一方その頃―第三者視点(王子サイド)―
ジェラルド達凸凹コンビが教会に突入する数十分ほど前、とある宿屋(ジェラルドが警備を呼ばれそうになった1件の宿屋だった)の一室で怪しげな男女が1組居た。
女の方はセクト教の一般的なシスターの格好をしておりその顔は色白で人形と見紛うほどの整った美貌を持っていた。そして男の方は上品な服を着込んだ金髪碧眼の優男といった容貌をしており、良く言えば王道な格好良さを持った男性。悪く言えば典型的などこぞのボンボンのような姿であった。
「………と、報告は以上です」
「セクト教への潜入操作お疲れ様。美人は何を着ても似合うね。凄く似合っているよ」
「ありがとうございます」
「素っ気ない………まぁ、いいや。報告お疲れ様」
ろうそくの明かりだけが辺りを照らす中、女性が男に対して何やら報告を行っている。報告を受けた優男は、何か考え事をするかのような表情でシスターの格好をした女性に答える。
「うーん。やはり、あの枢機卿は完全に黒だね。しかも、その事を教皇は知らないっていうんだから、その枢機卿の独断だってのは何となく分かるんだけど………その情報本当かなぁ??
個人的にあの教皇嫌いだから、この件に関わってるって事にしてどうにか失脚出来ないだろうか」
アホな事をホザく王子に対し、とっさに喉まで出掛かった不敬に当たる言葉を飲み込み女性は答える。
「馬鹿な事を仰らないで下さい、王子。それでなくともセクト教が民に与える影響力は並ではありません。王子といえども、教皇相手に罪の証拠をでっち上げるような真似をすればタダでは済みませんよ」
苦言を呈され、王子と呼ばれた男は物凄く嫌そうに肩をすくめる。
「あぁ、うんうん。分かってるよ、ダメなことだってのは理解出来てるよ。でも、夢くらい見させてくれたって良いじゃないか。まったく、そんなんだからシエルは綺麗なのに20歳にもなって嫁の貰い手が――」
「王子」
シエルと呼ばれた女性は王子に向かってニッコリと微笑んだ。もちろん目は笑っていない。
名状しがたい殺気に包まれた室内は重苦しい空気に満ち溢れた。
「あ!うん、ごほんごほん!
ごめん、ちょっと喉の調子が可笑しくてね!何というか、その――――そ、それよりも、証拠の方も十分揃って来たしさ!そろそろ本格的に動こうと思うんだけど、どうかな?」
露骨に話を逸らそうとした王子をシエルと呼ばれた女はジト目で睨みつけると、溜息をついて答えた。
「………そうですね。アナタが面白半分に放ったスパイのスの字も知らないような男が行く先々で騒ぎを起こしてくれたお陰で色々と証拠が集まりましたからね。ただし、見つかって蜂の巣をつついたような騒ぎを起こすので毎回脱出に手こずるハメになるか、警備が厳重になってしまうのは頂けません。速攻でクビにすべきでしょう」
「いやいやいや、そんなクビだなんてもったいないことはしないよ!
だってさ!あんな無能すぎる上に面白すぎるスパイが居たら使わないなんて手は無いでしょ!紫峰山に着くまでは君に影で護衛&スパイ補佐をしてもらったのは非常に助かったけど、やっぱりクビにするなんて面白く無いことはするべきじゃないと思うんだよ!人生一回きりなんだし、楽しんだモン勝ちでしょ!」
「それで作戦が失敗したら元も子もないのですけれども………」
脳天気に笑っている王子に嘆息を吐く。
面白半分に雇ったと言われてとある男を紹介されたのが半年前。それ以降、コントでやってるのではないだろうかというドタバタ劇を繰り広げては敵に発見される無能スパイの補佐に翻弄されたシエルにとってそれは笑い話では済まされない。しかも何の因果か、そのドタバタ劇のお陰で真相にたどり着く証拠が見つかったという事実があるものだからシエルとしても面白くはない。
思い出したら腹が立ってきたので流れを変えるべく、シエルはシスターローブの中から一つの水晶を取り出して王子に手渡した。
王子は受け取った水晶球をテーブルの上に置くと、その水晶に向かって魔力を込め始める。すると水晶は紫色に鈍い輝きを放ちだし、水晶の中央から何かの映像が映しだされた。
この水晶は魔力を込めると対となるアイテムの周辺を映し出すマジックアイテムである。主に諜報機関でよく使われる代物で魔力を多めに込めれば映像だけでなく音声も拾うことも出来る。
魔術学的な話をすれば、対となるアイテム目掛けて魔力干渉を水晶を通して行うことにより世界の修正力と呼ばれる反魔力的事象を一時的に騙し、空間を歪めて絶対的な距離を0の状態にすることによりあらゆる場所・あらゆる空間・あらゆる時間より干渉を可能とする空間を作りだした上で以下略という意味不明な原理で作られている。
ぶっちゃけ簡単に言うと、対となるアイテムがある場所が監視カメラの設置場所で、その設置された場所の映像と音声がリアルタイムで見たり聞けたりするという代物である。(ついでに言うと、対となるアイテムをホシ、水晶をデカと俗に呼ばれている。何故かは不明である)
