鍛冶の才能と剣の才能
感想でご都合主義すぎるというご指摘を受け、大幅に内容を修正しました。H28年6月27日
あれから更に9年の歳月が流れ、俺は今年で18歳になる。
9年間………長いようで短かったが、その間に色々な出来事があった。
例えばウチの親父が国で3本の指に数え、られるくらいの名工だったという衝撃の事実を10歳のときに知ったりだとか、客が減ったと思っていたのは実は親父が面倒くさがって来る客の殆どを追い払っていたからだとか色々あった。
………まぁ、それはどうでもいい話だから置いといて。
俺の人生の中で最も印象に残った事件が起こった。
それは俺が13歳になった頃。
ある日、使いを頼まれた帰りに丁度家に入ろうとしていたら異変を感じた。
鍛冶場の中で男の怒鳴り声が複数聞こえてきたのだ。俺は嫌な予感がして急いで中に入ると、鎧と剣で武装した5人組の集団が血塗れの親父を殴りつけていたのだ。
「この野郎、少しばかり鍛冶の腕がいいからと調子に乗りやがって!
“ライカンスロープ”と言やぁ、隣国でも名が知れ渡ってる超有名な傭兵団だろうが!
その俺達が頭を下げて武器を作ってくれと頼んでいるのに、出来ねぇたぁどういう了見だコラァ!」
そう言って再び親父を殴りつけるモヒカンの男。それを見た俺は堪らず中に入った。
「止めろ!!お前ら何をやってんだ!」
俺が中に入ると、誰よりもいち速く俺に気づいた親父が俺に向かって叫ぶ。
「……ジェラルド……来るな……逃げろ!」
「んだぁ?このガキは?……ははぁ、なるほどなぁ。こいつのガキって訳か。
おい、お前ら!こいつを捕まえろ!」
ワンテンポ遅れて俺に気づいたモヒカンの男は4人の部下らしきガラの悪い男達に指示を出し、俺を捉えようとする。だけど俺だって黙って捕まる訳にはいかない。鍛冶場の入り口に立て掛けてあったロングソードを掴んで男たちに向ける。その剣の柄を握ると妙に手に馴染んだのを今でも覚えている。
「来るな!それ以上来たら、き、斬るぞ!」
それを見た男たちはゲラゲラ笑いながら、そのまま俺に向かってくる。
「グワハハハハハ!それ以上来たら斬るだとぉ?笑わせてくれるじゃねぇかボウズ!ガキだろうが何だろうが、俺たちに武器を向けた事を後悔させてやるぜぇ!」
そう言って部下の1人が俺に向かって素手で突っかかってきたんだが、そこで不思議な現象が起こった。それは戦うと決意した瞬間から、己の裡から力が湧き上がってくるような感覚を覚えたのだ。その感覚に従うように剣を振るうとあっさりと目の前の暴漢を昏倒させた。
鍛冶の作品を扱うという意味で剣を握ったのは初めてではないが、戦闘する目的で尚且つ人に向けて使ったのは生まれて初めてだった。
自分のやったことが信じられずに呆然としていると、それを見たモヒカンが部下らしき暴漢に叱咤を飛ばす。
「おい!ガキ相手に何やってやがる!お前ら真面目にやれ!殺されてぇのか!」
「す、すいやせん!
おいこらガキィ!さっさと捕まれや!!」
雄叫びを上げながら残る3人の部下らしき暴漢が剣を抜き放った。そしてよほどリーダーモヒカンが怖いのか、命令通り一気に襲いかかってきた。
だが、ここでも俺は何故か最善の行動を取ることが出来た。暴漢が斬りかかってくるのだが、剣の軌道が見えるのだ。しかも、まるで相手の動きが遅くなったように感じる。俺は難なく相手の剣を躱し、後頭部に一撃を加えて昏倒させる。残る暴漢共も難なく叩き伏せることが出来た。
その光景を目撃したリーダーモヒカン野郎は舌打ちして剣を抜き放った。
「この糞ガキが!殺されてぇようだな!それなら望み通り殺してやるよ!」
そう言い放って突っ込んできやがった。
流石に暴漢共に命令していただけあって、かなり腕が良いようだ。ましてや体格や筋力に大きな差がある。しかもこっちは初心者だ。
見る見る間に壁に追いやられ、持っていた剣も弾かれてしまった。
「とうとう追い詰めたぞ、この糞ガキが!手間取らせやがって!
