サイコ野郎と炎の魔術―キース視点―
ジェラルドと別れてAブロックの控室に入る。
辺りを見渡すと、予選の時には無かった椅子が設置されているのを見つけた。流石に予選では人数が多すぎて用意しきれなかったのだろう。何にせよ、以前のようにずっと立ちっぱなしで待たなきゃならんハメになるよりずっと高待遇だ。
「はぁ~………アイツには領主様から依頼されたっていう自覚はあるのだろうか」
先ほど別れたばかりのジェラルドの愚痴を言う。
あいつは剣の才能があるくせに、よりにもよって一番才能のない鍛冶で一番になろうとしている。例えるなら、目の前に舗装された道があるというのに、わざわざ今にも崩れそうな吊り橋を渡るような真似をしているのだ。いや、吊り橋ならまだ良い。アイツの才能の無さは下から数えてトップだと言っても過言ではないだろう。吊り橋どころか、その崖には橋すら掛かって無いんじゃないだろうか………アレ?
そういえば、身近にそんな奴が居るような気がしたんだが………思いつかないから、きっと気のせいだな。
そんな事を考えていると、チラっと見覚えのあるローブを見たような気がした。本当にチラっとしか見ていないので何とも言えないが、何か凄くいや~な予感がする。
「キーロフの村代表のキースさんですか?そろそろ準備は宜しいですか?」
おっと、そろそろ出番のようだ。俺はいそいそと武器を用意すると武神の間まで案内された。
――――――――――――――――
「レディィィィィィィス・エェェンド・ジェントルメンッ!
お待たせ致しましたッ!!本戦第11試合目を開始致しますッ!!」
レフェリーの音声魔法で拡大された声が場内に響き渡る。そして、それにも負けないような声量の歓声が一気に押し寄せてきた。
………あれ、何か急にお腹が痛くなってきたな………
「武神の間より………キーロフの村領主様より推薦を受けたキース・ロワイヤル選手ッ!」
言うや否や、再び湧き上がる凄まじい歓声。その大きさに比例してお腹もキリキリと痛みを主張しはじめてきた。
「対して、戦神の間より………Dブロック予選突破を果たしましたダニエル・ワイズマン選手ッ!」
そう紹介されて、四方からの大歓声と共にリング中央に現れたのは―――
「またお会いしましたね………名もなき草よっ!!」
くわっと目を見開いた紫色のローブを纏った魔術師だった!!
「げえぇぇぇぇぇぇっ!!お前、あの時のサイコ野郎っ!!」
「誰がサイコですかっ!!絶対に許しませんっ!!」
まだレフェリーが試合を開始させてないのにも関わらず、既に臨戦態勢を取っている。
「キース選手はシード選手でありますが、一度今大会の予選を(手違いにより)戦っておりますっ!!その時の対戦者が、戦神の間より現れましたダニエル選手でしたっ!!
これは運命の組み合わせなのでしょうかっ!!わたくし、ワクワクが止まりませんっ!!
えぇ、分かっておりますっ!!皆さんも待ちきれないでしょうっ!!それでは試合開始ですっ!!」
予選の時と同じように、鈍い鐘の音が鳴る。試合は開始されたようだ。
「さぁっ 今こそ借りを返しますっ!!名もなき草よっ!!消し炭にして差し上げましょうっ!!」
セリフの途中から既に飛んできていた幾つもの炎の魔術をよけながら、対抗手段を考える。
今回持ってきた武器はロングソードと前回も持ってきた手斧、そして盾だ。前回の予選では多人数が入り乱れる事を予想して防御よりも身軽さを重視して置いてきたが、今回はタイマン勝負ということでわざわざ持ってきたのである。
「そんな盾など構えたところで無駄ですっ!これでも喰らいなさいっ!」
相変わらず狂ったように炎の魔術を乱発させながら、トドメと言わんばかりに大きな火球を投げつけてきやがったっ!!
俺は盾を前に突き出しながら、火球に向かって突っ込んでいく。
「はははははっ!!気でも狂ったのですかっ!!
良いでしょうっ!!そのまま燃え尽きてしまいなさいっ!!」
狂ってるのはお前だろうと心の中で突っ込みを入れながら盾で火球にぶち当たる。当たった瞬間に凄まじい衝撃を受けたのでとっさに両手で防ぎ、何とか耐えきって火球を打ち消した。
「なっ!!!バカなっ!!………魔法を打ち消す盾だとっ!?」
目の前のサイコ野郎は心底驚いたように顎が外れるんじゃないかって位のバカ面をさらしていた。ふふん、俺の鍛冶の腕を舐めてもらっちゃ困るな。
「どりゃああああああああああああっ!!」
魔術師の動きが止まった隙をついて一気に間合いを詰める。そして右手に持っていたロングソードを…………ロングソードを………アレ?
一気に間合いを詰めてみたものの、右手にあるべきロングソードが見当たらないことに気づく。
「あれ?何で無いんだろ………」
冷や汗が背中を伝う。
「あれ?そういえば………火球を盾で防いだとき両手を………使って………あああああああっ!!!」
思い出したっ!!衝撃が大きすぎて左手だけじゃ手におえないと判断した俺は、右手のロングソードを手放して両手で防いだのだっ!!
「やべぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
目の前のサイコ野郎は俺が間合いを詰めてきた事に気づき、ワタワタと焦りながら体制を整えようとしている。もし、相手の準備が整ってしまったら一貫の終わりだ。このまま間合いを詰めて何とか倒すしかない!
「クソっ!こうなったら素手でぶん殴って………んん?」
そのまま間合いを詰めつつ、次の手を考えていると腰に違和感を感じる。視線は相手を見つめながら、腰の辺りを探ると一本の手斧を発見する。これだっ!!俺は腰に差してあった手斧を引き抜く。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!」
未だにワタワタと焦っているサイコ野郎に目標を定め、俺は右手に持った手斧で切り掛かろうとした………のだが
「のわっ!!!」
―こけた―
その瞬間、俺の手元から離れた手斧は、前回同様にこけた勢いだけでは出せないような信じられないスピードで再び魔術師の脳天に直撃し、それを喰らった魔術師はそのまま昏倒した。前回は余裕が無くて見ることが出来なかったが、今回は柄の部分がサイコ野郎の脳天に当たったのを目撃した。
場内がどよめきで溢れかえり、倒れたサイコ野郎に向かってレフェリーがカウントを数える。
そして10カウントを数え終えた瞬間、凄まじい熱気と歓声が四方から湧き上がった。
「勝者っ!!キース・ロワイヤル選手っ!!」
ーわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー
俺は大歓声に包まれつつも、勝利を勝ち取る鍵となった手斧に対して、物凄い違和感を感じながらリングを後にしたのだった。