決勝戦当日その2-三人称視点-
「絶対にバレない変装道具って無いかな?」
陽光が燦燦と煌く真昼間、大会運営委員長サミュエル・キャスパーの秘書として働くチャーリー君は2週間とちょっと前に”そのような”不思議な事を問われたことがある。
彼は自宅のテラスで優雅に紅茶を飲みながら、目の前の人物と話をしていた。その人物はというと、金髪碧眼のまるで絵に描いたようなイケメン野郎で、言うなれば男の敵と呼ばれるような面構えをしている。そしてついでに言うなれば、この国の第一王子という肩書も持っていた。
「………質問の意図が見えないんだけど」
後に、そのとき紅茶を噴出さなかった事をほめて欲しいと友人に語ったチャーリー君は、かろうじて動揺を最小限に抑えながら質問の真意を探る。
「そのままの意味だけど?」
対して、目の前の男は飄々とした態度で答えをはぐらかした。
その様子にチャーリー君は溜息を吐くと、紅茶のカップを弄りながら忠告する。
「………また逃げ出したらシルヴィア様に怒られるよ」
「まったく………それはもう聞き飽きたよ。それでなくたって、あの人はもう何年も前から同じ言葉を口にしてるからね」
今度は目の前の男が嘆息をした。
シルヴィアという名前は、この国の王の第一夫人………俗にいう正妃というやつで、目の前に鎮座しましたるこの金髪野郎の母親でもある。
「それにだ。」
目の前の王子は言葉を続ける。
「恐らく美容師に髪をセットしてもらうたびに東方から取り寄せた”へあどらいあー”とかいうものに掛かってるもんだから、温風で脳みそが干からびてしまったんだよ………ところで君、僕がこんなこと言ったなんて秘密だよ」
そんな事を言いながら悪びれた様子も無くニヘラっと笑う。
「言える訳ないじゃないですかっ!!
不敬罪でくびり殺されてしまいますよっ!!何を馬鹿な事をっ!!」
突然の第一夫人への暴言に、目を白黒させながら反論するチャーリー君。
「ははは
”くびり殺す”だなんて随分と洒落た言葉を使うじゃないか。
まぁ、でも実際、本当に彼女ならやりかねないけどね~」
「それ、全然洒落になってないですよ………」
諦めの境地一歩手前の表情で嘆息するチャーリー君を尻目に、暫く笑いながら話を続ける。
「いやいや。これは至極真面目な質問だよ、チャーリー君。君を友人と見込んで聞いているんじゃないか」
「はぁ………そうなのですか」
「そうだよ、チャーリー君。自分で言うのもナンだけど、この国の第一王子の口から友人と見込んで、なんて早々聞ける台詞じゃないと思うよ、正直な話さ」
「………確かにそれは自分で言う台詞ではありませんよね」
「いや、僕が言いたいのはソコじゃないんだけど………」
そう言って気まずそうに紅茶を啜りながら場の空気を濁した。
「まぁ、ぶっちゃけて話を元に戻すと、やはり僕には自由があまり無いと思うんだ。うん。だから変装道具なんてあったらものすごーく便利だなーなんて思う訳さ。だから良いのがあったら教えてくれよ~」
「ダメです。そんな物教えたらまた逃げ出すでしょう?
そもそもアナタが逃げ出さないなんて、ジャガイモがベリーダンスを踊りながら喋り出すくらいありえないじゃないですか」
「………君も大概失礼なことを言えるんだね」
「何の話ですか?」
「自覚無しかよ………」
「はい?」
「…………………いや、なんでもないよ。うん。
まぁ、とりあえずそんなことよりも、それなら取引しようじゃないか」
そう言うと王子はどこから取り出したのか、見るからにゴテゴテしい金ぴかのカタログをテーブルに広げる。
「もし教えてくれたら、このカタログに書いてある物を一つ、報酬として差し出そうじゃないか」
そう言って王子は、ある項目の所を指差す。そこには様々な武器がかかれており、その中の『魔道銃』と書かれた項目の上に王子の指は乗っていた。
「こ………これは………ナイツ&プリンセス社の『M99オウルライフル』じゃないですかっ!!」
ただ単に王子は魔導銃の項目だけを指差していたのだが、目ざといチャーリー君は自分が一番欲しいと思ってたやつを宛ら野生動物のような勘と素早さで瞬時にロックオンし、カタログに目を奪われた。
簡単に言うなれば、魔道銃というのは魔法使いが使う「杖」のようなものである。杖を用いた魔力運用では様々な現象を引き起こせるのに対し、魔道銃は銃身から魔導エネルギーを放ち攻撃することしかできない。
しかし杖と根本的に違うのは、魔導銃の構造………つまり用途の差異なのである。
例えば魔力が100あるとして、杖を介してファイアーボールやらアイスボルトやらを放った場合、威力はそのものずばり100である。
