キーロフの村へ
王都の職人街を見てきた翌日。武道大会参加という当初の目的を果たしたので、俺達はとっととキーロフの村に帰ることにした。
という訳で思い立ったが吉日。さっそく801号室の鍵を返して(妙な威圧感のある数字であった)すぐに帰ることをカレンさんに伝える。
「何だか寂しくなるわね………お姉さん泣いちゃうわ、ぐすん」
「まぁ、いずれまたこっちに来る事もあるでしょう。その時にでも泊まらせて貰いますよ」
「えぇ!勿論、こっちに来たら是非ともまた泊まらせて下さいね!」
カレンさんの本性を知らないキースは勢い良く頷く。そんな様子を見て案の定、カレンさん腐った突っ込みを放つ。
「あらあらあらッ!やっぱり『801号室』は”良かった”かしら!?
ベッドもちゃんとキングサイズだったし、二人の”仲”ももっと良くなったんじゃない?その上、防音魔術も施されてるから”ナニ”をしたって―――――」
「ストォォォォォォォッップ!!」
キースが顔全体で「?」を表現している中、俺はそれ以上言わせないために大声で遮った。
「とにかく鍵も返したし帰りますっ!!
それじゃお元気でーっ!!」
俺は未だに?マークを出しているキースの襟首を掴むと脱兎の如く外へと飛び出した。
「あらあら………あんまり仲が良いとお姉さん妬けちゃうナ☆」
何か後ろの方でボソっと聞こえたような気がしたが、気にせずに王都を後にした。
―――――――――――
朝っぱらから相変わらずドタバタしていたが、カレンさんに見送られて王都から外へと通じる門を潜る。
色々ありすぎて随分と道草をくったような気がするが、実際に王都に居たのは”たったの数日間”だ。それなのに『一年間』もの間を王都で過ごしたような気がしてならない。
その上、色々と厄介ごとの種を自分で蒔いてしまったような気がするのだ………不吉すぎる。
「………やっぱり、何か起きる前にとっとと帰るに限るね」
そう静かに一人ごちながら少ない荷物を背負ってキーロフの村を目指す。俺のすぐ後ろにはあの忌まわしい呪いの斧を筆頭に、剣だの盾だのを背中のリュックサックにこれでもかというくらい詰め込んだキースが黙々と歩いていた………ついでに、キースが背負うリュックサックの口からウサギネコ君が飛び出している。
あれやっぱり持ち帰るのか………いや、多分アイツの事だ。好きで持ち帰る訳じゃないのだろう。多分ヤケクソになって意地でも持って帰ろうとしてるんだな。武道大会の賞品だとはいえ、バカな奴だ。
それに対して、俺は5000万ゴールドもの大金を手に入れる事に成功した。王都に行って”唯一”の”良い事”だろう。
降って沸いたような泡銭だが使い道はもう決めてある。
今まで『ギルド』で稼いだ金と優勝賞金を使って、俺は自分だけの鍛冶工房を作る予定だ。これまでは親父の工房で親父の施設を使って鍛冶をしていたが、やはり一国一城の主として店を構えて鍛冶屋を営みたいという夢がある。
そんな夢がひょんなことから叶っちまうなんて思わなかった。人生何が起きるか分かったもんじゃないな。
と、まぁ、そんな風に俺が一人で考え事をしている最中、ずっとキースが黙って俺の後ろに付いて来ている。
別におかしいことではないかもしれないが、あの小五月蝿いキースがずっと黙っているなんてことはあるのだろうか?
答えは否である。
それじゃ何でずっと黙っているのかというと、勿論理由がある。
答えは至ってシンプルで、ただ単に背中に背負った荷物が重すぎて喋る元気すらないだけなのだ。自業自得。同情の余地も無い上に、背負ってやる義理もない。
しかも理由はそれだけではなく、あの後(ギルドでキースが放心していた時)いつの間にか立ち直ったキースは、王都で手に入る珍しい道具(回復薬を筆頭とした冒険に必要な雑貨)を一日掛けて考えなしに沢山買い揃えたのだ。
言うまでもないが、もはやそれが決定打となって自分が持ってきた武具と相まると相当な重量となってしまったのだ。もちろんそんな物を誰が背負うかって、キース自身で背負うしかない。行きは何かと話しかけてきたりしていたが(全部無視)今回ばかりは一切の口も聞かずに黙々と歩いている。顔面を白黒させながら。
「五月蝿いのが喋らないと快適だなー、はっはっはー」
「…………」
なにやらキースがジト目で睨んできたが、なぁに構うこともない。
キースの背中から見え隠れするウサギネコ君も、何か言いたげにゆっさゆっさと歩調に合わせて揺れているがそんなの知ったこっちゃ無い。
「いやー、5000万ゴールドなんて大金も手に入ったうえに、あの『厄介な領主様』の儀理も果たせたっ!もう俺を縛るモノは何も無いっ!!俺は自由だーっ!!はっはぁーっ!!」
「…………………」
何か言いたげな視線を感じるがそんなの虫………いや、無視だ無視。
俺はキースを置いていくスピードでスキップしながらキーロフの村へと帰っていった。
あの後キースが密かに「………領主に絶対目ぇ付けられるなアイツ」と呟いたそうだが、ジェラルドの耳に届くことは決して無かったという。