたのを知っていたから。

 

 そうしてまた1週間が変わらず過ぎていく、隧道と呼ばれる世界と世界を繋ぐ道を通りこの場所とこの家での生活は変わらない、いや普通の穏やかな日常でしかなかった。

 ただそれでもこの屋敷の中で時折感じる気配と言うべきか違和感はある、でも言葉に言い表すのには言葉を知らない。

 

「綺麗な絵……」

 

 でも確実に1つ分かっている違和感は、この日本家屋の居間や寝室だけでなく日光が降り注ぐ縁側の窓、薄暗い急な階段、そして薪を燃やして火を熾す台所にまで掛けられている掛け軸。どの場所にも二幅や三幅が吊り下げられている。中には何も描かれていない物や巻緒できつく縛られたままの状態で吊された物もある。解かれている軸は全て白黒、墨の濃淡だけでものだが人や自然、建物の様々が描かれていた。

 

 その中でも目に付いたのが荒々しく伸びた枝先に一輪さく花と山々の絵。山積みの本を片付け、書斎の隅の壁に掛けられていて初めて気づいた。もっと近くで見たいと思い手を伸ばし、一歩進んだ時。

 

「危ないわよ悠人」


 足下に落ちていた厚い本に躓き掛け軸に思わず手をつきそうになった直前、足音も気配も感じさせないまま彼女は体勢を崩した自分を胸に受け止めた。それは初めて会った時と同じように、背の高い彼女に包み込まれほのかに香る花の匂いにぼんやりとしてしまう。

  

「ご、ごめんなさい。破ってしまうところでした」


「違うわ悠人、本当に危なかったの。ごめんね言って無くて」

 

 腕の中で見上げると、なぜだか彼女の方が閉じた瞳のままに伝わる申し訳なさそうな視線と表情だった。どうしてそんな顔をするのか分からない。分からないことがあったら、聞くべきだよ、聞いても分からないかもしれないけれど知ることを恐れてはいけない。師匠はそう言ってなんども聞けば教えてくれた、分からない事ばかりだったけれど

 

「一体これは、屋敷に沢山ある掛け軸は一体なんですか?」

 

 密着したまま頭だけ縦に動かし、彼女の顔を見上げた。すると彼女は左手の人差し指で撫でるように軸の絵に差し出し動かした。

 それは水面を撫でたように、波面のように絵が揺れ波立ち次第にまた動かなくなった。

 

「これはね、私が訪れた世界と世界を繋ぐ扉、世界の境界を封じ込めた魔法道具だよ」

    

 あくまで絵は集めた世界の扉を区別するため、彼女がその世界で訪れ印象に残った姿を焼き付けているのだと。楽しく愉快な世界を求め数多の世界を旅した証しであり、彼女のコレクションとも言える物。

 

「悠人はこれ……そんなに素敵に思えた? でもね、私にはそう思えない、思えなかったんだ」

 

 彼女は伸ばした指を離すと力が抜けたかのように生気無く下ろすと、抱き支えていた自分の背中を二度優しく叩いてから半歩距離を取った。

 そして決して不要に触れたり見とれてはいけないと諭すような穏やかな口調で注意してくれた。自分は何度も頷くと同時に分かりましたと彼女に声をかけた。


 まだ無いも描かれていない真っ白な無地の掛け軸に新たな楽しく愉快な世界を描く、きっと彼女はそれを望んでいるのではないかと思った。もしそんな世界を見つけられれば、きっと色鮮やかな彼女にとって美しい世界を描くのだろうと。それが見てみたいと思うと同時に、それは自分にとってどんな世界に見えるのだろうかと思うと少し恐ろしく思えた。こんなにも美しく描かれている目の前の絵が、彼女にはどのように見えているのかを考えてしまうと。

 

 

 


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