閑話―王子の行方―
王子が居なくなって数日が経った今も王城は混沌の極みにあった。まず捜索隊が組まれるも一向に進展は無し。冒険者ギルドにも助力を頼んだが一向に音沙汰が無い。もはやお手上げだった。
そんな中、王子の秘書であるチャーリー・ヴェラチーニは自室にて優雅にコーヒーを飲んでいた。
優雅に――という形容詞を用いたが、ただ単にヤケクソになっている最中だとも言い換えられる。
「まったく、あのクソ王子ときたら始末に負えませんね」
彼はひとりごちながらコーヒーを飲もうとするが、猫舌なので一向に飲めない。手までヤケドをしそうな温度に内心辟易した。
「まったくイライラする!」
フーフー息を吹きかけながらコーヒーを冷まそうと苦心する。
そして息も絶え絶えになったところでちょっとした気分転換と、少しは冷めるかなーという安直的な考え方でもって砂糖を3つばかりマグカップにぶち込む。そしてそのままスプーンでかき混ぜ始めた。
「いくら放蕩王子の異名を持つとはいえ、捕まって早々に逃げ出すことなんてないじゃないか」
ましてや王子の秘書となって数日で居なくなるなど、彼にとっては論外も論外である。
とはいえ、何の問題も起こさないなどと甘い考えをしてる者は王城では誰も居なかったが………
溜息を吐きながらコーヒーを手にするもまだ熱い。無言でチャーリー君はマグカップを降ろした。
そしてもう一度溜息を吐いたチャーリー君は、ふと机の上に”あの時のカタログ”が置いてあるのを目にやる。
「これさえ無ければ僕もこんな目に遭わなくて済んだのに………」
自分のやったことを棚に上げて憤るチャーリー君。報酬にM99オウルライフルまで貰っておいてその台詞は無いだろう、と当の王子が居れば呟いた台詞であろう。
そんな中、カタログの違和感に気づくチャーリー君。
何か紙が挟まっていたのだ。
「なんだこれ?」
カタログに突っ込んであった紙を抜き取ると、それは一枚の手紙だった。筆跡を見るにどうやら王子が書いたようである。とりあえず、なんの気なしに手紙を読んでみることにした。
―前略チャーリー君へ―
これを読んでいるということは僕は王城を抜け出している頃だと思う………
というのは嘘で、抜け出した後におまえン家に押し入ってこれ書いてんだけどね。
いや~、いつ来てもおまえン家って居心地良いよな~。ウチなんかあのクソババアのせいでいつも生きた心地が――中略――
とにかく、俺はネグラで装備を整えたら当ての無い旅に出るつもりだ。
まぁ、一応国外逃亡(と言っても隣国のベオグラントだがな)を考えてるから準備に時間が掛かるのが難点だが………
とりあえず、俺が居なくなって風当たりが台風並みに強くなると思うが強く生きろよ!!あっはっはっはー!
byあなたのイケメン王子より
「あのクソッタレがぁぁぁぁぁーっ!!」
絶叫しながら、目の前の紙をビリビリにぶっ裂いた。
さながらどこぞの殺人鬼のような形相で紙を破くその姿は、とてもじゃないが人に見せられたもんじゃない。
「ふざけんのも大概にしろあのボケェェェェェェっ!!
そして怒りの勢いが収まらないまま、ハンマー投げの選手もかくやという見事な振りかぶりを持ってして目の前の机を思いっきりぶん殴った。
ドンッ!
