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閑話‐謹賀新年-

「ジェラルド君、キース君。一緒に初詣に行きませんか?」

 全てのきっかけはキリュウオーナーの一言から始まった。

「初詣?………なんスか、それ?」

 隣に居たキースが俺の代わりに質問をする。まぁ、どうせキリュウオーナーの事だから東方の何かなのだろう。

「初詣というのは東方の文化の一つです。具体的には、東方で信仰されているという神道に基づいて作られた恒設の祭詞(さいし)施設へ年の初めに行くのですよ。そこで一年の感謝を捧げたり、新年の無事と平安を祈願するという行事なのです」

 案の定、東方が関係することだった………伊達に『キリュウオーナーから意味不明な言葉を聞いた時は東方を疑え』と言わしめるだけの事はある。そして説明を受けたキースが一言のたまった。

「えー………凄く面倒臭いので俺はパスします。」

 流石は空気が読めない男として名高いキースである。『あの』キリュウオーナーの一言をバッサリと斬って捨てた………後で黒服の男に襲われても助けてやらないからな。

「そうですか。それは残念です」

 キリュウオーナーはそう言って目を伏せた………おろ?何か今日はやけに素直だ。何かあるのだろうか?

「東方には八百万の神々が存在すると言われております。それらを奉るのが神社と呼ばれる施設で、初詣の際、幾ばくかのお金を『供物』として捧げる事により願いが叶うと言われています………八百万もの神々が居るのであれば、きっと剣術の神様もいることでしょう。もしかしたら、キース君の剣術の腕も「是非とも行かせて頂きます。」

「ふむ、キース君は行くみたいですね。ところでジェラルド君も神社で願い事をすればきっと鍛冶の腕が「さぁっ!今すぐ行きましょう!」

 という訳で逸る気持ちを抑えつつ、キリュウオーナーの言っていた『神社』に向かったのだ。


――――――――――

「うわぁ………随分、神秘的なところですねぇ」

 キリュウオーナーに連れて来られたのはとある秘境のような場所だった。

 鬱蒼と生い茂る森の中を抜け、さらに山一つ越えた所にある。はっきり言って人の気配があまり感じられない。そういえば、都会の連中はこういった場所に憧れてキャンプをしたがると聞いたことがあるが、俺には到底理解出来そうもない。

「えぇ、それはもちろんそういう場所を選んで『建設』させましたから」

「は?」

 『建設』って何?こんなアホみたいな場所に建てるなんて何の意味があるの?

「だから『雰囲気』が出るでしょう?」

「はぁ」

 ………まぁ、キリュウオーナーに何を言ってもしょうがないのは分かってる。この人は変なところに凝る習性があるしな。

「………人を虫のように扱うのは止めて頂けませんか?」

 おっと、口に出てたようだ………間抜けなキースじゃあるまいし、気を付けないとな。

「お前はさっきから失礼なんだよっ!!」

 あ、これはわざと口に出して言っただけだから気にするな。

「気にするわっ!!」

 まぁまぁ落ち着け………っと、そうだ。

「あまりそういったことには詳しくないんですが、その………えーと………キリュウさんが建設させたとかって言ってましたが………それで効果あるんですか?」

 八百万の神々と一緒にキリュウオーナーが奉られた神社とか………何か呪われそうで嫌だ。

「ははは、その辺は心配ご無用ですよ。東方から雇った本職の人が管理してくれていますので、バッチリご利益があるんです。それに、こんな秘境に建てさせたのも雰囲気以外に理由がありまして、何と言いましたか………そうそう『ぱわーすぽっと』と言う力場で『霊的な力』が宿りやすいそうです」

 ほー。それはそれは………細かいところは意味不明だが、わざわざそういった場所に建てたってことは何かしらの利点があるって意味なんだなきっと………まぁいいや。効果があるってだけ知ってりゃ俺はそれだけで良い。

「さて、それでは行きましょうか」

 俺たちはキリュウオーナーに率いられながら神社の中へと入って行った。


 しばらく歩いていると『門』のような物が見えてきた。門のような………というのは、厳密に言えば門の役割を果たしていないからだ。朱色に染められたそれは、この場の雰囲気と相まって密教のオブジェクトのようにも見える。

「キリュウさん、あれって何スか?」

 さっそくキースがキリュウオーナーに質問した。

「あれは『鳥居』といって我々が住む『現世』と『神の領域』とを隔てる敷居のような物ですね」

 何それ怖い。地獄の門みたいなもんか?