ぶち殺される覚悟は出来てんだろうなぁ!!!」
獲物が無くなった俺はモヒカンにぶん殴られ壁に叩きつけられる。好機と見たモヒカンは壁でぐったりしている俺をしこたま蹴り続けやがった。何とか抵抗しようとするも大人と子供ではまったく相手にならない。次第に意識が朦朧し始めてきた。
「……ク、ソ……俺に……もっと、力が……あれば……」
もうダメだと思った瞬間、今まで蹴られていた衝撃がなくなり、何かがドサっと倒れる音が聞こえた。
何事かと思い視線を向けると今まで俺を蹴り続けていたモヒカンの男が倒れており、その先に年老いた1人の男が立っていた。
そしてその男は俺と視線が合うとニッコリと笑いながら開口一番にこう言ったのだ。
「ワシの弟子にならんか?」と。
これが英雄とまで謳われた一人の剣士(クソ爺)との出会いであった。
――――――――
先に言っちまったが、その爺が英雄クラスの一騎当千で、たまたま親父の所で剣を打ってもらおうと思って訪れた際に事件に出くわして暴漢を倒してくれたという訳だ。そして怪我した俺と親父の応急手当てをし、後遺症が残ったら大変だと村の医者まで金を払って呼んできてくれて治療まで行ってくれた。お陰で親父と俺は特に何の後遺症も抱えずに怪我を完治させることが出来た。
更にその後、ライカンスロープとかいうふざけた傭兵集団もぶっ潰してくれたらしい。贔屓にしている鍛冶屋に迷惑を掛けた詫びを入れさせるという名目でだ。ちなみに俺を是が非にでも弟子にしたいという下心もあったらしい。
クソ爺曰く“ワシの人生の中で見たことも無い程の剣術の才能に恵まれている”らしい。それこそ神々に愛されている程の類稀なる才能だそうだ。
話は脱線したが、とにかくそんな恩もあって俺はこの申し出を受けることにした。
もちろん俺は世界一の鍛冶屋になりたいのであって、どこぞの流派の免許皆伝を持ってる存在自体がデタラメな剣士になんぞなる気はない。
だけどいくら鍛冶の腕が良くても……いや、鍛冶の腕が良ければ良いほどこういった不逞の輩に襲われる確率は高くなるだろう。そうした時に何の力も無ければ、ただただ蹂躙されるだけだ。
村にも警邏隊が居るが今回のように突然襲われた時、すぐに駆けつけてきてくれるとは限らない。ましてや名のある傭兵集団が相手と知れば怖気づいて助けに来ないことも考えられる。とにかく自衛手段が早急に欲しい。
いままで平和に暮らしていた俺だったが、この襲撃事件をきっかけに俺の考え方は変わってしまった。だが、剣術は何も自衛手段だけに使われるものではない利点があることを俺は知っていた。それは自分で魔物を狩れるという事……すなわち、自分で鍛冶用の鉱石を採ってこれるという事だ。
説明が前後したが、この世界には魔物という人に仇をなす化物が存在する。
人が生活していくにあたって多少なりとも瘴気というものが発生するんだが、その瘴気につられて魔物が寄ってくるのだ。瘴気は街から外へと流れ、特に洞窟などのジメジメした所に溜まりやすい。したがって、そのような場所には外の魔物よりも大抵強い魔物が現れるのだ。
鉱物が取れる鉱山等は例外なく瘴気が溜まりやすく、瘴気が溜まれば溜まるほど強い魔物が居付きやすい環境になるのだ。
そのため、戦闘スキルを持ちつつ鉱物の知識があるごく限られた専門職の人々のみが鉱物を採取することが出来るので、基本的に鉱物は高く取引される。
もちろん大きな採掘場なら人夫が専属で鉱物を掘り、魔物が出たら常駐している警備が倒す、という方法を取っているところがあるが、そういった坑道では人夫の他に警備兵の賃金が発生するため、取引される鉱物の値段は安くなることはない。
とどのつまり鉱物は高いのだ。
だから親父はいつも鉱物の仕入れには頭を悩ませていた。
しかし、もしも自力で取ってこれたとしたら……これほど魅力的な勧誘は無いだろう。
そういった思惑も混じって俺は弟子の誘いを受けた。自衛手段の確保と鉱物をタダで手に入れたいが為に。もちろんタダより高い物は無い。それを知ったのがこの時だった。