その映像を見ると男が3人ほど映しだされており、よく見るとジェラルド達と思しきムサい男性陣が安定のコントを繰り広げていた。
「王子に言われた通り、ハキームのスパイ七つ道具とかいうゴミが沢山入ったバッグの中に”ホシ”を居れておきましたが………何なんですか、この酷いコントは」
「まったく、こんな時間に何をやっているのやら。無線機で報告があったから何をやっているのかと思えば、こんな夜中にコントをやっているとはねぇ。というか、スパイのハキーム君のコントの相方をしている相手って、どっかで見たことがあるような――――あぁー!!」
王子は何か思い出したのか大きな声を出した。
「王子!今、夜中ですよ!いきなり大声出したら迷惑でしょう!」
「いやいやいや、そんな事はどうでもいい!あのスパイ毎回毎回面白いことやってくれてるけど、今回もやってくれたよ!」
王子は興奮したように更に騒ぎ出す。その様子にキレそうになりながらもシエルは王子をたしなめようとした。
「王子、ですから―――」
「ハキームと一緒に居るヤツ………あれS級冒険者のジェラルドだ。武道大会で私をぶっ飛ばしたアイツだよ」
「え………ちょ―――!ど、どういうことですかぁーーー!!どうなってるんですかァーー!!」
「ちょ!!、シ、シエル、夜中だからあんまり騒がないようにしよう!」
今度は逆に王子がシエルを止めようとするが、シエルは気が動転しすぎて止まらない。それもその筈、S級冒険者とは災害指定に認定されたモンスターですら単騎で屠れる実力を持った人外であるからだ。カードゲームでいうところのワイルドカード、またはジョーカー、切り札といった手札である。それこそ戦争で戦略的に活躍できるほどの実力を持った人物だ。そんな戦略級の戦力を持った人物が、トラブルメーカーで騒動ばかり起こしているポンコツスパイであるハキームと一緒に居る――――簡単に言うと、この組み合わせはキチ○イに刃物である。最早、シエルにとって平静を保つ要素など皆無であった。
「いやいやいや、どういう事ですか!S級冒険者って!こんな所に居るなんて可笑しいでしょう!しかも無能スパイと一緒とか嫌な予感しかしないんですけど!S級冒険者なんて災害指定の化物の方が可愛いと思えるくらいの桁外れの戦力を持ってるじゃないですか!どこかと戦争するんですか!どうするんですか!」
「ちょ、ちょっと!シエル!確かに戦略兵器×トラブルメーカーの組み合わせなんて嫌な予感しかしないのは僕も一緒だよ!何でこうなったのか分からないし、とりあえず様子を見よう、な!落ち着いてみよう!ね!」
何とか落ち着かせて二人で水晶を見る。無線機から報告があってからのハキームの行動は不明なため、どうしたこうなったのか分からない。混乱の最中、人間兵器とトラブルメーカーのコントは佳境を迎えた。
『じゃあ、セクト大聖堂に突っ込むぞ』
『へいへーい。準備は出来たよー』
「「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁ!」」
宥めている側であった王子も流石のとんでも結論に二人揃って絶叫を上げた。証拠も出揃ってこれからだという時に、あのスパイは全ての土台を吹き飛ばす爆弾をセクト大聖堂に向かってぶん投げたのだ。
王子が考えていたシナリオをブレイクするその悪手にして最悪な一手を、何を考えたのかあのスパイは打ったのだ。勝利が確定している戦闘に敢えて全滅するような博打を打つようなハイリスクノーリターンな無駄な行為である。
「どうしてこうなったのか分からないけど、あのアホ共を止めに行くぞ!」
「王子!あのスパイはさっさとクビにするようにとあれほど言ったのに、無視するからこうなるんですよぉー!どうするんですか!」
「どうするもこうするも、止めるしか無いって!あぁ、もう何というか一周回って狂気の沙汰ほど面白いね!何かそう考えると楽しくなってきたァー!」
「お、王子ー!!」
一周回って楽しくなってしまった王子は武器を引っ掴むと準備をソコソコに宿屋を飛び出していった。そして一拍遅れてシエルも王子を追った。
次の日、夜中にあれだけ騒いでいたということで隣の客から宿屋に対してクレームが入ったそうだが、それはまた別の話。
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一方その頃、とある特殊部隊ととある青年の様子
「王子は隣国には逃げてない!国内だ!」
「絶対に逃がさんぞ!クソ王子ィィ!我がスペシャルフォースの部隊にかけて絶対に捕まえてやるから覚悟しろよ!」
「うおおおぉぉぉぉ!あの馬鹿王子、見つけ出して絶対に射殺してやるから覚悟しろぉぉぉぉぉぉ!!」