対して魔導銃に100の魔力を込めて放った場合、威力は150にもなるのである。
つまり、杖のように火・水・風・土の属性を用途によってその都度その都度変更し使役するといった器用なことは出来ないが、魔導銃をぶっ放つことで自らの込めた魔力よりも大きな現象を引き起こすことが可能なのである。
しかし魔導銃には、それ以外にも大きな特徴があった。それは使い手を選ぶ武器だったのだ。万人が万人使えるという代物ではなく、良く言えば玄人好みの武器であった。
ただ単に魔力を込めただけでは発動すらせず、ある種の”コツ”というものが必要だった。
そんな訳で戦争で専ら使われるのは魔法使いなら誰でも使える杖が相も変わらず主力として使われ、魔導銃はついぞ開発されてから日の目をみることはあまり無かったのだ。
話を戻すが、元々チャーリーという男は一般的な娯楽やら趣味といったものはあまり持ち合わせておらず、何とも面白みの無い男であった。
そんな彼を変えたのが学生時代に出会った魔導銃というやつだ。
出会った時の衝撃は未だに昨日のことのように思い出せると友人に語ったチャーリー君。今では大小様々な魔導銃の大会を総なめにし、王都で5本の指に入る狙撃主として一部熱狂的なマニアの羨望を受けている。しかし、扱う難易度が高すぎて滅多に日の目を拝めない魔導銃という特技である上に、更に彼自身がとんでもなく地味過ぎるというダブルパンチの憂き目に遭っている為、彼の特技はあまり公には知られていない。
「こ、こっちはサイレントライン社製の『A-10(エーテン)式突撃銃』っ!!
こ、これはっ!王都特殊部隊、SF標準装備の『スコーピオンライフル』じゃないですかぁーっ!!うっひょーっ!」
狂喜乱舞するチャーリー君の姿を見て絶句する金髪野郎。
「………よ、よく分からないけど、とにかくだ。情報をくれたら報酬として一つ渡そう。」
そう言って王子はカタログのページを指先でトントンと弾いた。
一方、目の前に居るチャーリー君はというと物凄い百面相をしていた。というのも、彼の心の中では天使(理性)と悪魔(本能)が意識をもたげていたからだ。
悪魔チャーリー君「おいおいおい、これは千載一遇のチャンスじゃないか~。あんな馬鹿高い上にレア中のレア揃いの魔導銃なんて、早々手に入る機会なんぞ巡って来ないぞ………迷うことは無い、話してしまえっ!!」
悪魔チャーリー君はそういってニタリと(脳内妄想の中で)笑った。そして、それに負けじともう一方のチャーリー君が口を挟む。
天使チャーリー君「これはきっと神が与えてくれた試練に違いありませんっ!迷うことは無いのです………さっさと話してしまいなさいっ!!あのナイツ&プリンセス社のM99オウルライフルですよっ!?あんなレア物、悪魔が言ったように早々出回るモンじゃありませんっ!!
なぁに、王子は『情報を話せ』って言っただけであって、物を渡せなんて一言も言ってませんから何も面倒な事は起こらないどころか、元でやリスクすらタダ同然みたいなモンじゃないですかっ!!そうと決まったら話は早いですよっ!!そ~れ、さっさと話しておしまいなさ~い。ホレホレ~」
「分かりました、王子。情報を言いますから、きっちりしっかり確実にM99オウルライフルを下さい。」
いきなり立ち直りキリっとした静観な表情になりながら戯言を吐くチャーリー君。言ってることは最悪である。
「………自分から持ちかけておいてコレを言うのも何なのだけれども、君って相当良い性格をしてるんだね………」
「?何の話ですか?」
「………いや、もう良い。なんでも無い」
はぁ、と溜息を吐く王子。
それを尻目にチャーリー君は説明を開始する。
「変装の道具ってわけではありませんが、古代遺跡から発掘されたアーティファクト(古代宝具)の中に強烈な認識阻害魔法を掛けるイヤリングが発見されました。このアーティファクトはとても力が強い物で、それさえつければ変装していなくても誰にも王子だとバレずに行動することすら可能にしてしまう代物です。まぁ、そんな訳で、そんな犯罪に使われそうなアイテムだと判明した時点で、ウチのボス(サミュエル・キャスパー)が自宅の地下金庫に厳重保管することになったので使わせてもらうことは出来ないでしょうね」
そう言って言葉を区切ったチャーリー君。対して、王子は満足そうに何度も頷きながら良い情報が聞けたと上機嫌になって帰って行った。
その数日後、チャーリー君の自宅にM99オウルライフルが届けられ、その翌日サミュエル邸に謎の賊が入り込みアーティファクトの一部が盗まれるという事件が発生したが、それはまた別の話であると思い込むことにしたチャーリー君なのであった。




