人ごみって怖いよね―キース視点―
―話は今から1時間程前まで遡る―
俺がうざったいことこの上ない行列に悪態を吐いてると、いきなり後ろから押された。
と思ってたら、そのまま人の波に攫われて訳の分らない所に押し流されちまった。どこまで流されて行くのか分らないが、流されている途中で大きな扉を超えたような気がする。とはいえ、これほどの波に逆らった所で無駄に終わるだろう。そう悟って、そのまま身を委ねている内にたどり着いたのが、見たこともないようなとてつもなく広い大部屋だった。
「うわ………何だこの無駄にデカい空間は………」
とりあえず辺りをキョロキョロと見回すと、部屋の中央に向かって色んな人が並び始めているのに気づいた。
その中央には受付嬢とみられるお姉さんがカウンターに座っている。更にその隣には訳の分らない機械が配置してあり、そこに各々の武器を預けては回収するということを幾人も繰り返していた。
「う~ん………受付のお姉さんも居る事だし、武道大会には絶対参加しなきゃな。とりあえず、並んでおくことにするか………はぁ、また並ぶとかマジでありえんだろう………」
俺がウンザリと悪態を吐いていると、たまたま隣に居た金髪碧眼のイケすかない(要するにイケメン)野郎がため息を吐いていた。どうやら俺と似たような事を考えていたのだろう。まぁ、百歩譲って話が合うとしても、絶対に自分からは声を掛けたくないタイプだ。
そんな事を思っていたら、タイミング良く向こうから話しかけてきた。
「いや~、これだけ人が多いと大変だね~。アナタもそう思いませんか?」
「そりゃ、これだけ人が居れば嫌になるのは当然だと思うが?」
少々ぶっきらぼうな言い方になるが、内容は本音だ。
「来年は………を増やした方が良いかな………」
「え?何だって?」
何かボソっと言ってたけど聞き取れなかった。まぁ、どうでも良い。
「いや、こちらの話ですよ。それにしても凄い数の参加者ですね………ちなみに、アナタはどこからの参加者ですか?」
「俺はもう一人の知り合いと一緒にキーロフの村から来たんだが、人ごみではぐれちまって(勝手に居なくなったのはキースの方)困ってたんだが………まぁ、参加者ならいずれどっかで会うだろと思ってる」
「そうだったんですか。キーロフの村といえば最近は温泉で有名な所ですね~。今度、ぜひとも行ってみたいのですがお勧めの宿なんかはありますか?」
「おいおい、武道大会に出るような奴が呑気に温泉の話なんざするとは余裕じゃねぇか………まぁ、行くんだったらキリュウオーナーの店が一番だな。キーロフの村でオーナーの名前出せば宿の名前知らなくても連れてってもらえるしな」
顔はイケすかない奴だが、そこそこ根は悪くないらしい。他愛もない話をしている内に、いつの間にか自分達の番が回ってきた。
「こんにちは~。それではご使用になる武器をお出しください。」
受付のお姉さんにそう言われたので、素直に何本かの武器を差し出す。俺が持ってきたのはロングソードとバトルメイス、それとあんまり出来が良くないんだけど何となく持ってきてしまった、少し小ぶりのバトルアックスだ。勿論、全部が俺の自作である。
「………君って、意外と色々な武器持ってきてるんだね」
金髪碧眼の野郎に何か言われたが、そんなのは無視だ。
「それでは、暫くお待ちください」
俺の武器を預かった受付のお姉さんは、何やら変な機械の中に武器をぶち込むとこれまた変なスイッチを押して機械を起動させる。
「アレって何やってんだ?」
心配になったので、隣の金髪野郎に問う。せっかく俺が鍛冶した武器をナマクラにされちゃたまったもんじゃないしな。
「あぁ、あれは武器の殺傷能力を一時的に無くす効果を施しているんですよ。かといって『死なない程度の気休め』じゃないと相手を倒せないから、効果は加減されてるけどね。とはいえ、普通の剣で斬られたら死ぬでしょ?だから、強すぎず弱すぎずっていう加減が必要になってくるんだけど、それがなかなか難しいらしくてね。力技でそこに色々な機械を埋め込んで諸々をコントロールさせようとした結果、あんな大がかりな機械になったらしいよ。」
………確かに全長10mを超えるような機械を目の前にすると威圧感がある。それにしても何かしらんが凄いんだな。
「………何となく分かってないような気がするから言うんだけど、あれって凄い機械なんだよ?
効果を施すって一言で言ってるけど、武器によって殺傷能力が違うから効果を付与しなきゃならない値も武器の数だけ違ってくる訳だし………あの機械の中には、更に武器の能力測定機能も組み込んだ上にそこから計算して武器に付与する効果を適量分だけ与える機能まで組み込んであるんだよ。
まぁ、それでも効果は無限って訳じゃないから『とてつもない業物』だとか『呪われた武器』なんてのには利かなかったりするけどね。でも、どちらにせよ『あの機械の効果を打ち消すほどの力を持った武器』なんて早々出回るもんじゃないし、問題無いと思うよ。ちなみにこれ相当な値段するけど全部税金で支払われてるから」
「へ~。何か勉強になったなー………って、税金で支払われてるのかこれっ!!金返せ~っ!!」
とまぁ、そんな無駄話をしているうちに要件は済んだようで、それぞれの武器を返してもらった。
「それでは最後にクジをお引きください」
ドンという重そうな音とともに、これまた見た目も重そうな真っ黒なボックスが置かれる。悩んでも仕方がないので適当に引くとDとだけ書かれた紙を引き当てる。
「それでは、もうすぐ試合が始まりますのでアチラでお待ちください」
そう言って言われた方向を見ればA~Dまで書かれた扉がそれぞれ並んでいる。その間に金髪野郎もクジを引いていたようだ。
「ボクはBみたいです。知り合った者同士、とりあえず当たらなくて良かったですね」
と無駄に爽やかスマイルで答えた金髪野郎に殺意を抱いたが、大事な試合の前なので構っている暇は無い。
「そうですね~。それじゃ、また会いましょー」
適当に別れを告げて、俺はDと書かれた扉を潜ったのだ。
折しも、キースが去った後のカウンターで「ここは受付ではありません」という冒険者とのやり取りがあったのだが、そんなことは知る由もなかったのである。




