レアメタルの入手-三人称視点-
投稿遅くなりましたが、よろしくお願いします^^
そのみすぼらしい部屋はジェラルドが言うところの死霊の館---つまり正式名称「栄光の館」の一室であったが、これが一時代以前の遺物であると言われても納得してしまう貫禄がそこにはあった。
いや、なにも四囲の壁に暗い秘密が隠されているだとか、汚れ放題の天井付近に過去の悪霊が飛び交っているとかいう訳では決して無い---多分。
かくも長きに渡って身につけた貫禄というのも十分な理由の一つになるのだろうが、要するに手入れが行き届いてない上に、調度品が無残にも地面にばら撒かれ放置されているからであった。
そんな一室でもう一つ放置されたものがある。手と足と胴体を椅子に縛り付けられ、口と目を布のような何かで塞がれた金髪の男が何やらモゴモゴと呪詛のようなモノを吐き出している。
ただし、戦時捕虜の取扱いを定めたかの有名な“ベオグラント条約”に違反しないよう、鼻があるであろう位置に小さめの穴が数カ所開けられていた。
「ンムムムムー!ムゥムムゥ!ムゥンムムムムー!ンギィー!」
「何を言ってるか分かりませんが、滑稽な姿ですな」
「全くもって同意です、閣下」
軍服を完璧に着こなした厳つい中年男性の一言に、同じように軍服に身を包んだ神経質そうな細身の青年が答える。青年の方は軍服を着ているというより着られてるようだ。
前者は特殊部隊であるSFを指揮する「アンドレイ・ペトロフ」将軍。
後者は現在心労により病気療養中の大会運営委員会の秘書をクビになった……もとい、現王子秘書のチャーリー・ヴェラチーニ。
二人がそれぞれ室内に設置してある椅子に腰掛けると、突然扉がガチャリと音を立てて開かれる。
扉から現れたのは文官らしき衣装に身を包んだ男が数人。その先頭はアルメリア王国宰相にして実質この国のナンバー2(王妃を除く)であるギニアス・ヴァン・エルガー、その人であった。
「これは……王子は一体どうなってしまっているんですか?」
王子の変わり果てた姿を見て絶句する宰相。椅子に縛り付けられた見るも無残なその姿はどこからどう見ても王子という身分の者に相応しい対応とは到底思えない。
「いや、実際の捕虜と同等の扱いは受けてはいますがね。ちゃんとベオグラント条約に則った対応をきちんとやっておりますよ。その件に関しては私も軍人なのでしっかりと心得ております」
「いや……私が言いたいのはそういう事ではないのですが……」
「ムムムムーーー!!」
見当違いな返答をする将軍に更に絶句する宰相--ついでに呻く王子。他者から見れば三者三様ともにカオスな状態であったが、その状態を破ったのは宰相であった。
「王子と一緒居た件の冒険者達を連れてきましたよ。今、待たせてあるので今呼びます。ではブラックボードさん、よろしくお願いします」
「リッツボードです宰相」
ツッコミを無視する宰相にため息を吐きつつ、部屋の外で待たせてあった冒険者達を宰相秘書の一人であるリッツボードは部屋の中に招き入れた。その人物とはご存知ジェラルドと愉快な仲間達である。
彼らも王子の変わり果てた姿を目撃するとそれぞれ呆れ、驚き、苦笑と三種類に反応が分かれた。前からジェラルド・キース・自称スパイの順である。
「哀れな姿です王子。まるで出荷前のポスタの実みたい」
この地方の特産品である果物に似ていると呟く自称スパイ。それにキースは食いつく。
「良くわからんけど、それってあんなにモゴモゴ気持ち悪く蠢く物体なの?到底食べれるような代物だと思えないんだけども。というか地味に気持ち悪い」
王子に対してナチュラルに暴言を吐くキース。
「いや、今は別に良いだろ、興味無いし……それより、話ってやつを聞かせてくれるんだろうな?こっちは徹夜で事情聴取なんざさせられたんだ。知る権利ってやつは少なくとも俺にはあるんだろうな?」
ジト目でこの国の宰相に向かってジェラルドは言い放った。
この国の宰相と言えば公爵家の人間であり平民のジェラルドがこのような態度を取れば罪に問われても何ら不思議でもなんでもないのだが、ジェラルドはそこまで頭が回らない。