それこそ文字通り血の滲む様な事をさせられ、何度も気を失い、倒れ、体中を傷だらけにしながらクソ爺の弟子として剣の修行を重ねた。
ある時は、大量の魔物の中に放り込まれたり。またある時は、爺と死合い……もとい、試合を行ったり……とりあえず、あまり思い出したくない思い出ばかりなので省略させてもらう。
とにかく、鍛冶よりも剣士としての修行の方が精神的にも身体的にも辛く辞めようと思った事は、それこそ片手で足りるような回数では無かった。
しかし辞めようと思った瞬間、襲撃されて殺されそうになったあの日の出来事が脳内に蘇り、ここで修行を辞めてしまったら次は本当に蹂躙されてしまうかもしれないと思うようになってしまった。
つまり俺にとってあの日の出来事は俺の力の無さの象徴であり、トラウマとして深く俺の心に楔を打ち込んでいたのだ。
魂に刻まれた強迫観念と、爺に未だに勝てていないという事実が交じり合い、もっと力を付けねばいつか蹂躙され殺されてしまうと本気で思い込んでしまっていた。
今冷静になって考えてみればこの英雄と呼ばれたクソ爺の強さは、例え山賊一個大隊ぶつけたとしても無傷で勝利するレベルの人外なのだ。勝てなくて当然なのである。
そうこうしている内に弟子の辞め時を見出せなかった俺は、この5年間で奥義以外の全ての技を受け継がされてしまった。もちろん、大変だったのは修行だけではない。
あのクソ爺は驚いたことに弟子を一切とらない事で有名だったらしい。俺を弟子にして何年か経った後、暫くして弟子をとったことがとうとう遠方の方まで噂になり、そのせいで腕に自信があるやつ等がここぞとばかりに集まってクソ爺の弟子に志願してきた。それらをあろうことかクソ爺は全て撥ね付けちまったんだ!
俺は爺の弟子になれと言われた時に嫌な予感がしたので、俺の名前を出さないことを条件に弟子になった。だから名前は伝わらなかったが弟子を取ったことは色んなところで言いふらしたらしい。
最終的に弟子を断られた人たちが裏切り者を炙り出すかのように村中を探し始め、とある一人の男が俺の存在をゲロったせいで俺が弟子だとバレた。そして案の定、勝負を申し込まれた。それも木刀ではなく真剣で。
……とにかく、本気でやらないと簡単に死ねる状況だった。何とか全員返り討ちにした後、俺の名前を口外しない事を約束して一息ついていると、目の前にニヤニヤ笑っている爺の姿が見えた。
後日、やはりワシの目に狂いは無かったと得意げに俺の親父に語っていた。本当に殺してやろうかと思った。
まぁ、流石にこの歳になってようやく爺の意図(本気で自分の後継者にすること)に気づいた。
更に俺の剣士としての腕前が一流どころか超一流であり、自衛どころか100人程度の集団相手に戦闘を仕掛けても無傷で勝利出来るレベルであると気づいたのだ。
俺の中のトラウマは綺麗サッパリ払拭され、十分な自衛手段の確保が出来た。つまりこれ以上、クソ爺の修行に付き合う必要は無いという事の証明である。神々に愛されているほどの才能だか何だか知らんが、俺は剣術を極めるつもりは無い。極めるのは鍛冶の腕だ。
クソ爺にそれを告げて何度ももう辞めると断ったが聞く耳を持とうとせずに何度も襲撃して来やがるようになった。だが最近は何とか爺を騙くらかして本命の鍛冶に精を出しているところだ。
気づくのが遅いというのはNGワードだ。本当に悔やんでも悔やみきれないからな。
まぁ、何にせよ、俺は鍛冶家業に精が出せるようになったので、親父に俺の鍛冶の才能を見てもらった。
一通りの武具を作ってみせてみたが………親父曰く、凡庸だと評された。
包丁を作れば、何の変哲もない包丁が出来上がり、剣を作らせれば型にハマったような可も無く不可も無い剣が出来上がる。
そこそこの鍛冶屋にはなれるが、一流にはなれないだろうとのこと。
要するに、遠まわしにお前は鍛冶の才能に恵まれていないと言われたのだ。
俺はショックの余り、3日間水だけ飲んで引きこもった。
その一部始終のやり取りを見ていたクソ爺が俺に「剣術の才能はワシを凌ぐ程」と評価して慰めたが、返ってそれが追い討ちとなったのは言うまでもない。