武道大会三日目―三人称視点―
はじめに
この物語はフィクションであり、実在の登場人物・団体・その他諸々とは一切関係がございません。
―――本戦開始2日目(予選も入れると三日目)から遡ること数十分前―――
大会運営委員会の委員長を務めるサミュエル・キャスパー(58歳)は、禿げ上がった頭が更に薄くなるような状況に追い込まれていた。
曰く『由々しき事態』の渦中にあり、そこから抜け出す為の”ピース”すら未だに見つかっていない。絶対絶命、もはや打つ手無し………そんな不吉な単語が頭をよぎる。
「どうしたら良いんだ………」
がっくりと机に項垂れながら、頭をがりがりと掻き毟る。数本の”貴重な”髪がパラパラと宙を舞ったが、今の彼にとってそんなことは知ったこっちゃなかった。
「委員長っ!」
―バタンと、勢いよく開かれた扉からは鉄砲玉よろしく秘書のチャーリー君が入ってきた。
「事務官から大変な事態になったと聞いて飛んできましたが、何が起こってるんですかっ!?詳しくは委員長の方からって言われたので来ましたが、もうすぐ試合が始まってしまいますよっ!」
入ってくるなり、大音量で耳めがけてダイレクトアタック………もとい、まくし立ててきた。
「ぐあっ!!耳が痛いっ!!
少し声を抑えんかっ!ばか者がっ!!」
「す、すいません、失礼しました」
未だに耳鳴りのする耳を無理やり無視しつつ、委員長は本題に入る。
「さっきの質問だが………君が聞いたという事務官の言うとおり、極めて”大変な事態”になっていると最初に言っておこう。その上、試合が始まるまでの貴重な時間を使って、今までの対戦者カードを見直しするハメになるだろう………抽象的すぎて分かり難い言い方をしたが、なあに、すぐに君にも分かるよ。
我々がどういうクソ壷に足を突っ込んじまったのかってのがね」
「………そんなに酷い状況なのですか?」
普段は汚い言葉を吐かない委員長からそんな言葉を聞かされた秘書のチャーリー君は、事の重大さが予想よりも大きかったのだと悟った。
「時に『砂漠の狼』という団体は知っているだろうか?」
「はぁ、はい。知っていますよ。いつも大会出場者の半数はそこの団員ですからね。私といわずに市民であれば皆知っていると思いますが?」
何を言うんだとばかりにチャーリー君は委員長を胡散臭い顔で見つめる。しかしチャーリー君よ。話はまだ終わっていないのだよ。
「その『砂漠の狼』なんだが………『ある事件』により、全員出たくても出れない状況になった」
「なっ!!!!」
チャーリー君は絶句した。
『砂漠の狼』という団体は、かつてこの国一番の冒険者が作ったといわれる歴史も実力もある戦闘集団なのである。
冒険者ギルドで一番の団体をあげれば常に開口一番に名を上げられるほどの実力を持ち、これといって依頼者と大きな揉め事を起こしたことも無い。しかも請け負った依頼は100%成功させるという逸話すらあるのだ。
「今期大会の半数以上を占める予選突破者は知ってのとおり『砂漠の狼』の団員達だ。そいつらが全員出ないなんてことになったら………君、どうしたら良いと思う?」
「っ!!
なんという事でしょうっ!!信じられません………」
言うなり固まってしまったチャーリー君。
「それは私の台詞だよチャーリー君っ!!
予選突破者の半数が棄権だなんて武道大会始まって以来、一度も起こったことがないんだよっ!!
そんな不名誉な事態が、”私の代”の時にあってたまるかってんだチクショウめがっ!!」
委員長はゆでダコのように顔を真っ赤にしながらチャーリー君に怒鳴った。
「ひっ!
そ、それはそうなのですが、そもそもなぜ”彼ら”は事件なんて起こしたのでしょうか?」
これ以上怒鳴られてはたまらないと、チャーリー君は話をそらすことにした。その言葉を聞いた委員長は訝しげな表情へと変わる。
「チャーリー君………私は彼らが『ある事件により出れなくなった』と言ったのであって、何かしでかしたなどと言った覚えは無い。彼らは荒事が専門とはいえ、カリスマの塊のようなリーダーによってどこぞの軍隊並に統率されている。
ゆえに、そんな集団が事件など起こすわけが無かろうがっ!!
驚くことにだ………彼らは事件に巻き込まれた挙句に『被害者』として出れなくなってしまったのだよっ!」
「被害者ですってっ!?」
またもや信じられない事を言われたチャーリー君は再びその場で固まってしまった。
戦闘において最強の集団が、事件に巻き込まれて全員が大会に出れなくなる………そんな悪夢のような事態が起こりえるのだろうか?
「本戦初日が終わった夜の事だ………彼らは”とある”飲食店で祝杯を挙げていたそうだ。
その店は安さと高級感が売りの、首都で人気のチェーン店だ。テーブルには担当スタッフが付き、とても安さがウリの店とは思えないような心配りまでしている………そんな店だから何かにつけて彼らは、その店を利用していたらしい」
「…?はぁ、そうなのですか」
チャーリー君は小首を傾げる。
彼はあまり外食をする方ではないからその店のことは詳しく知らないが、人気の店に行くこと自体は悪いことじゃないと思う。それがなぜ”事件”に繋がるのだろうか?
「そしてこれが本題なのだが、彼らはその店に行くと必ずといって良いほど、ある物をオーダーするそうだ。
その料理の名前は忘れてしまったが、何でも牛肉を熱処理せずに作られる料理らしい………まぁ、簡単に言うと”生肉料理”だ」
生肉………この単語を聞いた聡明なるチャーリー君には思い当たる節があった。そして、その自分の予想に顔面を蒼白にさせた。
「まさか………食中毒っ!!」
「イグザクトリー(そのとおりでございます)」
「ノォォォォォォォォォォォォォっ!!」
チャーリー君の悲鳴が部屋に木霊した。
―――そして現在―――
「レディィィィィス エェェンド ジェントルメンッ!!
今日もこの時間がやってまいりましたっ!!武道大会、本戦2日目を開催致しますっ!!
――――っと、その前に
大会を始めるに当たって、皆様にご報告しなければならない事があります。
『砂漠の狼』に所属している出場者全員が食中毒に見舞われた為、大会に出場をすることが困難となりました。したがって大幅な対戦カードの見直しがありましたことをご報告申し上げます。」
レフェリーが放った爆弾は一気に会場全体を包み込んだ。
ある者は困惑し、ある者は期待を外され怒り狂った。そしてある者は他ギルドからの陰謀だと仄めかし、またある者は純粋に団員達の心配をしていた。
そんなカオスな状況を悟ったレフェリーはすぐに言葉を続ける。
「なお、対戦カードの見直しにより本戦第一試合の予定を繰り上げ、本戦2日目改め、準決勝戦とさせて頂きます。それでは選手達の入場ですっ!!」
更なる爆弾を放ったレフェリーは、どさくさに紛れて選手達を入場させる。困惑と熱狂が渦巻く中、武神の間からリングへと上がったのは、我らが主人公『ジェラルド・マクラレン』。
対して戦神の間より現れたのは、腰にこれでもかという位の武具を身に着けた『キース・ロワイヤル』。会場に着くと、二人は同じような顔でお互いを見つめていた。
そして暫し無言で見つめ合った後、タイミングよく同時に同じ台詞を叫んだという。
『どうしてこうなったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』