それどころか、とりあえず偉そうな見た目のヤツが居たら突っかかってみて、何かされたらぶちのめせば良いと思っている節も見受けられる。しかも実際にそれが出来てしまうのだからタチの悪い冗談みたいな存在だ。
「えぇ、では最初からお話をさせて頂きますよ。もちろん、王子との“お話”も並行して行いますけどね」
ビクッと体を震わせて動きを止める王子。それを背景に宰相は語りだした。
「では最初からお話させて頂きます。とはいえ、時間は有限かつ機密事項もありますので大幅に省略させて頂きますけどね」
時間は有限と言っておきながらもったいぶって話す宰相。
「事の発端は、このポスタの実にも劣る下劣で能無しな王子が脱走した事から始まります。親愛なる王妃様に置かれましては、この事実が怒髪天を衝くほどの衝撃だったようで、国軍を動かして王子しばき隊を結成させました。豊富な人員を使うことが出来たので我が国内にてローラー作戦を決行。見つけたのでしばき倒したのでございます」
そう言って指をパチリと鳴らすと、後ろに控えていたリッツボードが王子の目と口の部分に巻きついていた布を外す。
そして久しぶりに自らの瞳から黒以外の映像が見えたことに安堵した王子は、ムームーとうめき声しか発せられなかった喉の点検を試みるべく将軍とチャーリーを睨みつけながら発声練習を試みた。
「軍服を着た大勢の麻薬中毒患者に襲われちゃった」
「勘違いですよ、エド坊や」
と、宰相が水の入ったグラスを王子の口にあてがってやりながら言った。その間にリッツボードは王子の手足の拘束を外す。ただし胴体の拘束は外さない。その様子を見てため息を突きつつも王子は語りだす。
「あー、何というか脱走した件については僕の方にも理由があってね。我が国の国教として名高い『セクト教』のとある枢機卿が何やら良からぬことを企んでいるという情報を得てね。義憤に駆られた僕は居てもたっても居られなくなってしまったんだよ。分かるかね?ギニアス君」
「えぇ、分かっていますとも。アナタがシルヴィア王妃のごうもn………もとい、『教育』が嫌になって逃げ出したという事も、脱走中にたまたまいい加減な情報を手に入れて面白そうだなとクビを突っ込んだら全身沼に突っ込んで抜けなくなったっという事も全て知っておりますとも」
王子の戯言に鼻を鳴らしながら答える宰相。
「国教の枢機卿がセクト教の存在自体を危うくする不祥事を起こしたなんて頭の痛い事案が発生しましたが、その御蔭でシルヴィア王妃が招集した国軍の面目が立ちましたよ。まさかアナタ一人を捕まえるためだけに国軍を出撃させるなど決してあってはならないことですからね。
結果から見れば、カモフラージュとしてアナタを探し出すという目的を持った国軍がセクト教の枢機卿の野望を打ち砕く真の目的を果たすべく軍事行動を起こした、と世間に発表出来そうですよ。少なくとも、我々が王子を探していたという事実はローラー作戦によって既に民の知るところですから、それ自体は変えられませんからね。脱走した王子を探すために軍隊出動なんて与太話にもならないようなその一言を民衆が納得してしまうなんて普通はありえませんが、昔からバカをやってくれていた王子のお陰でそれを信じてしまう下地が出来ていたと言えばそれは僥倖だったと言えなくもないのではないでしょうかね?結果だけ見れば」
やたらと結果という言葉を全面に押し出してくる宰相。心のなかでは不満しか無いことは誰でも見て取れるくらい露骨である。
「まぁ、アナタと一緒に教会に突撃したシエルのお陰で何とかアナタの居場所を特定することが出来たのでこの件にどうにか間に合ったという所でしたがね。ハキーム君にもそれとなく指示は出していたのだけれども……まぁ、それは高望みというやつだったかな」
その台詞を聞いて驚愕する王子。
「え!シエル君!君、ダブルスパイだったの!?酷くない!」
