閑話~宰相の憂鬱~ ―三人称視点+宰相視点―
アルメリア王国宰相にして実質この国のナンバー2(王妃を除く)であるギニアス・ヴァン・エルガーは現在自分の執務室の机で頭を抱えていた。
彼が頭を抱えるその理由とは何であろうか?
それは行方不明中であった王子が武道大会にて捕縛されたという捕物劇から物語が始まる。
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当時、武道大会前から2週間ほど行方知れずになっていた放蕩王子ことエドワード王子をようやく捕縛することが出来て私は酷く安堵していた。
というのも、エドワード・フォン・アルメリア・シュバリエは子供の頃からヤンチャが目に余っていた。いや、ヤンチャなんて可愛いレベルではない!
まさに私にとって悪夢のような存在だった。あの賢王から生まれたとは思えないほどの破天荒な行動を取るのは当たり前。毎度毎度王子が何かをしでかす度に私は頭を下げたし、尻拭いもした。そして、そんな私をあざ笑うかのようにあの悪ガキ王子は年齢を重ねるごとに狡賢く狡猾になっていった。例えば大抵は未遂で済ませていた脱走劇を、時には我々の包囲を掻い潜るように成功させるようになったというのだから腹立たしい事この上ない。
そして今回。2週間もの長期に渡って市井に潜伏を果たし、王家の”尊き血筋”であろうお方が、武道大会などという下々が参加する血なまぐさい大会の出場を申請し、それをみすみす逃してしまうという今だかつて無い失態を犯してしまった。
だが、甚大なる被害の末に王子を捕縛することが出来たのでこれ以上の代償を払う必要が無くなった。
昔から苦労し続けていた苦労が報われたかのように感じられる瞬間であった。つかの間の安心ではあるが、これは貴重な時間だ。この機会を決して逃してはならない。
現在、王子はシルヴィア様(この国の王妃。王子の母親)に拷………ではなく、お叱りを受けている。もはや3日目に突入しているシルヴィア様の長い長いお叱りが終わったら、間髪入れずに私自らが王子に対し教育的指導を行おうと思う。この機会に王家の血筋がどれほど尊きものなのか、そしてそれに伴う使命と責任について”じっくりと”お話せねばならんようだ。
―ドンドンドン!―
「失礼しますっ!」
騒々しい音と共に弾丸のようなスピードで部屋に入ってきたのは、エドワード王子の秘書「チャーリー・ヴェラチーニ」だった。
彼はもともと今期武道大会の運営委員長「サミュエル・キャスパー」の秘書であった。しかし、武道大会にて捕縛された王子がシルヴィア様の拷も………ではなく”お叱り”を受け、耐え切れなくなった王子が存在を希薄にさせる”イヤリング”なるものの存在と出所、そしてどうやって知ったのかを洗いざらい喋ったことによりそれを知ったシルヴィア王妃が激怒。あわやこのチャーリーという男は極刑に処せられる寸前まで追い詰められた。
しかしそれを知ったエドワード王子が必死に頭を下げてシルヴィア王妃の怒りを抑え、自分の秘書にしたのだ。
とはいえ、別に誰も庇わなかったとしても王子が語ったとされる”イヤリング”なるものの存在が何故か綺麗さっぱり”消えて”しまったために証拠不十分で刑に処せられることはなかっただろう。
………しかし、哀れな男だ。証拠が無いとはいえ、シルヴィア様に目を付けられた時点で出世の道どころかどこにも雇って貰えない状況になってしまったなんて。
そうで無ければ、こんな誰もやりたがらないアホ王子(失礼)の秘書(尻拭い役)なんてやらないだろう………あれ?何だか、彼とは友達になれそうな気がする。
「何ですか、騒々しい。ここは王家の方々が居られる居城なのですから、あまり妙な動きをされると困りますよ」
「す、すみませんっ!でも、どうしても伝えなきゃならないことがあってっ!」
酷く狼狽した様子で語るチャーリー君の様子を見て、私の中の第六感が働く。
「……………王子絡みですか?」
「その通りですっ!!」
間髪いれずに帰ってきた台詞に私は頭を抱えた。
「…………これまでに王子のやってきた破天荒の数ときたら、市販されている百科事典じゃまにあわないくらい多いでしょう。でも、きみが今現在話そうとしてるその”最新版”というやつは、幸いにして私はまだ知らないようだ………本当の本当に神に誓っても良いくらい本気で”嫌”なのだが…………覚悟してうかがいましょうか」
………今度は一体何をやらかしたというのだろう。5年前のように料理を作りたいだとかホザいて調理場を火の海にでもしたのだろうか。それとも3年前のように王城の水源から水を制御する術式を勝手に弄り倒して、王城の1Fの全フロアを水浸しにでもしたのだろうか。
それとも――――――――
「王子がまた脱走しましたっ!」
『あのクソガキがァァァァァァァァァァァァッ!!』
その日、宰相の悲哀が籠もった叫び声は王都中に響き渡ったそうな。