「………ジェラルド君?そんな失礼な事言ってると呪われま「失礼しました!!!」

 キリュウオーナーが建てた神社だもんな。何が起こっても絶対におかしくない………

「とにかく皆さんにその辺を分かって貰えたところで、やって頂きたいことがあります。まず、鳥居をくぐる前に衣服を整え、軽く会釈をしてから境内に入るのですよ……鳥居の向こう側は神の空間。参拝はすでにここから始まっているのです」

「う………何かオレ、緊張してきた………」

 隣で身震いするアホを尻目に、俺は鳥居を抜けた。神の領域といっているが、実際は形式的・宗教的な何かなのだろう。あんまり得意じゃないけどクソ爺から教えて貰った魔力探知の魔法を使ってみても、特に鳥居の前後でこれといった魔力の変動も感じないしな………まぁ、それはとりあえずおいておくとして、鳥居を抜けると前方に何やら不思議な小屋(?)を見つけた。水がこんこんと流れており、先端が桶のようになっている棒が3つ置いてある。

「キリュウさん。アレは何でしょう?」

 思わずキリュウオーナーに尋ねる。流石は東方の文化だけあって意味不明なオブジェばかりが並んでいる。

「あれは「手水舎(ちょうずや)」といって一般的な神社ですと、鳥居をくぐると参道のわきに必ずあるのですよ。そこで手水をとり、心身を清めてからご神前に進むのです」

 そういってキリュウオーナーは桶のような棒で水を救うと手に水を掛けた。

「この道具は柄杓というもので、これを使って身を清めるのです。本当は滝に打たれたりするのが正式なやり方なんですが、流石にそれは出来ないのでこういった略式の(みそぎ)があるのですよ。さぁ、貴方たちも私と同じように清めてください」

 キリュウオーナーに促されるまま、左手→右手→口→左手という順序で水で清めた………何か本格的な密教徒になったような気分だ。

「さて、皆さん。これからが本番ですからね。気合を入れてくださいよ」

 キリュウオーナーに案内された先には、木造の不思議な建物が立ち並んでいた。そして道の先にはヒモの先に鈴がぶら下がった建物が見える。あれが目的の建物のようだ。

「おや?キリュウさんでは無いですか。お久しぶりですね」

 ふいに声がした方を見ると、不思議な装束を身にまとった男性が居た。

「おぉ、これはこれは神主殿。あまり会いに行けず申し訳ない。今日は初詣に来たのですよ」

 どうやらキリュウオーナーの知り合いらしい。その不思議な装束から察するに、神社の管理を行っているのはこの人で間違いないだろう。

「いやはや、まさか故郷から遠く離れたこの地で初詣を迎えられる方が居られるとは、過去の自分には予想もつきませんでしたな………この地で社殿を建てられたのもキリュウさんのおかげです。本当に有難うございます」

 そう締め括ると、男はキリュウオーナーに頭を垂れた。

「いやいやいや!!すべては私のワガママなのですから、神主殿に感謝をされるような事ではありません!………積もる話もあるようですから、奥でお話ししましょう」

 そう言って、俺たち二人を残して去ろうとしたので慌てたキースがキリュウオーナー引き止める。

「いやいや、ちょっと待ってください!俺たち初めての、えーと………はつもうで?………なんスよ!!作法とか全然わからないスから!!」

 初詣の所でつっかえた瞬間にジト目を送ったキリュウオーナーは、懐から一枚の紙を差し出してこう言った。

「この紙に参拝の作法が書かれているので、貴方方二人で参拝してみてください………これも良い経験になると思いますよ?なかなかこの異国の地では、東方の文化に触れる機会なんて早々ありませんからな。ほっほっほっほ」

 その言葉を残して神主と共に奥に消えていった。残されたのは俺たち二人と紙切れ一枚だけだ。

「………まぁ、何とかなるんじゃね?」

 作法とか良く分らないが紙にやり方が書いてあるのであれば俺たちだけでも出来るだろう。とにかく紙を見てみよう。

 キリュウオーナーに渡された一枚の紙には、びっしりと文字が書かれていた。綺麗というか、達筆な字で書かれたそれは作法について事細かに書かれており、もはや見る気もしない

………要点だけ見て後は省略しても構わないだろう。

「えーと………まずは軽く会釈するらしい」

 目の前の縄を指差しながらキースに言った。

「おしっ!俺に任せろっ!!」

 そう言って縄の前に立つキース………何かやらかさないと良いんだが………

「まずは礼だな、礼っと」

 形ばかりの礼をするキース。心がこもってないのは見たまんまだ。

「いちいちうっさいわ!!次だっ次っ!」

「次は鈴を鳴らすらしいぞー」

 作法について書かれている紙には無駄な雑学まで書かれており、次に行う行動を調べるのも一苦労だ。

「具体的にはどうやってやるんだ?」

「………ちょっと待ってろよ。えーと……『……鈴は邪なるものを祓う力があると考えられ………また、神々に自分たちの来訪を知らせる………』あぁっ!!もう面倒だっ!とにかく思いっきり鳴らしてやれっ!!」「よし来たっ!!任せろっ!!」


