教会の地下-三人称視点-
インフルエンザでダウンしておりました。いやー、あの苦しみは辛いなんてもんじゃないですね。
紫峰山はセクト教の聖地であるのは国内外でも周知されている事実だ。
そもそもセクト教自体の発祥の歴史は古く、その歴史は失われた古代文明にまで遡る。
そのセクト教の教えの中で、特に重要な役割を担っているのが紫峰山である。
セクト教の経典には「神が降臨された場所」と記されており、教徒にとって唯一にして無二の神聖な場所なのだ。さらにそれだけではなく、セクト教の聖地にして総本山である紫峰山には神官が奇跡を起こす際に使用される神力を、一般的なフィールドと段違いの速さで癒してくれるうえに、奇跡の効果が桁違いに上がる特別な場所であることも確認されている。
王都の高名な学者が調べたところ、特別な”場”が形成されていることが判明し、その学者が「パワースポット」という言葉を作り出した。それを王都出版がとある本で使ったことでブームになり、それが流行語となったのは余談である。
そんなブームの渦中にある紫峰山---
その教会の地下では「枢機卿」のみが着る事を許された法衣を身にまとった男が一人、ワインを燻らせていた。
そしてもう一人、その向かいには女の姿がありこちらは一般的な地位の神官が着る法衣を身にまとっていた。
「報告があるとの事ですが………どういった報告なのでしょうか?」
男は燻らせていたワインの香りを堪能したあと、グラスを口につけた。
「その報告なのですが………良い話ではないのです」
「というと?」
「ある人物によって”神へと至る道”を破壊されたと報告がありました」
「………それは、責任者の死が確認されたということか?」
「その通りでございます」
その報告を受けた男は、持っていたワインを静かにテーブルの上に置いた。
「神へと至る道---その最終目的は、セクト教の敬虔な信徒たる私が永遠の命を持つということである。その重要性を分かっているのかね?」
男は目の前のシスターを睨みつけた。
「申し訳ございません………彼の実験場に案内した男性被検体の2名が”断罪執行”の異名を持つ『シスター グリムリッパー』を倒してしまうとは思いもよらなかったのです」
そして自分のミスであるとシスターは言葉を続けた。
「それにしても、彼女ほど有能な魔術師を倒す存在など私には信じられませんね。A級冒険者が束になって襲い掛かっても返り討ちにしたほどの腕前なのですよ?」
「彼女が倒したのはA級冒険者です。しかし、彼女が敗れたのはA級冒険者ではないのです」
「………A級冒険者以上の存在など、私には思いつきませんが?」
「これはギルドに潜り込ませた信徒が持ち帰った報告なのですが、A級の上に位置するS級冒険者がこの紫峰山に滞在しているとの報告を受けました。」
S級冒険者とはA級よりも上位のライセンスを持つ冒険者の事で、国内に10名居れば多いとまで言われている実力者(化物)の事である。
「馬鹿な!S級冒険者に名を連ねる者などわが国でも10人にも満たないではないか!そのような実力者がなぜここに………まさか教皇に露呈したのではないだろうな!」
男は紳士的な態度をかなぐり捨てて目の前のシスターに怒鳴った。
教皇とはセクト教の頂点に立つ唯一無二の高位聖職者の事である。当然、枢機卿の服を着ている男よりも高位な存在である。
「いえ、”神へと至る道”については一切誰にも露呈しておりません。そのS級冒険者の滞在理由は、とある依頼によって紫峰山を訪れただけに過ぎないようです。まさか私の配下の者も非検体として彼の実験場に誘い込んだ者がS級などという化物を誘い込んでしまったとは思いもよらなかったようです。それについては私の責任でもあります」
「………いや、その件については不問にする。通常S級冒険者となれば、はるか南のアキレウス砂漠や未開拓エリアの第一陣として活躍しているのが常で、冒険者にとってこの地は何もない場所だ。その上、この地に礼拝にくるほど奴等は信仰深くはない。そのような時間があるのであれば化物と死闘を繰り広げる事に時間を費やすからな。この地に来る理由が無いのだ。まったく度し難い………話は逸れたが、来ると予想出来た方が凄いと言わざる得ないだろう」
「ありがとうございます。この失態は必ずや………」
頭を下げようとするシスターを制する男。先ほどまでの荒々しい態度もなりを潜めていた。
「それよりも、そのような化物がこの地に来てしまった以上、事が露見しようものなら厄介極まりない。その化物の請け負った依頼が何かは知らんが、早々に叶えさせて帰って貰うのがよかろう」
「畏まりました。それでは早速、仕事に取り掛かります---永久の信仰を神に」
「永久の信仰を神に---」
セクト教の簡易礼法を機にこの場を去るシスター。扉が閉まる音を聞いた男はポツリと一言呟いた。
「全ての信仰は神へと集約される………この私こそ神にふさわしい存在ではないか」
歪んだ笑みを浮かべた男はワインを飲み干すとその場を後にした。