武道大会前日
大陸の中央に位置する王都アルメリアは、通称『狼の都』と呼ばれている。なんでも、大昔の(とても胡散臭い)文献によると、人狼と呼ばれる怪物が存在していたらしい。
その人狼なる怪物は、満月の夜以外は人間の姿に化けており、堂々とアルメリアの中に住んでいたという。その大胆不敵な怪物は、ある探偵に正体を見破られるまで殺戮を繰り返し、事件が決着するまでに30名もの尊い命が犠牲になった。人々は、その忌まわしい記憶を教訓とし、犠牲者の無念を忘れる事が無いよう、アルメリアを『狼の都』と呼ぶようになったというのだ。
そのアルメリアから、200キロほど離れた山の中にキーロフの村がある。キーロフは酪農が主な産業で、王都のような華やかさや人口とは無縁の田舎だ。そんな田舎ではあるが、王都から商業豊かな隣国『ベオグラント』への唯一の通り道だったりする。更に最近発見された事実であるが、今では活動を停止した火山に場所が近いために、ここキーロフの村では温泉が湧くのだ。そういった経緯で、最近では酪農よりも湯治客や商人御用達の為の宿泊施設が繁盛しているようだ。そしてそれを知ったこの村の村長が『王都から日帰りで行ける温泉地』というとてつもなく胡散臭い謳い文句を村に付けた。勿論、こんなのは嘘に近い真実だ。あくまで「本気でやろうと思えば出来る」という程度なのであって、実際に日帰りで帰ることなど不可能に近い。それこそ自分の馬を何頭も潰し、全速力で村まで来たら温泉に入るのもそこそこに再びトンボ帰りでもしない限りは実現出来そうに無い。どう考えても片道2日以上は掛かるので、聞く人が聞けば鼻で笑う事だろう。
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「まぁ、そんなこんなで王都に来た訳なんだが」
「………そんなこんなって何だよ」
いきなり突っ込みを入れてくるキースを無視しつつ、王都の中央区まで歩を進める。王都と言われるだけあって俺たちの村とは比べものにならないくらい広い。城がある中心部を『中央区』………そしてその周りを囲うように『北・東・南・西』にそれぞれの区が存在する。区によって違いがあり、例えば中央区には街にとって重要な施設が立ち並び、西区では様々な分野の職人達が集まっている………といった感じで、地区によって様々な特色があるのは非常に興味深いだろう。そして今回俺たちが中央区に足を運んだ理由は、武道大会の開催が「中央区」にある円形の建物………通称『英雄の間』で行われるからである。英雄の間とは言われているが実際は会館であるので、武道大会の会場として使われる他に世界最大級の即売会が行われたりするらしい。
………らしいというのは、これは人から聞いた話だからだ。誰に聞いたかって?………俺たちの幼馴染のケイトから話を聞いたんだよ。
アイツがBL(何の略かは知りたくもない。多分、ベーコンレタスの略か何かだろう)とかいう如何わしい趣味に走ったのも、このイベント会館が原因だったらしい。行った時の雰囲気は、ケイト曰く『場内は修羅の戦場と化し、人の欲望で埋め尽くされる』との事………絶対行きたくねぇ。
と、そんな事を考えている内に泊まる予定の宿に着いた。流石にイベント会館の近くだけあって、何日か滞在する商人や客の為の宿が立ち並んでいる。武道大会の時期ともなると、こういった施設は稼ぎ時になるので早めに予約を取りつけておいたのだ。勿論、王都の知り合いなんてケイトしか居ないのでケイトに頼んだ。無駄にネットワークが広いらしく、安くて料理が上手い綺麗な宿を紹介・予約してくれたらしい。噴水に叩き落としたりしたけど、こういう部分は評価に値すると思う。考えを改めないとな。
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「はぁ~い。いらっしゃ~い」
宿の中に入ると、スレンダーな赤毛のお姉さんがカウンターで俺たちを出迎えてくれた。なかなかの美人さんで、キースは何やら鼻の下を伸ばしている。
「あ、どうも!!オレ、キースって言います!武道大会に出場する期間の宿泊先として、ケイトからこの宿を紹介されて来ました!!」
俺の代わりに勝手にキースが受け答えしてくれている。うん、欲望に忠実なのは簡単に御しやすいっていうけど、本当の事かもしれない。勝手に動いてくれるし便利だな。
「あら~、ケイトちゃんが紹介した子達ね?私はカレンよ。宜しくね………そういえば、貴方たちの本を書いたとかケイトから聞いたけど、それは本当かしら?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は冷や汗が止まらなかった。だって『アレ』だぜ?内容がベーコンレタスでしかも俺達が出てるなんて口が裂けても言えねぇじゃねぇか!!!
