寄り道
紫峰山までの道のりは非常に遠い。王都から出発するよりもキーロフの村からの方が近いといえば近いのだが、それでも到着までに何日かを要するのだ。文字通り遠出の分類に入るだろう。
それでも紫峰山へ巡礼に向かう人々は沢山居る。その為、他のどうでもいいような道よりも整地が進んでおり比較的歩きやすくなっている。更には王都から紫峰山への道すがらには必ず宿泊施設が何かしら存在し、そこそこの活気を見せているとのこと。宿泊施設からしてみればまさに聖地様々と言ったところだろうか。
「そんな訳で今宵の宿を探している訳なんだが………」
あたりは日も落ちてすっかり薄暗くなり、そろそろ本格的に宿を見つけなければならないのだが。
「ごめんねぇ。今、ウチお客さんで一杯なのよ~」
「悪ぃな。たった今、宿が一杯になっちまったんだよ。すまねぇが他を当たってくれ」
「ごめんなさい。今日は王都観光ツアー様の”貸切”になってるから泊められないのよ」
未だに宿を探し当てられていない。聞くところによれば、今日は王都観光ツアーの団体さんが急遽、予定を繰り上げて出発したらしい。何でも何かの手違いで定員数以上の観光客を集めてしまったらしく、今更キャンセルが出来ないということで日程が合う日(つまり急遽ここで泊まる予定になった)に出立することになったそうな。そんな訳で、予約の人数が膨れ上がった宿の状態ではたったの2人ですら泊められない状態となった訳だ。
「なんて迷惑な!俺達は客だっつーの!」
横でなにやら喚いているキースであったが、十中八九間違いなく、疫病神のせいだからな。
そもそもあんな整備が行き届いた道な上に、王都観光ツアーなんぞの平和ボケしたような連中が通る道に首切り兎なんぞ出没する訳がない。確かに可能性は0じゃないが出会う確率は限りなく0に近いと断言出来るだろう。つまり何が言いたいかと言うと
「疫病神であるお前が全て悪い。お前が何とかしろ」
じと目で睨んでやると、さも心外だとばかりにキースは反論してきた。
「ふざけんな!なんで俺が悪いんだよ!
そもそもお前が絡むと運が悪くなるのは毎度の事じゃねぇか!お前のせいだっつーの!」
とまぁ、口の利き方がなっていないので剣の柄で殴りつけて黙らせる。
「ぐっふぉ!」
「どうでも良いからさっさと次行くぞ。このままだと野宿だかんな」
そう言い残して俺はキースを置き去りにする。
後ろの方で理不尽がどうとか聞こえてきたような気もするが、そんなのは俺の耳に入らん。
――――――――――――
その後キースと分かれて片っ端から宿を探したが、全て観光客で一杯だった。
「どうすんだよ、おい。本当に野宿になっちまうだろーが」
半眼でキースを睨みつける。
「いや、だから俺のせいじゃねぇっつーの!
それよか、もう宿は全部見て回っちまったがここじゃ泊まれないみたいだぞ」
「うーむ、どうしたものか………」
泊れないとなれば野宿か当てもなく彷徨うか………究極の選択だな。野宿を選んだ場合は、迷惑かもしれんが宿の近くにテントを張って泊らせてもらうのがベストだろう。一応、大抵の人里には魔物除けが施されているから、森のど真ん中で野宿するよりはるかに安全である。とはいえ、交代でたき火を焚きながら万が一に備える必要はあるだろうが。
次に当てもなく彷徨った場合は、運が良ければ宿に泊まれる。運が悪ければ森のど真ん中で野宿………まぁ、普通に考えれば、ここで野宿することを選ぶんだろうが、野宿となると疲れるしなぁ………
こんな感じで色々あれこれ一人で悩んでいると、横からポンと一言。
「なんかあんまり知られてないらしいけど、向こうの方に村があるらしいからそこなら宿取れるかもしれねぇって店の人が言ってたぞ」
「それを早く言えボケがっ!!」
最早恒例となった俺の突っ込みは、ショートレンジ式ラリアットという形でキースに放たれた。
首に直撃したキースは一瞬で白目を剥いて、向こうの壁の方へ吹き飛んで行った。
「ったく、そういう大事な事は早く言えよな」
俺は壁に激突して泡を吹いているキースの顔を2、3度ほと本気で平手打ちを食らわして起こす。
「ぎゃああああああっ!!いてええぇぇぇぇぇっ!!」
「うっせー!!近所迷惑だろうがっ!!」
「お前のせいじゃボケェェェェっ!!」
すっかり回復したキースを立たせると、店の人に教えてもらったという村へ案内させる。未だにギャーギャーと喚いているが俺が無視を決め込むと黙って案内を始めた。
宿探しで辺りも大分薄暗くなってきた中、俺達は黙々と森の中を歩き始める。今日という一日を振り返ってみれば本当についてない事を自覚する。何せ、あれだけ整備された道で首切り兎に遭遇するなんて滅多にない不幸だ。その上、不幸な偶然が重なって今宵の宿が取れないときたもんだ。2度も不幸が重なるなんて、やっぱり疫病神のせいとしか思えない………
そういや、キリュウオーナーが東方の格言とかいう偉人の言葉を語った時があったっけな
曰く『二度ある事は三度ある』
………すっげー嫌な気分になった。
「なんだか薄気味悪いなぁ………なんつーかよ、俺ってば嫌な予感がするんだけど」
一人で沈んでいると横から不安そうな顔をしたキースがぽつりと呟いた。
「……………」
疫病神をもってして『嫌な予感』とは、一体全体どんな事が起こるのやら………
俺は信じてもいない神に、この先何事も起きませんようにとお祈りをしながら歩みを進めた。