「あぃったぁぁぁぁぁっ!!」
拳を木製の机に強打させたチャーリー君は、あまりの激痛に絶叫を上げた。
しかしそんなチャーリー君に更なる不幸が舞い降りる。
チャーリー君の一撃によって宙に浮いたマグカップが、勢い余ってチャーリー君の股間に降り掛かかったのだ。
「あぐぉうっ!!!」
意味不明なくぐもった声を上げると、そのまま悶え苦しむ。何せマグカップに入っているコーヒーの温度は猫舌が飲めないほどの高温だったのだ。
「……………ッ!!」
一通り悶えた後、怒り心頭のチャーリー君は紙に書いてあった”ねぐら”に急いで向かう。
王子の手紙を見るに、書かれたのは居なくなってまもなくなのだろう。(勝手に人の部屋に不法侵入をするな!と後のチャーリーは語った)
運が良ければ”ねぐら”に乗り込んで捕まえられるかもしれない。しかしその千載一遇のチャンスをものにする為には可及的すみやかにねぐらに向かわなければならないのだ。
――――――――――
”ねぐら”というのは王子が使っている隠れ家の事である。放蕩王子の名前は伊達ではなく、用意周到にも追っ手を振り切ったり、秘密裏に冒険の準備をする為に用意した建物だ。ここからだと少しばかり距離があるので辻馬車を捕まえてからねぐらに向かうことにしたチャーリー君。
「見つけたら絶対にシルヴィア様に突き出してやる………」
ギラギラした目で360度あらゆる方向に目を血走らせながら辻馬車を探すが、その後3分経っても1台も捕まらない。
業を煮やしたチャーリー君は通りの真ん中まで行って馬車を停めようとするが、通りかかった馬車は2台続けて彼を無視。運転手はがっくりしている彼のズボンを見てギョッとしていた。
仕方なく彼が通りの真ん中から舗道へ戻ったとき、初老の男が辻馬車を乗り付けるのを見つける。チャーリー君はめんくらっている初老の男を尻目に抗議の声もなんのその。辻馬車のシートに転がり込んで王子の”ねぐら”付近の住所を金切り声で告げた。
5分ほど馬車が走ったところでチャーリー君は叫んだ。
「なんで止まるの?」
「止まんねーと前の馬車に突っ込んじまうからですよ」
鼻白む運転手の睨む先を見れば、王都名物”渋滞”が始まっていた。しかも誰も舗道を規制などしない無法地帯となっているので好き勝手に歩を進めてはどん詰まりになるという光景が繰り広げられ、それがまた渋滞に拍車を掛けていた。
「この通りを抜ける近道を知ってるんだ」
チャーリー君はシートから身を乗り出しながら運転手に言った。
「どいつもこいつもみんな近道を知ってるから、近道が近道にならないんだよ、お客さん………剣なんぞ持ってないだろうが、あんまり俺に近寄るんじゃねぇ」
運転手はチャーリー君の濡れそぼった股間を見ながらそう言った。
「剣なんてとんでもない。脅かしっこなしにしましょうよ。こっちは至って大人しい人間だけど、いまちょっと急いでるだけなんだから」
「どうやらお客さん”急いで”ズボンにやっちまったようだな。もう一回”急ぐ”ようなら、さっさと降りてもらいてぇな」
「ち、ちがうって!!これはコーヒーなんです!コーヒーを零したんですよ!!これには訳があって……いえ、いいんです。何もかもグロテスクで信じられないようなことばかり最近起きるものですから」
「………アンタみたいなのを乗せる日が訪れるなんて、本当にグロテスクで信じられないよ。まったく、シート汚れたら保険きくのかね」
溜息を吐きながら曲芸のように渋滞を抜け出していく運転手。その手腕に安心しながらチャーリー君は運転手に告げる。
「凄い腕前だね。この調子ならすぐに着くかも。とにかく、可及的すみやかに頼むよ」
安心した様子のチャーリー君の発言に運転手は鼻白んだ。
「ちょっとお客さん、ウチだって決まりがあるんだよ。
その決まりってのはね………乗客に害意がなく、また暴言を吐いたり不衛生な外見をしていないかぎり、告げられた目的地まで乗せていかなきゃならないことになってんだ。ところがどっこい、お客さんの場合は、右の三点において限りなく失格に近いからね。あっしに言わせりゃ三点完備だ。あんまり図に乗んないほうが良いよ。この状況であっしより早くあんたを目的地に運んで馬車から放り出したいと思っている人間はいねえんだから」
5分後。
ようやく、やっとのことで辻馬車が目的地に着いた。チャーリー君は告げられた料金にたっぷりチップを添えて運転手に渡す。
運転手は「………小便付いてねぇだろうな」と小声で呟いていたが、チャーリー君には聞こえなかったようだ。
そして弾丸のように”ねぐら”へと突っ込んでいったが、どうやら遅かったようでもぬけの殻だった。
「くそおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
今度こそ逃がさんぞ王子ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
金切り声を上げてねぐらを抜け出したチャーリー君は王城へ王子の居場所を密告しようと先ほど乗った辻馬車を探す。そこでチャーリー君が見たものとは、凄い勢いで去っていく辻馬車の姿だけだった。