白樺亭(しらかばてい)
材料の買出しに外に出ると、空は雲ひとつ無い見事な快晴だった。こういう天気の日っていうのは何となくだが良い事が起こるような気がする。
俺の家は村の住宅地からほんの少しだけ離れた丘のような所に建てられているので、見晴らしが良い分、余計に満たされたような気分に浸れるのだ。まぁ、あくまで気分の話だが。
そんな愚にも付かないことを考えながら歩いていると、あっといまに目的の店に着いた。住宅地を抜けてすぐにあるその店は親父がひいきにしている店で、大抵の鍛冶の材料なら何でも揃う店である。質は………値段相応、といったところか。
「よう、久しぶりだな小僧」
「相変わらず小僧呼ばわりするのはやめてくれないか?一応、手に職持った大人なんだから」
「がははははっ!俺から見たら小僧はいつまでたっても小僧のままだっ!」
「………さいですか」
とりあえず、店主を放っておいて物を物色する。
鉱石、木材、布、果ては装飾品で部分使いされるような宝石等、ほとんど一通りの物は揃っている。適当に材料を見繕って店主に金を渡すと、何故か品と一緒に飴玉を貰った。
「おいオヤジ………なんだ、この包みは?」
「見て分からんか?飴にしか見えんだろうが」
「そんな事は言われんでも分かっとるわっ!どんだけガキ扱いしてんだよっ!」
「はっはっはっ!今日も元気だな小僧っ!やっぱり子供は元気が一番だな、うむ!」
「………もういいや」
これ以上付き合っていられないので材料と飴玉を持って店を出て行く。材料を買いに行っただけなのに、何だかとてつもない疲労感を感じるのは何故だろうか。そういえば、キースのアホのせいで朝食をとるタイミングを逃しちまったな。このまま家に帰るのも勿体無い気がするので、白樺亭という宿屋と食事処を兼業している店に寄る事にした。この地方では聞きなれない店名は、遥か東方に位置する島国の「旅館」という宿泊施設から取った名前らしい。味もかなり美味しい上に、料理のバリエーションも豊富なのでお気に入りの店である。
俺は適当に空いている席に着いてすぐに料理の注文を頼んだ。メニューを見るのもそこそこに適当な料理を注文したが、何を頼んでも美味しい料理しか出てこないのを知っているから俺としては問題は無い。それに、今日は何かとても良い事が起きそうな予感がするから、たぶん適当に頼んだ料理は格別に美味しい料理を当てたように思えて仕方が無い。
ところで話は変わるが、白樺亭の良い所は更にもう一つあって、それは料理の調理時間が短い事である。恐らくは、調理スペースの至る所に何かしらの魔法でも仕掛けてあるのだろう。我が家の溶鉱炉(正式名称を親父に聞いたら『精練君』という名前である事が判明した)もある意味何でもありのデタラメな性能を備えているので、あながち間違ってはいないのかもしれない。
「おまたせいたしました~」
給仕のお姉さんが、見るからに美味しそうに焼かれた出来立てのローストチキンと、この村特産品の麦から作ったパンをテーブルの上に置いた。最近ではライスなんていう穀物を白樺亭では出しているが、やはり地元の味といえばこのパンがメインで無ければ話にならないだろう………それにしてもだ。今日初めて頼んだローストチキンは数あるメニューの中でも本当に当たりを引いたようだ!テーブルに置かれた状態からでも、美味しそうな香りが鼻腔を刺激しまくっている。あぁ、今日は本当に良い事が起こったみたいだなぁ。俺はこういうささやかな幸せで満足出来る男なのだよ、ワトソン君………おっと、訳の分からないことを考えてないで、さっさと食べてしまおうか。
ナイフとフォークを手に取り、ローストチキンを頂こうとした瞬間、ローストチキンが宙を飛んだ。
……………
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!
『ローストチキンを食べようと思ったら、いつの間にかローストチキンが宙を飛んでいた』
な… 何を言ってるのか わからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…
…はっ!
一瞬、変な髪型の男が脳内をよぎったが、そんな事はどうでも良い。
現状を把握すると
ガタイの良い男がテーブルに突っ込んできてパンもろともローストチキンが地面に落下。
その近くで今にも剣を引き抜きそうな強面の傭兵が男を睨みつけている。
ん?
ローストチキンが
地面に
落下……?
…
……
…………
「俺のローストチキンがああああああああああああああああああっ!!」
魂の叫びが白樺亭に木霊した。