「あ、はい。ケイトから聞いたんですが、確かに書いたそうですね」
おいぃぃぃぃぃぃぃっ!!何勝手に教えてんだよっ!!!不味いだろアレは………って、あぁッ!!きっと、このアホキースは本の内容を知らないんだっ!!今まで戦記物や童話を書いてたケイトが、まさか『あんな本』を書くなんて俺でも予想出来なかった位だし尚更だ………だから今回の作品は俺たち二人を題材にしたってことくらいしかケイトに知らされてないんだなっ!!そもそも知ってたら言わねぇしッ!!
「あらあら?うふふふふふふふ、『今回』は貴方たち二人なのね………ということは貴方たち二人は(カップルとして)『公認』なのかしら?」
「え?公認?…………あぁッ!なるほどっ!アレの事ですねッ!!勿論(武道大会は領主の)公認ですよっ!!」
うはああああぁぁぁぁぁっ!!絶対コレ誤解されるだろうがバカキースゥゥゥゥゥッ!!
「あらあらあらあらあら、やっぱりそうだったのね…………分かったわッ!!二人にとっておきのお部屋を用意してあげるわッ!!勿論、防音の魔術もしっかり掛かった部屋よっ!!マイノリティっていうのは昔から理解されないものだけれども、お姉さんは応援してるからねっ!!頑張りなさいよ、貴方達っ!!」
「………?は………え、えぇ。とにかく(武道大会を)頑張りますっ!!」
「あらあらあらあら………あんまり『今夜』は頑張り過ぎちゃダメよ。先は長いんだから」
「あっ!(下手に今夜剣術の練習して大会に疲れが残ったら大変だし)それもそうですね。(武道大会を勝ち進めれば)『一回だけじゃ終わらない』と思いますから、温存しながら頑張りますっ!」
ノオォォォォォォォォォッ!!絶対『ソッチ』の意味で取られるゥゥゥゥゥッ!!
「っ!!………お姉さん、久しぶりに体が火照ってきちゃったわ………もうっ!!あんまりストレートなこと言わないでよねっ!………でも流石ケイトの紹介した子達だわ………いいわぁ、この子達、本当に最高だわぁ………うふふふふふふふふふふふ」
この目の前におわしまするスレンダー美女のカレンさんは危ない世界にトリップし出した………流石はケイトの知り合い。せっかくの美女が台無しだチクショウッ!!
「あの………お姉さん?」
流石のキースも何かおかしい事に気づいた様子。声を掛けてみるが反応が薄い。
―暫く待つこと三分―
「あらっ!!いけないっ!!部屋を紹介しないとっ!」
ようやくトリップから抜け出したお姉さんは、スッと音もなく鍵を差し出した。
「801号室………」
何だろう………この得体の知れない嫌な番号は。
「これはね。私が気に入った子達専用のお部屋なのよっ!旅の疲れもあるみたいだし、『今夜』も大変そうだから、しっかり休んで頂戴っ!さぁ、行った行ったっ!」
そう言って捲し立てられるように部屋に案内されて押し込まれた。『カップル』だとカレンさんに見事に誤解された俺たちが案内された部屋は、物凄い贅沢な部屋だった。
「おおおおぉぉぉっ!!スッゲーなっ!この部屋っ!!ウワー、すげーお風呂も部屋もベッドも広いよっ!!………って、そういえば何でベッド一つしか無いんだろ?」
「チクショォォォォォっ!!お前のせいだアホキースゥゥゥゥッ!!」
こうして俺たちは宿の主人であるカレンさんに見事に誤解されたまま、大会に出場することになったのだった。