「いや、酷いとか酷くないとかそういう問題ではないですよ王子。脱走して指名手配されている王子の片腕として働く人なんてハキーム君くらいしか居ないに決まってるじゃないですか。ねぇ?ハキーム君?」
宰相は自称スパイの顔を青筋を立てながら微笑みかける。その様子を見て自称スパイは慌てたように弁解する。
「いや!あれですよあれ!敵を騙すにはまず味方からってヤツです!えぇ!しっかりと命令は遂行しておりましたとも!途中で忘れて王子の命令しか聞いてなかったなんてことは決してないであります!」
「……まぁ、何にせよシエル君のお陰で我々はおおよその事態を知ることが出来ている状態です。今後どうするかは頭の痛い事が山積みではありますが、この一連のやりとりでS級冒険者のジェラルド君の知りたいことというものが分かったのでは無いでしょうか?」
突然話を振られたジェラルドは、あまりこういう状況に慣れていないのか少しどもりながら話す。
「そ、そうだな……とりあえず俺が分かった事は、そこのクソ王子が脱走したのが発端で軍が動き、たまたまセクト教の偉そうなヤツが悪いことをしてるって突き止めて王子もろとも鎮圧したって事なんだろ?まぁ、実際にマクアとかいうクソッタレをぶちのめしたのは俺だけどな」
ふんと鼻を鳴らすジェラルド。それについては、と宰相が続ける。
「そこのハキーム君から聞きましたが、あなたはレアメタルを欲しているのですよね。それでレアメタル鉱山を所有する教会が悪事を働いているとハキーム君から聞き、成敗という建前を使いつつレアメタルを盗み出そうとしていた--といったところでしょうか?」
その一言でジェラルドとキースはビクっと体を震わせる。
「えぇ、えぇ、分かっておりますとも。本音と建前が重要だということは国軍も一緒です。後ろめたいことが明らかになるのは不都合ですよね?なので貴方達が知りたい情報というのはこのくらいで良いでしょうと私が勝手に決めます。そしてマクア枢機卿の邪悪なる野望をアナタ達が打ち砕いた事実も鑑みて、その件は不問にし、教会が所有するレアメタルを一部没収して貴方達二人にそのレアメタルを授けましょう。ホワイトバーン君、お願いします」
リッツボードです、と細身の男が呟きながらジェラルド達にリュックサック一杯に入ったレアメタルを重そうに運んでくる。その鉱石はまるで虹のよう七色に輝いているように見える。ジェラルドは冷や汗を垂らしながらそのリュックサックを受け取り、ごまかすように語りだす。
「あー、おほんおほん。義憤に駆られて行った行動でありますから、市民の義務を果たすというのは当然のことでありますな!いやー、セクト教の膿を退治出来て良かった良かった!一般市民である我々はこれ以上藪をつつかれ……もとい、国家機密というヤツにクビを突っ込むのは無粋というものでありますな!報酬も頂けたようですし、さっさと退散することにするであります」
その様子を見て宰相はうんうんと頷く。
「えぇ、えぇ。分かって頂けたなら何よりです。我々はこれからこの哀れな供物を聡明で苛烈な王妃様に生贄として捧げなければなりませんから色々とやることが沢山あります。事後処理も含めて我々がこの場を預からせて頂きますので、納得して頂けたのであれば報酬を持って退出して下さい」
そのように言われて部屋を退出する二人。扉の向こうからは聞き耳を立てなくても普通に声が聞こえてくる。
「イヤダァー!早くほどいてくれ!ぼくの人生がバラバラになって吹き飛ばされようとしている!」
「王子!覚悟して下さい。我がSPを愚弄した罪は深いですぞ」
「王子ぃ……このチャーリーは貴方のせいで人生がめちゃくちゃになってしまいました。だから復讐するチャンスはあって然るべきだと思いません?丁度、動けないことだし」
「はっはっは、まぁ、シルヴィア王妃に生贄として捧げる前にこれまでの鬱憤を晴らすというのもアリなのかもしれませんね。私は見ていないということにしますので存分にどうぞお二人とも」
「いやぁー!タスケテェー!こんな事になるならベオグラントに亡命しておけば良かったァー!」
王子の悲鳴をBGMに二人は歩き出したのであった。