 事細かに書かれているので本当に知りたい人にとっては重宝するものなんだろうが、流石に無駄に長い文章を見るのも我慢の限界だ。『邪を払う』のと『自分の来訪を知らせる』のであれば思いっきりやった方が『ご利益』を得られるだろう。


「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 キースは俺の指示を受け、勢いよく綱を振り回し始めた。

―ガシャンガシャンガシャン―

 鈴が物凄い悲鳴を上げてるように聞こえるが………何か間違えたっぽいから、止めさせた方が良さそうだ………

「おいっ!キースっ!その辺で止め「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!俺に剣術の極意を授けたまええぇぇぇぇぇぇぇっ!エコエコ・アザラク・エコエコ・ザメラクッ!我は求め訴えたりいぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 ダメだっ!聞いちゃいねぇっ!!

―ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャ―


―ブチッ―


―ヒュン―


―ゴンッ―


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 キースが勢いよく綱を振りまわしていると、とうとう衝撃に耐えられなくなった鈴が切れてキースの頭上に落下した。キースの頭にメテオストライクをかましたそれは、今は物悲しく地面に転がっている………っていうかこんな如何にも呪われそうな場所で器物破損とか、何してくれてんだこのバカはっ!!!

「いてえええええええええええええぇぇぇえぇっ!!」

 いまだに頭を抱えて蹲るキースを尻目に、俺は背中の汗がダラダラと流れるのを止められなかった。『あの』キリュウオーナーの建物に対して器物破損………よりにもよって場所が宗教施設とか何で一番やっちゃいけない所でやっちまうんだよっ!!

「お前何さらしとんじゃっ!!このボケェェェェっ!!」

 頭を抱えて蹲るキースにトドメの踵落としを喰らわす。今まで騒いでいた騒音の原因はパッタリと喚くのを止めた。

「不味いぞ………キリュウオーナーが建てた神社でこんな事をしてタダで帰れるとは絶対に思えない………それに絶対に罰が当たりそうだ………」

 魔術の類を感知することは出来なかったが、『あの』キリュウオーナーが絡んでくるとなれば見えない何かがあるのだろう。宗教施設だしな………絶対に悪い事が起きるだろうということは今までの経験が教えてくれている。キリュウオーナー絡みの件でヘマやったら、悪い予感しかしないし。

「考えろ、考えろ……………こういう時は原点に返るんだ………」

 俺は背中だけでなく手まで汗まみれにしながらキリュウオーナーから貰った紙を食い入るように見つめた。

「えーとなになに………賽銭箱にお金を投げ入れる………捧げものとして神前に米を撒く風習の名残りで、神への感謝………『神への感謝』ッ!これだッ!!」

 俺はなけなしのお金を全部右手に握りしめた。

「まさかこんなことになるとは………」

 俺は覚悟を決めると神への感謝の気持ちを込め、そして

「俺だけ助けてくださいっ!!そして鍛冶の極意をこの手に授けたまええええぇぇぇぇぇっ!!」

 投げた。


―ヒュンッ―


―ズガンズガンズガンッ!―


―ガシャ―


―パラパラ―


………ジャリジャリジャリジャリ


「なんですとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 俺が思いっきり投げた供物は勢いが強すぎて賽銭箱を粉砕し、中身まで飛び出した。

「………………」

 もはやこれまで。

「おい、キース」

「………何だ?」

 いつの間にか復活したキースにアイコンタクトを送る。腐れ縁とはいえ、長い付き合いだ。それだけで相手が何を伝えたいのかはっきり分かるが一応言葉にする。

「このことは」

『見なかったことにしよう』

 問題の先送りに違いないが、俺たちに出来る事は全てやったんだ(キリッ!

 だから何も問題ないだろう。


その後、間もなくして帰ってきたキリュウオーナーが本堂の惨状を知った瞬間に大激怒し、口に出すのも憚るような『恐ろしい目』に遭ったという…………


―後日談―

「おう、息子よ。この『大凶』とか書かれてる紙切れは一体何なんだ?あのバカ弟子(キース)も同じ紙持ってた気がするんだが?」

「…………聞かないでくれ」

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